はてなキーワード: ズバリとは
トラバの送り方がわかんないからもういいや。
と書いたけどやっぱりよくない。
被害妄想が混ざり過ぎないよう、書き直します。
男性の性欲は攻撃性を伴っているものですから自分がその「獲物」にされることに恐怖するのは仕方ないことだと思います。*1
それはいいんです。仕方ないですよ。個人の好き嫌いは変えられませんので。
タイトルには「性嫌悪の人」とありますが、エントリ内容はこれ「こういうキモうざいカマトトオンナっているよねぇpgr」ですよね?
何故、それだけのお話をわざわざ一般化して「性嫌悪の人」と題する事ができるのか。と思いました。
この書き手が「性嫌悪の人」と書くとき、
そういう人達の事は、きっと頭をよぎりもしなかったんでしょう。
(よぎった上で書いているなら……あんまり理解したくないけれど)
それにしても「性嫌悪の人」という言葉を用いる時に、もし頭に「とかいってるオンナ」的な存在しか、浮かんでいなかったとしたら、それって偏見というものではありませんかね 失礼しました。被害妄想が漏れました。
もちろん私が言いたいのは「苦しんでる人達の事を考えないなんて…無神経><」とかではありません。
良く知りもしない他人の事を人は心配できないものですから、それはどうでもいい。
単純に「性嫌悪の人」ってタイトルを、「こんなオンナやだよねー」とか、せめて「性嫌悪を持つ人の一部について」とかに改めた方が、内容が誤解されにくいんじゃないですか。です。
わざわざ突っ込まれやすい一般化したタイトルでズバリ斬るよりも、「こういうのあるよねー」っていう限定した語りをする方が、説得力は増しますよ。
どっちにしても、こういうエントリを見た読者の多くが思い浮かべるのは、お手軽にpgrできる「オンナ」的ななにか、であって、どこかで苦しんでいたりこのエントリを目にしたりする現実の性嫌悪者じゃないと思いますから、相応しいタイトルとは思えないです。
それと。
私自身はもうそういう事は全部諦めようと思っているけども、「性嫌悪を抱えながらも、誰かを愛したり、分かり合ったり、信じ合ったりしたいと願っている人」がいるならば、決してバカにはできない、と思っています。
初めまして。はてな匿名ダイヤリー初のRyuichiXPと言う者だす。メインの日記で書くのはどうかと思ったのでこっちを借りさせて頂きたい。匿名なのに名前を出すなんてKYだ。などと突っ込まないで(泣)。こっちのが自分のHNを売れるかなと思ったので。
最近AV女優の倖田梨紗がシャブ中で捕まった。これを聞いてAVについてと思ったので、思った事を素人目にずらずらと書いていきたい。尚。個人的な憶測や推測で書いているので、内容の真偽は皆さんの判断に任せたい。AV女優の話題であるが、芸能界やその他の商売にも応用できる部分もあると思うので、是非読んで欲しい。とりあえず自分の視点で見たAVのメリット。デメリットを書いてみた。
この手の商売のメリット。それはズバリお金がいっぱいもらえると言うことにつきる。ここでこういう話に乗る女の子程、金がもらえる軽いバイトと思っている訳で。売りだろうと何だろうとこの心理は同じだ。実際。風俗で「実」年齢の若い子ほどこういう顔をする場合が多い。
この手のサービスで客1人が払ったサービス料のうち、女の子の取り分をバックと言う。以下はこれら各業種(ピンクサロン。ヘルス。ソープ。そして売りとAV)で、一人あたりどれだけもらえるかと言うのを計算してみた。尚風俗全般におけるバックをサービス料の6割として、売りの相場を5万円と仮定した。
サービス内容 |
ピンクサロン、ヘルス(3,40分2万円以内) |
ソープ(総額3万円以上) |
売り(交渉に依る) |
AV(交渉に依る) |
サービス単価×バック=合計金額(単位:円) |
5'000-20'000×60%=3'000-12'000 |
30'000-70'000×60%=18'000-42'000 |
50'000×100%=50'000 |
可変 |
ここで売りのバックが100%。つまり貰った額すべて貰えてることに注目してほしい。これが売りの利点で、風俗と違ってお店。用は間を通さない為そのまんまお金がもらえる。欠点は間を通さないので風俗に比べ女の子にとってもリスクが高い。風俗の場合。例えば店の商品の女の子に危害を加えることがあれば、店員が出てくる。その反面。売りはこういうのが無いため女の子が売りでシャブ漬けにされたという話が聞かれるなどの、法的な面以外でのリスクが多いことに注意されたい。
AVはスカウトや事務所と女の子との交渉に依ってその額が決まる。スカウトの話を盗み聞きするに、「20万円でAV出ない?」と先に金額を指定していたりで面白い。この金額。ふつうに風俗。キャバクラ週2,3回。1ヶ月続けて働いて得る給料に相当する。多少リスクはあるとは言え、ふつうな感じでの撮影ならば売りのようなリスクも皆無と考えて良い。
デメリットは、この手の商売は非常にストレスがたまると言う点。風俗ならば「金払ったんだから...」とがめつい客。女の子の嫌がる客。乱暴な客etc...と言った困った客の影響でストレスが溜まる模様。これらを解消する為にクスリやホストを利用するケースが多い。これらストレスに根本的に関連するのは、日本が欧米ほどHに対してオープンな国ではないため、ダークな物に見られる点だ。AV。風俗以外にもキャバ嬢なんかもこうなるケースは多い。こんな具合に「AV。キャバクラ。風俗→ホスト。クスリ」は上手く結びついているのが問題だ。今回の倖田梨紗の件はこのケースなのかそうでないのか。あるいは単に人に流されてやっちまったのか。それは定かではい。
こういう女の子の中には風俗やってる。AVやってる事をごまかそうとする連中もいるらしい。これもHに対してオープンでないお国柄なせいか、風俗&AVはキャバクラに比べかなり敷居が高く白い目で見られやすい。そんな事情もあり掲示板サイト「ホストラブ」を見てると、「どうやって風俗で稼いだ金をごまかすか?」なんて議論がされていたりする。しかし欧米は違う。売りにしてもミスコン優勝した女の子がなんと国会議員に対してしかけるのだからすごい。その上「30までに辞める」とか公の場で公言すらしている。その女の子。実はR&Bシンガーも兼ねていたそうだ。この事が公になったのと同時に音楽も売れたとのこと。日本人の場合。そこでねちねちと叩くから良くない。こういうのは「こいつはこいつ」という感覚を持つことが肝心。
これは感想になっちゃうけど。AVに関しても日本と欧米では全然様子が違う。日本のAVは真面目すぎて重々しい部分があるから困る。くだけすぎるのも良くないが、「そんなにマジになりすぎなくても...」と思える箇所が多々ある点も否定できない。もちろん。演出で重々しいのはいいのだがあんまり「何ででちゃったんだ?」的な雰囲気は出して欲しくない。逆に海外版エロサイトのPornoTube等を見てると、悪びれる様子もなくみんな楽しそうにHをしている。
まあ。AVの女の子に対し、「AV出たんだ。すごいじゃないの?」とか「記念にいいんじゃない?」位明るく捉えるのが一番。これ位見方を変え明るく捉えないと、一寸先は闇な今の世の中では生き残って行けないと思うのは俺だけか?この辺はグラビアアイドル。着エロ系のアイドルにも言える事だと思う。
最後に、AV万歳!。今後の発展を心より願う。
社長の出版記念パーティでスピーチしてるし。確信犯じゃねーか。ふざけんな。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080609/edc0806091809000-n1.htm
これ読んだけど、
日本独自の「核抑止」論議に真っ正面から切り込み、憲法改正や歴史認識の問題、的外れな反日的な報道をくり返すメディアへの批判について“遠慮会釈のない直言”
田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長は、「私は危険人物らしいが…」と笑いを誘った上で、「戦後、自分の国を守る言論は抑制されたが、反日的、日本の悪口をいう言論は自由だった。安全保障の根幹の問題が解消されない限り、この国を立派に守っていく態勢はできない」と“正論”をズバリ
世の中の中小企業が金を出してまで事務処理のアウトソーシングしないですよ。
ちょっと考えればわかるけど、正社員の労務管理に関わる事務処理はできてるんだから、日雇い直雇用の事務処理能力だって余裕で持ってるわけでしょ? なぜわざわざ外注しないといけないのか?!
派遣業のピンはね分が事務処理代行の対価ってのは考えが浅いです。
これは人材派遣業だけではなく卸問屋とか商社とかも同じ話なんだけど、ズバリ提供している真のサービスは金融サービスです。
たとえば、日雇いを直接雇用したら賃金は即日払わないといけない。でも派遣会社経由なら月末締め翌々月払いなんてことが可能、いわゆる掛売りです。支払いを遅らせる分だけ資金繰りが楽になります。つまり金融機関の手形割引と同種のサービスです。
もうわかりましたね? この手の仲介業に支払う手数料の本質は、サービスを享受してから対価を支払うまでの猶予期間に見合う金利です。
なんか、わたし、ある種の男性を寄せ付けるんです。
「お、お、俺知ってる…フロイトがさ…/ラカンの言うところの…」
しかももう終わった話だからごっつお気軽に土足で踏み込んでくる。
もちつけ、もまいら…。
冷静になれ、私だって本ぐらい読むわ!
家族関係や性的なことを調べるのに近代心理学の影響にある作家の本を読めば
そりゃあフロイト的な体験語りがいっちょ上りでしょうよ。
当事者は、自分自身の言葉で語れない…フェミニズムの基本じゃないか。
それだけだったら別に構わないのですが
そういうお方に限ってのぞくもう一つの感情。
「君はあたまがいいから僕の言ってることわかると思うけど…」
リーチ!そら来た、やれ来た、ゲゲゲのゲ!
「君の不幸にして野蛮な状況から僕が教え導いて救出してあげる。」
キターーーーー(゜∀゜)ーーーーーー!
一発ツモ!
先進国の男性名物・オリエンタリズム(byサイード)ですね、わかります。
て思ったけど、
「上から目線オトコうぜ」ってのに
こういったことに疑問を持つとキチガイ扱いされるのは何でなんだろう?
別にキチガイだとは全然思わないし、男から女への一方的な「フリーセックス押しつけ」制度なら過去に例があるよね<一夫多妻制
だから、制度として成立し得ないとは思わない。じゃあ制度として成立するための基本要件は何かっつーと、ズバリ「子育て」にあるのだと思う。
人間は猿から進化して、しかもユニークなのは「脳神経系」を超発達させて半端なく増大させた環境適応力(地球上で北極から南極近くまでありとあらゆる環境下で絶賛繁栄中)で今の生態系的地位を占めた生物なわけ。でもってその代償が「身体に比べてでかすぎる(雌の産道を通る限界の大きさの)頭」なのだな。一年ちかくの間母親の胎内にいて、限界まで成長した脳は、それでもまだ「人間として生きていく大きさ」を獲得するためには時間が必要で、生まれてからも激しく成長と学習を続ける。そのため人間は異様なほど「長い妊娠期間・長い『子ども(要被保護)』期間」を持つ生き物なのね。
で、当然ながら「雄雌」の関係構造としては雄は生ませっぱなしではあり得るわけだけど、雄がみんなそんなじゃ、妊娠中・育児中の雌は子どもを育てきれなくて、結局群れが滅びるわけ。つーかやってらんない。想像だけど、「フリーセックス」を過去実施してきた人間の群れは、そこで行き詰まってことごとく崩壊したんじゃないかな。で、やむなく「つがい」の概念…精神的な結びつきの概念が生まれるわけです。愛情や個体認識というのはそこをベースに考えないとわからない。子育ての必要性が、(排他的な雌雄間の)『愛』や(血縁間協力組織)『家族』の概念を要請するわけ。
フリーセックスが社会的に成立しないのは、結局それがこの「雌雄間の排他的な愛情」やひいては「血縁間協力組織としての家族」関係を崩壊させるからでしょう。ハーレムがぎりぎり成立可能なのは、雄の持つ圧倒的な財力が、これを可能にするから。要するに「いくらでも子育て出来る」という状況なら、ハーレムはまだ許されるわけです。あるいは女の側に圧倒的な財力が有れば当然逆ハーレムも可能になる。
となると、本当にフリーセックスを可能にしたければ人間全てが「子育て」から解き放たれるようにすれば良いのです。「身体への負担がゼロで、簡単で、かつ100%完全な避妊」法が確立すれば、限りなくそれに近い状況にはなるだろうけど、現状ではとてもとても。それが実現され、かつ恒常的に維持されうる(多少不況になったくらいでは全く状況は変わらない)と確認され、そしてその状態で100年ほど経過すれば、社会常識としてフリーセックスがふつうになるかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20080602155307
http://anond.hatelabo.jp/20080602171508
まず、最終的にサンダルである事は間違いない。
それでは、どんなサンダルか。「両足のくっついた」サンダルである。
ここで、「くっついた」とは、もちろん「接着された」という意味ではない。それでは歩けないため、サンダルの用を成さないからである。画像を注意深く見てほしい。なにより、「サンダルがくっついた」ではない。あくまで「両足がくっついた」なのである。
では、「両足のくっついた」とは、どういうことか。これは一度、逆に考えてみる必要がある。「両足のくっつかない」。そして相手は妹、すなわち女性である。女性で両足がくっつかない悩みといえば、、、みなさん、もうお分かりであろう。
O脚である。
すなわち、「両足がくっついた」とは「O脚を直した」という意味であり、「両足のくっついたサンダル」とは、すなわち、「O脚矯正サンダル」なのである。
では、次に「つまずいてもはなれないって書いてある」の部分を考えてみよう。
これは次の3つの場合が想定される。
1.そのままズバリ「つまずいてもはなれない」と書かれたO脚矯正サンダル
この文字が書かれている理由は定かではないが、「はなれない」をO脚ではない、と捉えれば、O脚矯正に躓いてもO脚ではなくなる、または、「はなれない」をあなたから離れない、という意味に捉えて、O脚矯正に躓いてもあなたから離れない、といった、いわば励ましの意味を込めたオマジナイ的言葉であると見るのが妥当であろう。
いずれにせよ、このパターンでは「つまずいてもはなれない」の意味自体は重要ではなく、書かれていることが重要であると思われる。
2.実は「つまずいてはなれない」というキャッチコピーのO脚矯正サンダル
決して「躓いて離れない」ではない。そんな迷惑な事を謳っては、売れるものも売れなくなる。実は「躓いては、成れない」である。
「躓いては、成れない」とは至極当たり前のことである。しかし、これは、「この商品であればO脚矯正に躓く事がない」という事の裏返しなのである。このように、さも当たり前なことを、高らかに宣言するが如く使用するのは、キャッチコピーのよくあるパターンである。
つまり、この場合はキャッチコピーとして「つまずいてはなれない」とでかでかと書かれているサンダルである。
3.実は妹さんは誘拐されており、これは犯人の特徴を示す暗号文である
これについては後ほど書く。
ある要因でもってその人の傾向を決めつけるのはなんなんだろうか。その一般化はなんなのかと。ある一般化された要因のみで何かをする可能性が高いとか、どういう人物である可能性が高いとか言えるものってなかなかないような気がする。
たとえば割とよく見かける、あるひとつの要因での決めつけは、
といったものがあるけど(例が微妙だ)、要因と傾向がそんなに強く結び付いてるように見えないというか、その属性のみが理由になってるように見えない。その要因を持っていれば、他の何か傾向に影響を与える要因を持っている可能性が高いから?それならばそのもっと固有性の高い要因をあげるほうが理にかなっている。一般化が雑すぎる。
ある要因が人に強く影響するっていうのはけっこう稀で、そういう場合は一般化しにくいユニークなケースだから決めつけ的誤解は起こりにくい。ユニークな属性は状況を限定され再現する可能性が高いだろうし、そういう場合はほぼ、名は体を表している状態だろう。しかし逆にいえば、ありふれた属性・要因でもってその人の傾向を語るって言うのはなかなか無理がある。
まあ、言葉の勢いで言ってる人も多いだろうし、本気で言ってる人は少ないと思う。なのでこういう決めつけっぽいことにいちいち目くじらを立てていたらキリがない。ズバリな理由もなく決めつけ的にひとを否定するひとがいたら、多分フィーリングがあわないとか、よくわからないが好きじゃないということを表してるだけだ。あるいはそういったことを言える自分がかっこいいと思っているのかもしれない。
たとえば、法律で未成年の淫猥な図画を排除し、危ない属性を排除すればよいのだ!とかいうひとがいるらしいけど、よほど属性と傾向の関係が強いのでなければ意味がない。関係性を客観的に示していないのなら、理由なんかなくてきっとなんとなく嫌いなんだろう。あるいはかっこいいことを言いたいだけなんだろう。
とりあえず今ボクはかっこいいこと書いてやったぜ!ていう気持ちでいっぱいです。
http://blogpal.seesaa.net/article/81163679.html
まずはここを読んで欲しい。
ジャブジャブの資金がどこに向かうかによって、様々な事が起きるのが解る。今のトレンドはジャブジャブ資金が一次産品に向かっている為、様々なものが値上がりする。日本にとってジャブジャブ資金が一次産品に向かうのはとても良くない。国益が損なわれる。原材料資源に乏しい日本にとって当然の事だ。
日本としてジャブジャブ資金がどこへ向かうのが都合が良いのか。債権や土地に行ってもインフレやバブルなどへ向かう為、良い事は無い。もう懲り懲りです。じゃあどこがいいのか。ズバリ、戦争です。日本とあまり関係の無い国で戦争になり、そこへジャブジャブ資金が向かうのがいい。平和な国で日本は商売をし、日本のお客さんがいない国は戦争をやってもらう。これが一番、国益に適う。
実は、偶然にも今までの日本はこれで繁栄してきたのではないか。だからこそ、そのパターン以外の繁栄のやり方がわかっていない。とはいえ、これは日本以外でも当てはまる。アメリカだって同じように戦争があればあるほどメリットがある。自国の事を考えるなら、戦争が必要だ。戦争は無い方が良いに決まっているが、経済活動の一部だと考えるとこれほど便利なものはない。
本当は、平和の為、自由の為、とかなんとかよりも、ジャブジャブ資金を使う為に戦争やってんじゃないか。どこの戦争もすでに自国領土ではやらず、どっかの国と国の代理戦争をやっている。戦争が終われば束の間の平和が訪れる。その時、商売して儲ける。そして増えた資金はいずれまたどこかの戦争に。
これを繰り返していくと、いつかは戦争をやる場所が無くなる。どの国も知恵をつけてジャブジャブ資金の投資先になろうなんて事はしない。するとどうなるか。宇宙人が攻めてくる。もしくは隕石が地球に激突するという事になるだろう。宇宙人or巨大隕石にジャブジャブ資金が向かうのだ。これからは、危険な宇宙人の存在が明らかになったり、地球へ向かう巨大隕石の存在が明らかになるだろう。それらの存在があるという事にならないと地球上すべての人が困るようになる。
じゃあ、どうするか。ズバリ労働者は「減給受け入れる」かわりに「一人あたり労働時間を減らす」政策を求める。要するにワークシェア社会っす。ただし現状の派遣社会みたいに事実上の身分制社会みたいにするんじゃなく「同一賃金・同一労働」は徹底する。やたら「正社員、勝ち組」を煽る社会でなく、兼業・副業も緩くして、短い時間で効果的に働く社会に変換していく。
その結果が非正規の増加なんじゃないの?同一賃金同一労働といっても正社員と非正規とでは仕事内容違うから給料違って当然って事だしさび残入れたら時給にはそれほど差がなかったりするし。バイトの掛け持ちも禁止されてるわけでもない。短時間労働低収入でも満足できる人ばかりなら正社員勝ち組とはならないだろうけど、多くの人はそうじゃないわけからワープアが騒がれるわけで。
とにかく社員=労働者をギリギリに絞ってポイ、あげくにうつ人間を数十万生み出してそれに足引っ張られる社会と、とにかく失業率低く短い時間で生産性よく働き、そんでよく遊ぶ人間たちがつくりだす活気ある社会、未来があるのはどちらか誰でも分かる話だと思うんですけどね。
失業率は今でも低いし、もっと非正規増えれば労働時間も短くなるだろ。低賃金だから十分な子育ても金もかかる遊びもできないだろうけど。それで活気あると思えるかどうかは別として。
そういう無能な企業はさっさと潰れてゲームから降りていただくしかないでしょう。そもそも私は「軒並み労働者の給料あげろやゴラ」と言いたいわけではありません。企業はある賃金で働くという人間がいる限り賃金をあげる行動を取る必要自体がないわけで、もし労働者が賃金をあげたいなら「一所懸命働く」のは逆効果ですよ、という話をしただけ。
真面目な話支出を増やす方向への舵取りは重く、支出を減らす方向への舵取りは素早い、そういうことでしかないと思いますよ。
同じく真面目な話ですが、労働者の「会社の利益=オレの利益」的幻想を利用して日本社会は伸びてきたと思うんですよね。でももうそれじゃダメだと気づかないとマズイっすよ。それに気づかない企業はこれから軒並みヤバイことになるんじゃないっすか、という話なんです。
正直、企業に金自体が無い状況なら労働者の給料下がんのは当たり前だし(需要の低下でも賃金が下がるのは当たり前)、それは政府がハッキリ言わなきゃいけない。なのに誰も何も言わないなかで労働者が「一所懸命働く」とか「かつての『日本的会社文化』で是とされた」みたいなことやってると、むしろ賃金の下降を招きますます苦しくなるだけでなんの利益もないお、というのがオレの話の根幹なんです。
じゃあ、どうするか。ズバリ労働者は「減給受け入れる」かわりに「一人あたり労働時間を減らす」政策を求める。要するにワークシェア社会っす。ただし現状の派遣社会みたいに事実上の身分制社会みたいにするんじゃなく「同一賃金・同一労働」は徹底する。やたら「正社員、勝ち組」を煽る社会でなく、兼業・副業も緩くして、短い時間で効果的に働く社会に変換していく。そんで雇用創出。日本の企業人の単位時間あたりの労働生産性の低さとかの指標を見てると、そういう方向に変化していかないと日本の企業は軒並み倒れるんじゃないかと心配です。つーか、今の政府はそういう方向に日本のを舵取りしていきたいんじゃないんすか?
とにかく社員=労働者をギリギリに絞ってポイ、あげくにうつ人間を数十万生み出してそれに足引っ張られる社会と、とにかく失業率低く短い時間で生産性よく働き、そんでよく遊ぶ人間たちがつくりだす活気ある社会、未来があるのはどちらか誰でも分かる話だと思うんですけどね。
という論調をよく見かける。
「親からあれこれこういう目にあわされて、俺私はこんな風になった」と言っている人間に対し、
「お前もう○歳なんだろ?ならもうそれは、お前の責任なんだ。親のせいにするな」(これは20歳とは限らない、高校生くらいの場合もある)
と言う論調である。
でも、果たして本当にそうなのか?
確かに、法律的な、そういったある種の便宜的な意味ではそうならざるを得ないのかもしれない。要するに「だってそんな、いつまでも際限なく親のせいなんていってたらキリがないじゃん。その親を育てたのも親だしさ。だから20歳からは自己責任ってことで」という意味あいである。
あるいはまた別の便宜的な意味として「親にもう拘るな。親を恨んでも仕方が無い。そんなことは忘れて、もう自分で変えるしかないんだ」という、責任云々というよりも、当人のために敢えてそういういいかたをする、というのもまた有り得る。
確かにこの二つはそれなりに正しいように思える。実際正しいのかもしれない。でも、これは、「んで結局、親の責任なのか否か?」に対して、真正面から答えてはいない。現実的に進む為の便宜的な答えというだけであり、真正面から答えてはいない。有る意味では逃げている。
では真正面から答えるとどうなるか?
それは、個人的には、「やはり、依然として親のせいである」と思うのである。
20歳を過ぎたらも何もない。本当にそれは親のせいか?という問題はまた別の問題だが、20歳を過ぎる前であれば親のせいであると認定されるようなものであれば、やはり、依然として20歳を過ぎたところで親の責任である。
というより、年をとったから責任が突然解除される、という方が不自然で意味不明である。根拠も無い。
19歳までは親の責任だがその一年で自己を変えられないまま20歳に突入すれば「自己責任」になるというのだろうか?なんだか滅茶苦茶な話だ。
例えば幼い頃虐待にあい、そのせいで性格が歪んだというなら20歳になろうがそれは親の責任である。
20歳過ぎたら、自己責任だという人は、おそらく大体の人は上のように真正面から答えるのではなく、当人のためにと答えをわざとズラしているのであろうが、それはある種危険な行為でもある。その「想い」(本当に「親の責任でなくお前だ」と主張したいのではなく、当人がこれからの人生を歩んでいけるようにいう想い。優しい人が自殺するのを止めるのに、「周りが迷惑する」と敢えて言うことで止めようとする手法と同じように)が、伝わればいいが、果たして本当に伝わるのかどうか。今も言ったが、優しい自殺者に対して「死んだら皆が泣くんだぞ。お前がどうこうじゃなくて、皆に迷惑だ。だから死ぬな」と言うのも、本当に「俺らが迷惑だからやめろ」と言ってるのではなく、とにかく「優しいあいつを引き止めるにはどうすればいいか」という問いから導き出された答えなのであろうが、しかしその「本当の想い」が、そんな錯乱中の当人に果たして伝わるのか否か。自殺者や、親のせいで人生狂ったと嘆く人間に、そんな想いを汲み取ってもらえるだろうか?
そしてそれが汲み取ってもらえない場合、寧ろそういった種の呼びかけは最悪のケースを呼ぶことになりかねない。
そういった心に余裕が無い人間は、それを「そのまま」受け取り、例えば自殺者ならば「俺は死んでさえも迷惑なのか。俺は死ぬことすらできないのか?俺はどうすればいいんだ?」と尚更錯乱するだけであろう。親のせいで人生狂ったと嘆く人間ならば、「じゃあ私が悪いのか?私は何もしていないのに」と益々自己を責め苦悩するばかりであろう。その言葉をかけた人たちは、おそらくは優しさゆえに、当人を救ってやろうというつもりゆえにその種の言葉を吐いているというところが皮肉で切ない。もう正常でない彼らは、優しさゆえに気持ちを汲み取るなんて事はできず、優しさゆえに自己を責めるほうへと進むだけである。お互い優しさが空回りし最悪の結果を呼びかねない。それは皮肉で悲しすぎる出来事だ。
そんな伝わるかどうか分からない事を、ある種正常でない者に伝わってくれと期待してはいけない。相手にはそのまま伝わると考えるべし。そう考えたら、とてもじゃないが自殺者に対し「お前が死ぬと皆その後始末で迷惑だからやめろ」なんて事は言えないだろう。苦悩している人間に、「親のせいじゃなくてお前の責任だ」などと安易に言えないだろう。優しさのつもりなら、それは大間違いだから、今すぐ止めた方がいい。(優しさじゃなくもともと傷つけようとして言っているよという人は論外である)
それよりも、変に当人の為にとか考えるよりも、そのままズバリ質問に答えてしまえばいいのである。
「俺の責任なのか?」
「いや、依然として、親の責任です」と。
20歳超えようが超えまいが親側の責任が消える訳もない。そんな甘いものではない。
虐待しておいて、20過ぎたからチャラね、なんて、いくわけもないのである。過ぎようが過ぎまいが、依然として責任は付き纏っている。「20過ぎたら自己責任だ」と言っている人間は、何よりも、「その親たちの責任をチャラにしてしまっている」事に気付くべきである。
親の責任だ。親のせいだ。それでいいじゃないか?無理に自分の責任にする必要などない。
動くのはそこからである。親のせいだけど、でもどうしようもねえから俺が今から何とかするしかない。あいつらのせいで私はこんなねじくれた性格になったけど、それが嫌だから、治そう。それでいいのである。無理に、「俺・私の責任だから、自分でなんとかしなくちゃ」じゃなくていい。理不尽に振ってきた親からのある種の暴力だ、でもこの親たちはそれを変えられないから、自分は変わりたいから、じゃあ自分で変わるっきゃない。それでいいのである。
無理に自分の責任にしたところで、前に動けるどころか、その責任の重圧に押しつぶされ動けなくなるだけである。
空き巣に入られたのを、「防犯カメラをつけていなかった自分のせいだ」と責め続けるより、「空き巣の野郎。許せん。しかしとりあえず警察に届け、当面の金をなんとかして、部屋を片付けなければ」と動いた方がよいのである。
極論を言えば、恨んで済むならいくらでも他人を恨めばよいのだと俺は思う。ただし犯罪行為はしちゃいけない。自分の心の平穏の為恨むだけなら寧ろ恨んでしまえばよいのである。それはもしかしたら見当違いの恨みもあるかもしれないがこの際それでもいい。なんでもかんでも「自分が悪いんだ」「私のせいだ」そう思いこんだり他人からやたらと「お前にだって非がある」「お前のせいなんじゃないのか」と言われるのはもう端から見ているのもごめんである。そんな事して何になるというのだろうか。そんなものは犯罪行為を行っておきながらしらばっくれる人間に対してだけで十分である。空き巣に入られた人間にいちいち「鍵を閉めなかったお前が悪い」とか言うのもうんざりだ。空き巣が悪い!親が悪い!依然として、どこまでも。でも、そこからどう前へ進むかは、また別の話なのである。それだけの話なのである。
winnyやyoutubeマンセーの人のことや、あるいはズバリニコ厨なんかを、たぶん、制作者側はこんな風に考えてるんだろうとは思う。
レストランの客にたとえると
値段が高すぎるから食い逃げされても仕方がない。
食い逃げを容認すれば味の評判が広がって宣伝になる。
なにが言いたいかっていうとニコ厨いってよし
でもって、多分ニコ厨側ではこんな風に考えてる。
レストランにたとえると
まずいレストランには最初から入る気もしないし
値段が高いレストランがいくらうまいったって客が入らないのは当然だ。
そもそもどうせ「宣伝付なら無料」で道行く人に食わせてるものなんだから
食べてうまいと思ったら隣にいるヤツに「これ食ってみ」って言うのがそれほど悪いことかいな。
と。
何が言いたいかというと、まあどっちも落ち着けってこと。
先ほど、すごいことを発見しました。それは、「政権が長期政権かどうかは、首相の学歴にズバリ、比例する傾向にある」ということです。この学歴問題を引き合いに出すのは「タブー」になっているのですが、歴代首相を論じる以上は首相の出身大学について語らないわけには行かないのです。
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安倍晋三 成蹊大法卒 会社員(+成蹊学園(小学校・中学校・高等学校))
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これを見て分かることは非常に多い。まず気が付くのは、宮澤喜一首相を最後に東大出身の首相がいない、ということです。ここ数代は、慶応と早大のたすきがけ的な形で続いています。
そして、一般的な「偏差値」が高い大学を出た政治家は首相になると「長期政権」になるということです。これは、上の履歴書をみると明らかです。
調べるまでは、まさかそんなことは、と思っていましたが、「政治家における学歴差別」は歴然として存在するのです。これで、なぜ安倍首相が不人気なのか、信望がないのかがよく分かりました。偏差値の高い大学出身の首相は、まわりに似たような学歴の政治家がたくさんいるワケです。そうすると「同窓会ネットワーク」の層が厚い。
同じ大学の仲間意識で皆が支え合うという意識があるわけです。これは、アメリカにおいても同様で、ブッシュ大統領はあれだけバカだと言われていますが、しっかりエスタブリッシュメント大学のイエールを卒業し、しかも、エリートクラブ出身です。それを考えると、安倍首相は哀れなくらいに学歴が低い。いや、学歴が低いといよりは、彼の場合には「受験を経験していない」のです。
受験を経験していないということは、「忍耐力がない」「修羅場の経験がない」という風に一般的に判断されます。しかも、安倍首相は小学校からのエスカレーターです。普通に受験して成蹊大学に入っているわけではない。これは非常にマイナス点です。
日本では、東大受験に成功することが最高のステータスシンボルであり、東大は一時期までは総理大臣を供給する大学でした。アメリカのジャパン・ハンドラーズの研究には「東大」の研究書もいくつもあるんです。東大は官僚制度と政治家にネットワークを持つ。これが日本の最大のパワーだったわけです。
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最も有名なのはチャルマーズ・ジョンソンが共著で加わっている以下の本。ハードカバー版しかない。表紙の「東大」という文字が笑えます。
An Empire of Schools: Japan's Universities and the Molding of a National Power Elite (Hardcover)
by Robert L. Cutts (Author), Chalmers Johnson (Introduction)
Table of Contents
Foreword
Preface
Ch. 1 If There Is a God, He Went to Todai
Ch. 2 First Principles: The Society
Ch. 3 First Principles: The Individual
Ch. 4 The Ivory Basement
Ch. 5 A Tale of Two Citizens
Ch. 6 The Leisure Class
Ch. 7 Who's on Top: The Women Elites
Ch. 8 Family: She's Got the Whole World in Her Hands
Ch. 9 Weapons
Ch. 10 Making It
Ch. 11 Fifty Ways to Lever the Governed
Ch. 12 Reform: No Exit
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同様に、早稲田大学は在野の精神で早大雄弁会を結成し、これも政治家供給源になってきました。慶応大学もどうように政財界に太いパイプがある。小泉前首相と綿貫国民新党党首の共通項はともに慶応出身というところです。意外なところで接点があって、それが情報交換のきっかけになったりする。
慶大出身の綿貫氏
そこに行くと、大変失礼なのですが、成蹊大学出身の有力政治家というのはほとんどいません。政治家の仲間がいないということは、つながるネットワークが少ない、ということ。安倍首相のネットワークは「安晋会」のようないかがわしい人たちの集まった後援会組織だったり、父親の晋太郎の時代からのサポートスタッフです。
安倍晋太郎は、病気で早くに亡くなっており、これを継ぐ形で晋三が政治家になっています。安倍家には、東大出身の寛信という三菱商事・中国支社のエリートビジネスマンもいましたが、なぜか彼ではなく、晋三に白羽の矢が立っている。
そうなると、何にも自分だけの基盤がないエスカレーター学歴の彼には、父の周辺の後援会に頼るしかなかった。そうなれば、晋三はいいなりです。広域ナントカ団だったり、地元の土建業者だったりがまとわりついてくる。それをさばくのは側近たる秘書なのでしょう。
こうなると、なぜ東大出身の寛信氏が後継者にならなかったのかが気になります。順当に東大出の晋太郎が総理大臣になっていれば、晋三が後継者になることはなかったのではないか、と強く思います。しかも、晋三氏には「南カリフォルニア大学」在学時の学歴詐称疑惑で騒がれたこともあります。結局、卒業はしていないということだったようです。民主党の代議士の学歴詐称を追及している段階で噴出した問題でした。
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上のリストに戻りますが、小学校卒業の田中角栄内閣は、やはり短命政権でした。しかし、彼は安倍首相と違い、たたき上げで、一級建築士の資格も持っていた。だから、それなりにポイントは高かったのだろうと思います。鈴木善幸首相もやっぱり短命政権。宇野宗佑首相も、羽田孜首相も・・・・。みんな“ポイント”が低かった。
これを法則化して理解した上で他の首相をみていくと、細川護煕首相、上智大学出身。細川政権は約一年しか続いていません。早大出身の海部政権は約三年続いています。この事実から、キリスト教大学である上智大学は、首相になる場合の「持ち点」が少し低い、ということになるでしょう。ちなみに政治家では野田聖子さんが上智出身です。村山元首相の明治大というのも微妙なところなのでしょう。
そこに行くと、面白いのは、故・三塚博さんと小渕優子さんです。三塚さんは、派閥の領袖も務めた大政治家です。彼は、東京獣医畜産専門学校(現日本大学生物資源科学部)を経て早稲田大学第一法学部へ学士入学し、1951年に卒業。在学中は雄弁会に所属しています。わざわざ早稲田に学士入学しています。これは雄弁会に入るためでしょう。雄弁会というのは、今は威光もかげってきましたが、それでも現内閣では山本金融大臣を初め出身者が多い。森元首相、竹下元首相も雄弁会ネットワークです。三塚さんは学士入学で早稲田に入って持ち点を上げようとしたわけです。残念ながら、その努力は報われませんでしたが、閣僚にはなっています。
同様に、早稲田大学に社会人になった後に入学したケースとしては、元首相の娘さんである小渕優子さんの例があります。彼女の場合は大学院です。小渕さんは、羽田首相と同じ、成城大学出身です。この大学は意外に政治家が多い。しかし首相になったのは羽田さんだけです。しかも短命政権でした。
そこで小渕さんは、女性なので雄弁会には入れないのですが、早稲田大学に政治家をやりながら入学するという「奇策」に打って出ました。これは凄い。さすがは政治家の娘です。政治感覚が鋭いなあと思います。成城大学では幾ら政治家として頑張っても総理大臣はなれない、と冷酷に判断したのでしょう。早稲田に入学したということは、早稲田出身の政治家のネットワークの末席に置いてもらえる可能性がある、ということです。それでもなかなか首相への道は厳しいでしょうが・・・・。なんだか応援したくなりますね。
そう考えると、小学校からのエスカレーターの安倍晋三という人が首相になっていることは、国際的な一大スキャンダルである可能性が高いのです。安倍首相が国際的に影が薄いのも早稲田や慶応のネットワークに入っていないからかもしれない。そう考えると、一応、外国の政治家の経歴を調査する情報機関の間では、東大、早稲田、慶応の当たりの大学は評価されている、という見方も出来そうです。これが安倍さんが慶応幼稚舎出身だったらもう少し違ったのかもしれないですね。
そのようにしながら、日本の政治家を出身大学別に持ち点でプロファイリングしていくのも面白いと思います。同じ慶応や早稲田でも、政経学部か文学部か(例:石橋湛山)、第一部(昼間)か第二部(夜間)かで大きく違うのでしょう。私の出身は早稲田の一.五部と言われた社学出身なので、政治家的には微妙なポジションでしょう。
こういう当たり前のことは差別になるといってタブー視されていますが、やはり安倍政権は坊ちゃん政権だったのです。周りに大学のネットワークがないから、変なおかしい団体が支援者として食っ付いてくるわけです。そう考えると、やはり安倍政権、長くないでしょう。
ここでどう考えるべきか判断に苦しむのは、ポスト安倍の麻生太郎外相の扱いです。学習院大学政経学部政治学科卒業とあります。その他、スタンフォード、ロンドン大学に留学しているようですが学位があるかどうかは分かりません。学習院というのはどういう扱いになるか。彼は皇族の血が入っていると同時に、カトリック教徒です。クリスチャン政治家では、大平首相がいますが、これは短命政権に終わりました。(病気だったからかもしれないですが)学習院出身の首相はいないので、これが持ち点が高いのか、低いのかは分からない。ただ成蹊大学出の安倍首相よりは間違いなく麻生外相の方が持ち点は高いはずです。
そこへいくと、同じように微妙なのが東大出身の谷垣禎一元財務大臣です。彼が首相になれば久々の東大出身総理となります。しかし、彼は消費税を上げたりして、短命政権になるでしょう。その後に、つまり消費税上げをやった後に、民主党政権が出来るかもしれない。
つまり、大蔵官僚が、自民党に責任をおっかぶせて自分たちは民主党政権をコントロールするという考え方です。官僚を統制しているのは一部にはアメリカです。今の官僚制度をコントロールできる角栄のような政治家がいないので、官僚制度も政治家同様、アメリカに目を向けて指示を仰いでいるんでしょうね。
そう考えると、安倍首相がやたらと左翼思想を批判したり、「美しい国」というようないかがわしいタイプの保守思想を喧伝したがるのも、東大学歴に対するコンプレックスなのかもしれないですね。安倍家、佐藤家には東大出身が多いですからね。東大といえば、左翼思想、丸山真男、というわけです。「家庭の事情」で教育改革をやられては非常に困るわけですが・・・・。
まあ、政治家の価値は学歴だけで決まるというわけではないでしょうが、実際に統計的に結果が出てしまっているのは隠せませんね。
ぐぐったらそのものズバリっぽいのが出たw
(「10分で作るCakePHPアプリ for Windows」http://p4life.jp/cake/ )
ほんとにWEBに色々解説が落ちてるね。
とりあえずこのへんからはじめてみます。
先々週のことだけど、その女の子とショッピングモールを歩いてるときに、
トイレ行くとかいうので待ってる間に、その辺をふらふらうろついてたんだが、
背後から急に指さされて
「変な人見つけました!!」
「俺は変じゃないから」
「いえっ! 今ふらふらしてたところを見た感じは、あきらかに変な人でした」
というやりとりがあったんだ。
そして今日CLANNADのアニメの第4話を見たんですよ。そこではかわいい女の子が
「あっ!変な人いました!」
「当然ですっ。早々いないくらい変な人です。10年にひとり現れるかどうか・・・そう言っても過言ではないかもしれません。・・・いえ!ズバリ過言ではないでしょう!!!」
とか喋ってたんだよ。
このシーンを見た瞬間に先々週のことが思い出されて、
博士余剰問題を会社の例で言うのなら、役員の椅子の数が決まってるのをわかって入社しておきながら、「俺が役員になれないのはおかしい」って文句言ってるようなもの。
俺の方が仕事ができるのに、なんでバイトで、あいつが正社員なの?
俺の方が仕事ができるのに、なんであのクソ上司の方が給料もらってるの?
という方が近いかもしれませんね。
役員でいえば、あいつは天下ってきただけのただの無能なのに、なんであいつが?
とかもいいかもしれません。
ただ、全てをうまくは表現できていません。
まあ、一言で言えば既得権が問題なんですが。
この辺がわかりやすいです。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/16af29654ee641ba6ae3f15bdc23338c
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/86677c117444af76ff35c40e7573cdec
共通項があれば、抽象化して議論するのは普通です。
共通していない、つまり異なっているのであれば、独立に議論する必要があるでしょう。
いずれにしよ、「共通」「相違」についてズバリ指摘しない限り、
「特殊」であることを断言することはできません。
まあ、逆もしかりですがw
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昨日、職場でちょっとした悪口を言われて、少々へこんだ。
まっ、悪口といっても全く悪意が無いのはわかっているし、悪口というよりも軽口と言うべき類の事なのだけど、心にグサリと刺さったのだった。
ぼくは、昔、悪口を言われただけで毎日泣いてばかりだった。
いや、発言した本人は、そんなに悪意があるわけじゃないことは頭ではわかっているのだけど、ズバリ自分の弱さを指摘されたときの自分自身の不甲斐なさ、人前で非難されたときの恥ずかしさなどの心理的圧迫に、ぼくのこころは耐え切れなかったのだった。
思い出すだけでも痛々しい思春期を通り抜け、大学院を卒業し、社会へ出て、そして少年は大人になった。
大人になれば、ぼくのこころはもう少し強くなるものと信じていたのだけれど、どうやらそうではなかったようだ。
ただ、傷つきやすいこころを守るための鎧の枚数が数倍増しただけだった。
あの頃と、何も変わっちゃいないじゃないか!!
でも・・・ただ1点だけ変わった部分を挙げれば、彼女との出会い。
ぼくは、結婚相手なんて一生見つからないと、ずっと諦めていた。
伴侶なんていなくとも、仕事に燃える人生も良いものじゃないかと、本気で思っていた。
でも、彼女は殻で覆いつくされたぼくの中に、いつの間にかスッと入り込んで、こころをやさしく包み込んだ。
今でも本当に信じられないことなのだが、最初から互いに壁なんてなかったかのように、ぴったりとこころとこころが重なったのだった。
これは、30年間生きてきて初めての体験だった。
彼女もまた、ぼくと同じように傷つきやすいこころの持ち主だった。
職場で投げかけられた暴言に怯え、ぼくの部屋に来て涙を落とした夜もあった。
(そんなとき、ぼくは彼女をぐっと抱きしめるしかできなかったけど)
それでも、積極的に人々と交わろうとする彼女の前向きな姿勢に、僕自身も変われるかもしれないという思いを抱くまでになった。
こんなぼくを愛してくれる彼女に感謝する。そして、彼女と出会えたことに感謝する。
そしてぼくらは、来月、結婚する。