2021-02-04

私の恥の多い生涯を振り返ってみる

中学1年生の4月、学校トイレに行くことをなぜかためらい部活中に失禁。

中学2年生の3月、自宅まであと300mの場所脱糞。汚れたズボン母親に見つかるまで自室の中で隠す。

中学3年生の時、同じ女に数ヶ月おきに3回告って3回振られる。

高校1年生の時、自分脚本を書いた劇を全校の前で披露ドン滑りする。

高校2年生の時、再び劇の脚本を書くが練習段階で滑りまくったせいで本番数日前に他の人が書いた物へと差し替えられる。「でしゃばりたかったのなら、途中で自由にしゃべる時間あげるからなんかやれよ」と言われるも、本番時固まり何もできず何もなかったことに。

大学1年目の時、コミュニケーションができなさすぎて卒業必要英語と第2外国語単位計16単位の内、4単位しか取れず。残り12単位大学生活6年を通して極力他人コミュニケーションを取らないタイプの授業を選びながらチビチビと取ることになる。

大学1年目の冬、親から授業料をもらっていたにもかかわらず自動車学校不登校になる。(※免許は数年後地元自動車学校に入り直し取得することになる)

大学2年目の夏、サークル宛に外部での発表依頼が来てメインを俺が貼ることになったものの、大失敗し、発表終了後依頼主からもっと真面目に練習すれば?(笑)」と失笑される

大学3年目の春、某資格を取るための授業料20万円を親からもらっておきながら、この頃から大学すら不登校になりバイトも全くせず、授業料を支払う行為だけしてパーにする。

大学3年目の夏、携帯放置アパートには鍵をかけ居留守し続け失踪騒動を起こす。アパートの中での自殺は失敗しました。

大学5年目の夏、全く大学に行っておらず卒業できる状況でもないのに親に就活はしていると嘘を付き続け、「就活でそっち戻るから迎えに来て」となぜか嘘を付き、その後また漠然自殺を試みるも、もう嘘を付き続けられないなと判断母親に「全て嘘でした」と吐き出す。

大学3年目の春時点で配属され本来であれば大学4年目の最後まで所属卒論もその中で書くことになっていたゼミ(※結局2回くらいしか行ってない)の単位を取らないと卒業できないのでどうなっていたか大学5年目の秋に確認したところ、ゼミ単位が取れた扱いになっていた。担当教授確認したところ「温情で単位を上げた。残りの卒業必要単位を取れ。卒論なんてお前に書けるわけがない。」と言われる。もちろん書きませんでした。

⑬6年間となった大学生活の中で、結局バイトは全くやらなかったし、彼女もできなかったし、童貞卒業できなかった。

就職してから3年目、さっさと処理できるような書類を溜め込み放置してしまうことが常態化クレームが入りまくるようになり、戒告処分を受ける。

現在普通に誰でもやれそうなルーティンワークや電話をかけることやメールを返すことなどがまるで人並みにできなくなり、休職寸前に。

あー、書いたらなんかスッキリした

  • おうちがお金持ちみたいで羨ましい

    • 実際割と裕福な方だし、親からも勘当されずに済んでるよ、うん

  • もっと真面目に失敗学をやれよ!

  • かいた恥が多いほど他人の恥にも寛容になれるさ。今日本で求められてるのは増田のような人だよ。

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