少し前に、決別した人がいる。
Aさんという。
知り合ってすぐに心を開いてくれた。
Aさんは私とのことをまるで「運命の出会い」(とまではいかないが)かのように言い、なんでも打ち明けてくれた。
私はというと、最愛の人に去られ傷心していた。
Aさんと仲良く接していても、それほどの快適さは得られなかった。
一人でいるとつらつらと暗いことを考えてしまうので、Aさんには失礼かもしれないが暇つぶしのつもりでつるんでいた。
ある日、数人でいるときにAさんがやって来た。
Aさんの様子がおかしかった。
挨拶をしても「…うん……」と返すのみ。
私以外にもこの調子だった。
Aさんと私の二人きりなら「どうかしたの?」と声をかけるところだが…。
みんなで楽しく過ごしている雰囲気を崩すのはためらわれた。
普段親しげな呼び方をするAさんが、ついに私をさん付けで呼び始めた。
私は努めて普段通りに振る舞った。
しばらくするとAさんは普通に戻った。
私が他人に最低限求めることがある。
いつものAさんに戻りはしたが、そのとき居た知り合いは何かを察したのか、適当な理由で既に帰ってしまっていた。
二人きりになると、Aさんは私に訊いてきた。
「何か気に触ることした?避けられてる気がして…。そういうことに敏感ですぐに分かるから…」
Aさんは、私のどの言動にそう感じたのか言わなかった。
私は終始まったくいつも通りだったのだが。
誤解と分かり、Aさんはほっとしている様子だった。
Aさんと友人になることはない、と私は感じていた。
しばらく経ち、私の生活が忙しくなった。
事情はAさんには話してあった。
精神的にも肉体的にも疲弊することは事前に分かっていたことだった。
幸いにして期間は決まっている。
最終日を無事に終えられればひと息つける。
一週間の内1日しかない休日に、Aさんは毎回会話を要求してきた。
会話の途中で私が寝てしまうことがよくあった。
期間の終盤まで来ると、毎週のAさんからの催促を億劫に感じ始めた。
私が一人になりたがることが多くなると、Aさんはメッセージを送り始めた。
挨拶に私が応えても、用があるわけではないらしく返事はなかった。
食卓の画像が送られてきたときには、返答に困って無視してしまった。
私は、Aさんから離れたくなっていた。
使っているSNSのステータスを離席中にすることが多くなった。
私の事情について詳しく話していないし久々だったので、軽く挨拶をしておきたかった。
私のステータスがオンラインになった瞬間にAさんからメッセージが届いた。
嫌でたまらなくなった。
やめてと言いたかった。
ずっと無視を続けるのは悪いとも思ったので、たまに返事を返すようにしていた。
疲れていることや持ち帰った課題があることを理由に、会話への誘いを断ることが増えた。
Aさんは良い人だ。
だからこそ、私が完全に嫌になってしまう前に分かってほしかった。
Aさんは私にメッセージを送りながらも、それが無視されると半日ともせずに発言を消去することが多々あった。
朝気づいたメッセージに、昼に返事を返そうと思っていても、そういうことをされると、朝から「返事を返さなきゃ」と意識していた脳のリソースがまったくの無駄になった気がする。
その人は、かつて似たような経験をしたことがあったらしく、私の気持ちをよく分かってくれた。
「はっきり言わないと、分かってもらえないと思う」と助言をくれた。
Aさんへのメッセージを一緒に考えてくれた。
「ううん、それじゃ分かってくれないと思う。これくらいはっきり言わないと…」
その人の協力で、私一人では到底思いつかないような、とげのなく、かつしっかりと言いたいことがまとまった文章ができた。
Aさんからの返事はなかった。
分かってくれたのだろうか?
あと数日でこの忙しさから開放される、一番の踏ん張りどころ、というタイミングで。
Aさんから届いたのは「実家のペットが死んで夜も眠れず落ち込んでいる」という内容だった。
私自身、ペットロスになったことがあっただけに、何も言えなかった。
私に無視されたAさんは、ペットが死んだというメッセージを、またしても消去した。
「もう限界」
先日、Aさんへのメッセージを一緒に考えてくれた知人に打ち明けた。
気持ちは決まっていた。
Aさんと縁を切る。
集まりのリーダー役の人には、お別れしなければならなくなったことだけを告げた。
詮索はされなかった。
Aさんとのつながりをすべてブロックし、やっと心が休まった。
暇ができると辛いことを考えてしまう時間も増えたが、快適だった。
あれから一ヶ月ほど経った。
「忙しいときにしつこくして悪かった」という内容だった。
ブロックしたアカウントとは違うアカウントから送信されたものだった。
この送信者は既に削除されていた。
Aさんと知り合った日、私はこんな話をしていた。
十分に打ち解けたと勘違いされることがよくある、と。