2018-11-18

数千年の歴史の中で、新しい祭りが生まれ、消えてきた。

祭祀・祭礼の形は、世界各地で多様な形を示す。そして、原初の祭は、一つの信仰に基づいていたと考えられる。

すなわち、豊穣への感謝祈りであり、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』では、生命の死・再生を通して考察された。

そうした祭り起源から、その地の歴史文化を紐解くことが、文化人類学者としての私の仕事の一つだ。

世界中の祭り樹形図のようにつながり、あるところで結びつき、あるところで消えたりする。

しかしながら、そうした系譜に属さず、あたかも以前からそこに存在していたかのように突如として実存する、そのような祭り存在していたとしたら。

しかもそれが、長い歴史で見ればコンマ1秒にも満たない期間に、世界中で同時多発的に出現していたとしたら。

そのような悪夢とも天命とも思われる事態に、私は今直面している。



3年前、ラオスを訪れた際、聞き慣れない祭りを見つけた。

初開催は今から200年前の西暦2018年頃。内容は泥水の上にかけられた細い橋の上を自転車で渡るという、娯楽要素の強いものだ。

そのあたりの時期の情勢と照らし合わせて、少し違和感を覚えたが、まあ分からなくはない。

第1回大会での優勝者は、ダイスケヤガワという男だった。






私はそれを持ち帰って、研究材料にしようと考えたのだが、どのような歴史書を辿ってもその祭り起源が見当たらない。

まあ、起源不明祭りに今まで出会わなかった訳でもない。この祭りもそれらの一例に過ぎない、とその時は考えていた。

これも良い機会か。と、私は今まで起源がわから調査中であった祭りそれから歴史書などには載っていないが現地に行って新たに発見した祭り、などを改めてまとめていった。

すると、至極奇妙な事実が明らかになった。

一つ目はそれらの祭りがどれも2000年代の数年の間に発祥であること。

それからもう一つ。

どの祭りにも第1回大会にはダイスケヤガワの記録があること。



これらの事実が想起させる、ある種馬鹿げた仮説はただひとつダイスケヤガワ、あるいは彼の属する組織がこれらの祭りを造ったのだ。

世界中の村々で。

突然に。

何のためにー。



ハロウィンは昔から日本の一大イベントだ。そこで生まれ経済効果はこの国だけでも数兆円と言われている。

ダイスケヤガワも、そのような経済効果目的として祭りを作った可能性を考えてみた。しかしながら、祭りの内容を鑑みるに、その可能性はほぼ無いに等しかった。

事実それらの祭りが何らかの経済効果を生んだという記録はない。

私は視点を変えて、ダイスケヤガワの人物像を調査することにした。

これだけの短期間に、これだけ多くの祭りに参加しているとなれば、恐らく彼は祭りの賞金で生計を立てていたと考えるのが普通であろう。

もしくはー。

祭りを造り、それに参加することが彼の仕事であった、とでもいうのだろうか。

わたしにはダイスケヤガワが全くの同一人物を指しているかどうか、確かめる術は残されていない。

そのため、以下ダイスケヤガワとは、ある特定人物もしくは組織総称とする。

冒頭でも述べたように、祭りは、元を辿ると神々への信仰目的としていることがほとんどであるダイスケヤガワは、これらの祭り信仰意味を込め、布教していた宣教師(達)だったのではないか

つまるところ、ダイスケヤガワの行くところに祭りができ、祭りのあるところに、ダイスケヤガワがいたのだ。そうとしか説明仕様のない史実が、私の前に広がっている。

しかしともすると。

ともするとそうであってほしいような馬鹿げた想像は、私の思考から今も離れない。

  • anond:20181118184017

    文化人類学の魅力のひとつは、仮説に迫る心的な動機づけのプロセスを表現した、得も言われぬ独特の文体にあるのかもしれない。 そうした心的な動機を、岩田慶治は【みえないもの】...

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