今日で25歳になった。
ついこの間まで「まだ若いから大丈夫」と言われ続けていたのに、もう25歳。周りからまだ「若いから大丈夫」とは言われても、もう油断できない歳だ。
この街は東京とは違って初婚年齢も早いらしい。大体の女の子は大学卒業から数年で結婚するらしい。ドンピシャだ。私は大学なんて進学していないけれどさ。
最近、ずっと続けていたコンカフェの仕事をやめてまた仕事を探している。さすがに年齢のこともあるし夜は副業程度にしたいなと思っているけれど、いかんせん、選択肢が少なすぎる。
私は特別おかしなことをしていたわけじゃないのだけど、店では目立つ方だった。そのせいで、コンカフェの仕事が見つからないのだ。夜の街すら一つしかない田舎じゃ、すぐに噂が広まるらしい。
そりゃ、皆仲良く協調性を大事にみたいな職場じゃ私は避けられるよなあと思いつつ、どこにも受け入れられないことに悲しくなる。一緒に面接受けた女の子は受かっていたし。
「天才」とか「カリスマ性がある」とか言われてきたから能力が低いわけではないはずだ。むしろ、「何でお前みたいな女が客ついてるんだよ」とやっかまれるタイプだったし。
長く続けた店をやめた原因も、女の子からあることないこと悪口を叩かれて、居心地が悪くてやめた。
「じゃあ、昼職でいいところを見つければいいじゃないか」と言われてしまいそうだけど、それが難しいことを自分が一番よくわかっている。そもそも、学歴が低いので採用してもらえない。採用してもらえてもいかにも体育会系のいやーな職場だったり。
これまでも昼職でまともに人間関係を築けたためしがない。それに、昼職は退屈すぎる。つい夜に比べてしまうのだ。
毎日毎日同じことの繰り返しで、刺激がない。そんな世界が嫌いで嫌いで夜に行ったのだ。今更昼に馴染める気がしない。
最近よく「今が東京に行くラストチャンスなのかな」とも思う。東京のお店のツテも一応あるし、友達もいる。私よりもっとちゃらんぽらんな女の子が受け入れられている街だ。ここより色んな人がいて、色んな店があって、今より生きやすくなるんじゃないか。
と言ってくれる人がいる。近いうちに同棲したいね、とか結婚したいねみたいな話をする相手がいる。
その人の「せいで」とは言っちゃいけないけど、その人の存在があるから私は動くことができない。
正直、怖い。
その人ひとりにだけ求められて満足できるはずがない。もうできなくなってしまったのだ。
ちやほやされるのが普通になってしまった。客単価5000円以上の店で飲むことが普通になってしまった。「可愛いね」「面白いね」「増田ちゃん好きだよ」と色んな人に言われることが当たり前になってしまった。
同棲や結婚をしたらもう私は自由に動けなくなってしまう。あのキラキラした世界に戻れなくなってしまう。
その人とアウトレットをぶらついたときに、この人と一緒にいたらこのコンパクトな生活に閉じ込められてしまうと思った。きっと馴染んだら幸せなのだろう。だけど、今の私はそこを「幸せ」だと思いたくない。
幸せだと思いたくない反面、今その人に愛されて求められる生活も嫌ではなかった。嫌ではないのに、どこか寂しいのだ。
けして失いたくはないけれど、「このまま一生この街で暮らすのか」と考えるともやもやとした感情ばかりが湧いてくる。
きっと、何者になりたくてもなれない現実に折り合いをつけるのが大人なのだろう。
25歳、今年は大人になれるだろうか。
今日も女のクソ長文読んじまった。クソ長文書くのは世の中に甘えきってる証拠。若さの庇護から外れたら能と脳のないクソ長文おばさんは即死。
一言だけ。東京行け