私は昔から人見知りで、親の後ろに常に隠れている子だった。家族内でもそれが根付いてしまっていたと思う。人見知りでいなければいけないといつのまにか思ってしまっていた。だから、感情的にはバリバリ挨拶できるのに、わたしは人見知りだからと自分で自分を抑えていた。
幼稚園でも、みんなでやるお遊戯が恥ずかしくて出来なかったり。幼稚園でピアノを弾かねばならない時も自分の音がもしも違っていたらみんなはどんな反応をするんだろう、と思ってしまって弾けなかった。ひとりだと弾けるのに。人見知りの自分は行動を目立たせてはいけないんだ…と考えていた。
小学校でも人見知りがキャラみたいになっていて、好きな歌は何?とか、好きな芸能人は?とかよく聞かれたのだけど、こんなわたしがジャニーズがすきだとか、流行りのタレントが好きだなんて言ったら周りはびっくりして、なんで〇〇(わたしの名前)なのにこの人が好きなの!?なんてなるかと思うと言えなかった。だから、音楽の授業などで発表する「自分の好きな歌」が嫌いだった。自己紹介はまだ知り合ってまもない時に行うもののため、そこまで縛られることはなかった。
こんなんだけど、ハブられたりいじめられたりはしなかった。きっとわたしが何にでも「うん」と答えてしまうからだろう。嫌でも嫌と言えない。ハイカーストの子たちに従うしかなかった。いじめだとも思ってなかったし、今も思っていない。自分の意思や自我がなんて弱かったのだろうと思う。
あるとき、亀梨和也さんが人気になり(今も人気だと思いますが)クラスで流行った。当然わたしもテレビを見るわけで、かっこいいな〜なんて思ってた。でもクラスでは、〇〇は亀ちゃんなんて好きじゃないよね?と言われてしまった。また来たかと思った。
またそこで「うん」と言ってしまったのだが、さすがにここまでするのは自分でも嫌だし、変わりたいと思った。
中学へ上がると学年の人が増えた。そのため、小学生のときに仲の良かったハイカーストな子たちと離れることが出来た。本当に嬉しかった。
それからは自分がこんなひとなんだよって言うのを周りに出すことが出来た。どこまで自分のことを話していいんだろう、嫌だと思われてないかな?と思うことはあったけど、新しく出来た友達はしっかり聞いてくれ、逆に自分はこんな人なんだよというのを伝えてくれた。
しかし家族内は何も変わっていない。控えめで物静かで人見知りなわたしが根付いてしまっているから、好きなタレントが出ているテレビはもちろん見れないし(環境的には見られるけど、自分がタレントに興味を持っていると知られることが怖かった)雑誌は買っても部屋で読んで奥にしまった。かわいい服が好きだったが、親の中のわたしはいつまでもジーンズにシャツのような服装だったため、親の前でかわいい服を着ることが出来なかった。
自分はなんのためにこんなに制限をかけてビクビクして生きているのかな?といつも思っていたし、勇気が出ない自分が腹立たしかった。1歩踏み出すことが出来れば、きっと楽しい幼少期を過ごせただろうなあ。
高校へ上がってからは周りの子が色濃く、それに流されていったし、親もあまり自分にかかわらなくなったこともあり、徐々に自分を出すことが出来た。親の「もう高校生なんだから」という思いもあったのだろう。
幼少期は自己中心的な感情に支配されることが多いらしいが(医学的に)わたしは一切そんなことがなかった。これは今も変わらないが、親の顔色を見ながら発言したり、大人の機嫌を損ねないようにしなければいけない!と思ってしまうからだと思う。その奥には、怒られるのが怖いってのがあるからだけど(笑)だから、育児記録とかアルバムを見返すと、手のかからないわがままも言わない子、なんて書かれている。悲しい。がんばって人見知りな静かな子を演じるのだって辛かった。そんなこと親には言えないけど。わたしだって好きなものがあって、かわいい服がきたかった。それもこれも自分が悪かったんだろうね。甘えることが出来なかった。これが欲しいとか、これをしてもらいたいとか言えなくてなかなか辛い思いをした。言ってくれなきゃ親もわからないだろうからそんな子どもにイライラもするよね。
ずっと書いてたらどんどんふのほうこうへ
今は社会人で親元を離れてバリバリ働いているが、やっぱり初対面の人と打ち解けた後は小さい時を思い出してしまう。
だから子どもが産まれたら、思う存分甘えさせてあげたい。たとえ人見知りだとしても、何かあったらすぐに相談してもらえるような親になりたいな。