2016-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20160817134117

「うちにはお金がない」とフルタイム勤務で手取り11万円ちょっと介護施設嘱託職員給与明細と、

裁判所からきた父親から養育費減額(月3万→1万)の申し立て書類と、預金口座の通帳3冊を並べたうえで、

車の維持費がこれだけ、電気代がこれだけ、と淡々母親から説明されたのが小6の時。

幸い死んだ爺さんから雨漏りしまくるボロ家を相続してたのと、近隣の農家数軒がいつもご厚意で米や野菜を分けてくれたので、その後も極端に飢えたり路頭に迷ったりすることなくどうにかなった。

けれど、何かアクシデントがあれば簡単に詰んでたんじゃないかなとも思う。

牛肉給食では食べたけど、家では定期テストで2教科以上100点を取ったとき母親が買ってきた合挽肉のハンバーグしか食べなかった気がする。

給食はいつもおかわりをしていたが、ガリガリに痩せていたので痩せの大食いとして散々いじられた。

だが、お腹が空いていることをなんとなく親に悟られてはいけないと思ってひた隠しにしていたので、家ではむしろ小食を装っていた。

入浴中に風呂場の窓に張り付いていたヤモリを捕まえて口に運びそうになって、あわてて逃がしたこともある。自分ことながら平成感がない。

カマドウマを見るといつも感想が「肉付きがよくて食べごたえがありそう」だったか無自覚だったけど実は割と飢えていたのかもしれない。

中学同級生の家に遊びに行くといろんなお菓子が常備されているのが信じられなかった。

ある土曜の昼に同級生のお父さんが気まぐれでバーベキューをして牛肉を焼き始めて、本当はものすごく食べたかったけど、

牛肉を分けてもらうのは大変なことだと思っていたので、散々遠慮して結局小さいのを3枚だけ食べさせてもらった。同級生の家の人に申し訳なくてちょっと泣いた。

オムライス一人前に卵を複数個使うとか、カップ麺が一人1個とか、そういったギャップを何度か目の当たりにして、

同級生自分の家ではどうやら「貧乏貧乏だ」と言っていても致命的に世界が違うという事に気付いたのはもうちょっと経ってからだった。

高校合格した日のお祝いで何が食べたいかと言われて、ごく自然豆腐こんにゃくダブルステーキを頼んだら母親が泣いた。

「うちにはお金がない」と言われて以来、わがままを言うとかモノを欲しがるとかは当然として、失敗が許されない的な緊張感が経済的に独り立ちするまでずっと付き纏っていたように思う。

怠けるとかそういう事と無縁になって結果的によかった部分もあるし、思春期をのびのびと過ごすという部分ではだいぶ呪いのようでもあったと思う。

なんだかんだで社会に出た時点で奨学金借金が600万ほどできてたけど、まあどうにかなってる。まだまだ完済までかかりそうだし、ずっとギリギリではあるけど。

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