2016-06-23

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ライトノベルは、なぜああい文体が多いのでしょうか。

その界隈で精通している人たちですら、ライトノベル定義にブレがあるしね。

そんな状態のものに、私がとやかく言えることはないぞ。

ただ、それでも言えることがあるならば、表面的な表現手法について批判することに意味はないということくらいだ。

極端だけど、短歌に対して「短い」なんて普通は言わないだろ?

版型が変わればデザインだって変わる、ということだ。

フォントなり行間なり、紙媒体がどうかでも違ってくるだろう。

昔の長編小説をそのままの文章構成で、スマホ(フォ)のような別の媒体で読むとしたら、内容の良さに関わらず大分きついだろう。

から、「小説」と「ライトノベル」は同じ読み物だけれども、厳密には違うのさ。

焼きそばカップ焼きそば関係といえばいいのかな。

ライトノベルの「ライト」が何を指しているかにもよるが、売り手が狙っている主な層は、様々な文学に慣れ親しんだ層ではないのだろう。

であるなら、そこで紡がれるのは活字への抵抗感を考慮した「ライト」なものになるのは自然の流れではないだろうか。

表現手法最適化とは、媒体マーケティングによっても変わる。

もちろん例外はあるのだろうけれど、イレギュラー反論材料としては弱いしな。

読者層が様々なのは分かるが、子供向け番組を観る「大きなお友達」みたいなもので。

彼らがウケることをやることもある、けれどそれは副次的ものであって、メインターゲットは別なわけだな。

賞をとったものの中にはきつい出来のものが多々あり、理解に苦しんだ時期もあったが今はそう思い込むことにしている。

媒体考慮した表面的な手法文体などはそもそも評価対象ではないので、批判対象にならないというのが私の答えだ。

まあ、賞賛対象にもならないということでもあるが。

だが、そんな君にオススメしたい作品がある。

私が書いた、「死んだ日本で生きる私」だ。

ゾンビ蔓延って社会が全く機能しなくなった日本一人暮らしをしている青年が、毎日をよりよく生きようとする日常モノとなっている。

似ている設定で「地球最後の男」があるが、あちらと比較してブラックコメディ寄りな作風と、ブログみたいなノリで書かれる主人公の心情と独白がウリだ。

ライトノベルでありながら、“昔の文学を読んでいるような”気分に浸れること請け合いだぞ。

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