自分たちの学年は、医学部にしては珍しく馬鹿揃い、との評判だった。
とにかく多浪が多く、現役を0と計算しても平均2.x浪というような感じだったと思う。
でも自分はこの浪人組の人たちが大好きだったし、なによりも素敵だったのが、
この学年は上の学年から落ちてきたほとんどの先輩たちを道連れにして、
むろん国試合格率は史上最悪だったがそれが何か悪いか?(翌年ちゃんと頑張って合格していた。東大みたいに国試不合格者が吹き溜まると大変だもんね)
10を超える多浪の人が何が違ったか、というと勉強のスタイルが「孤独」だった事だろうか。
ノートも生真面目にとってらっしゃるから、「貸して見せてください」とお願いしたところが、
字がきれいなだけでまとまっていない、大変な物体だという事に気づいた数人は、これ以後、
「ねえ、○○さん、こちらのノートを読んでみてください。そして先生はこれを重要だと説明してらっしゃると思いますよ」
とアドバイスする側にまわった。
何しろこの人の人格が素晴らしくてなんとかしてお医者さんになって欲しい。
授業はもちろん最前列で聞いておられるわけだけれど、そのノートの内容は起承転のみで終わる小説のようだったから、
何人かでフォローするためにかわりばんこにノートを取った事を思い出す。
人格の素晴らしいその人だけでなく、中で何度も何度も足踏みしていた人々も沢山落ちていらっしゃったけれど、
彼らは年を取っている分記憶力が落ちるわけだから、ピンポイントで「こことここが大切!」と教えなければならない。
自分たちは大した勉強をせずに試験には楽勝で通ってしまっていた。
そして彼らもなんとか一緒に卒業できて本当うれしかった。仲間は大切よね。
(教える側に回っていたのは自分も含めて5-10人ぐらいいたと思う)
基本的な学力があって、入学試験を突破してきてもかなり勉強しまくらないと医学部は厳しいかもしれないけれど、
自分は不思議と全然楽に感じていたのは彼らのおかげだと感謝しています。
むろん今でも尊敬できる素晴らしいお医者さんたちで活躍している。
20何浪の話を聞いたら、医学部の勉強を集団以外でしたことがなかったのを思い出した。
追記:もしも同クラスの人がいたらごめんね。
これは医学部の教育問題について言われているいくつかの問題のうちの一つについて考えている。
ノートが「起承転」と書いたが、これは何を意味するかというと「正しい答えは出せるのだが、時間がかかる人がいる」の比喩だ。
優秀な人には何種類かいるが、医学部には判断力が早い人がかなり多いし重視される。
でも優秀さには時間で測れない物差しがあるはずで、そういう人達がたまたま自分たちの学年に集まった。
ある人々は浪人で、ある人々は留年で。でも現状ではそういう人が受験前にふるい落とされたり学内で孤独に勉強してふるい落とされたりするのではないか。
「医師は成熟した人間が少ない」の答えの一つはそれなのではないか?物事をゆっくり考えない、、、
こんなおままごと野郎が医者なんて、絶対行きたくないわ。
こんなおままごと野郎より知能の低い君www
おままごとってのは実は相当ハイレベルな遊びだからな