はてなキーワード: アジア人とは
色んなところで釣りをするのは楽しいけど、一番反応と釣果が大きいのはやはりyoutubeだ。
簡潔にいうと、パソコンに張り付く海の向こうのティーンを釣るのが楽しい。
特にいきがった白人のティーンが「アジア人ってイケてない」といっているヤツに対して、「アジア人からするとお前の顔は男みたいなんだよ。ケツあごが!(白人は概ねアジア人からすると男性的な特徴をもつ)」とかコメントをすると面白いようにシロ○ボ、クロ○ボが釣れる。
ポップカルチャー評論家宇野常寛「ARBはいかにもな90年代Jロック(キリ」オレ「ARBは80年代なんだが」宇野「ぐぬぬ」http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/237067
この人達勘違いしてるよ。宇野氏はポストモダニスト。歴史実証主義への深刻な懐疑が
思想形成の根底にある。
何故彼がこんな挑発的な主張をしたかといったら、歴史実証主義が現代ではもう「無力」だからだよね。
ポストモダン・フェミニストの上野千鶴子は、従軍慰安婦・南京大虐殺論争に加わった時、
なんとウヨク修正主義者を実証的に批判する吉見義明らを批判した。
上野曰く「南京大虐殺はなかった」と主張するウヨクも、あったとするサヨクも、実証主義を使って
そんな土俵でウヨク批判に実証主義者は無力すぎる。それを第三者が見たら、
「ウヨクもサヨクも同様に確からしくない」という印象を持つでしょう。
重要なのは、過去を生きた人の身になって想像しようとする気持ちと、物言わぬ「痕跡」の声に
戦後生まれのアジア人が、日本軍に殺害された被害者の声を想像して代理できるように、
宇野氏も70~90年代当時を生きた日本人として「ARB」を受容し、語ることができる。
ARBを聴いて「いかにもな90年代Jロック」「いかにもな「虚構の時代(by大澤真幸)」のロック」と感じた
彼の感想は、1個の体験的事実であって、この印象を他人が抹消することはできない。
物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと
独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。
個別の事実よりも、全体として過去がどのような感じであったかを再構築する想像力が重要でしょう。
相対主義の世界で、ロックやアニメといった個々のコミュニティを正当化せずに、
色んなコミュニティを見て周り、その上でニュートラルであろうとする誠実な意思が必要でしょう。
閉じたコミュニティからの偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。
正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。
計算問題を解かせるときに、自分が女性であると意識させると成績が下がり、アジア人(計算が得意というステロタイプイメージがある)だと意識させると成績が上がるというもの。
実際は計算能力に性差はあまりないにも関わらず、女性が数学にプラスイメージをもてないのは、そもそも女性が計算が駄目だというステロタイプイメージが先行している可能性もある。
いずれにしても、結果から先に整えて様子見るフェミニストの戦略は、決して悪いものではないと思うが、なんというか、性のステロタイプイメージの影響力って、地味に聞いている感じがする。
これが本当に撤廃された結果は見てみたい。面白いと思う。
10年前に公開された真珠湾攻撃の映画を思いついたように観て、
第二次大戦前、世界の有色人種のほとんどすべてが白人の植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、
白人が優れているから有色人種は差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、
記念すべき大事件だったのだ。
白人の専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機をアジア人が操縦し、
戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。
当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望と勇気を持っただろうか。
この映画はアメリカの国威発揚のために製作されたものであるが、
皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、
アジア人が白人をこてんぱにする映像を世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。
そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、
真珠湾攻撃になぞらえられた。
実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、
負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。
しかし、有色人種が近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、
この事件は、宿命であったと言えよう。
先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。
>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれだから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。
えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から「早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。
経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツで運動能力が低かったんです。ですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄に運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです。
ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です。
そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)
あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育の世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります。
そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。
例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。
いずれにせよ、おめでたいことで。
そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき、首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。
たぶん noctifer さんの同期の「実家が尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生のときの録音をその人にもらったので。
ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器にだんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしまう悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。
ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。
ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。
都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。
前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです。
それでよく考えてみれば、サッカーの選手生命から考えて、僕らと同世代の選手のほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。
論文を添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。
思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉づかいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから。
子供の頃から、母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪の二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃。
こんにちはー。
「絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。
あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?
そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。
ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。
個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラーの世界では日本よりよっぽどどぎつい表現が社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。
似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?
>実際には日本のエロゲの守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人をベースにしているのでなおのこと)
なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。
しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。
うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。
どうも最近、英語圏のメディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。
やっぱりこういうと何ですけど、欧米がアラブに違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味で日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たときに違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄ではいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。
ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!
あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります。
>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。
最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。
本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だから、たまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。
ネトウヨについて僕が考えていることを書こうと思う。
この文章は割と長い。これはネトウヨに読んでもらうためにはあきらかにマイナスだ。
(1)長い文章が読めない→(2)見出しだけで内容を判断する→(3)的外れなコメントをする
ネトウヨの大部分は長い文章を読めない。
いや、正確には、長い文章を読めない者がネトウヨになる割合が多いのだ。
その理由は、この文章を最後まで読んでもらえばわかると思いたい。
では、なぜ僕は読まれないのに長い文章を書くのか。
それも、最後まで読んでもらえればわかると思う。
とりあえず、文章が長いというクレームは受け付けない。
最初に、「ネトウヨ」という呼称を使う理由について説明したい。
ここでは主に、ネット上にて
・反韓デモを扇動したり在日差別を行うやたらと排他主義的な人物
・自分は国にろくな貢献もしていないくせにやたら無根拠に自国を誇るエセ愛国者
といった人物を指してネトウヨとしている。また、これらの人物の特徴としては
・自分の主張を正当化させたり他人の正論を貶めるためには平気でデマを流す
・無知ゆえに存在しない陰謀と戦っており、自分のみが真実を得ていると思い込んでいる
などがある。
こういった人々は基本的にネトウヨと呼ばれるのを嫌う。なぜ嫌うのかはよくわからない。
もしかしたらバカにされていることに薄々感づいているのかもしれない。
でも、この文章の中ではネトウヨと呼ばせてもらう。
決してネトウヨを怒らせたいからでなく、ただ他の呼称で適当なものがみつからないからだ。
では、まず説明したいのは、ネトウヨがいかに情報に踊らされているかということだ。
ネトウヨは言う。「メディアは韓国や電通や民主党にコントロールされている」と。
まあ、当然だが現実にそんなことはない。
そういうことを言うバカがいて、ネトウヨは簡単にそいつらに踊らされる。
メディアについて、専門家が正しく解説している文章はネット上にいくらでもあるが、ネトウヨはそういう自分たちに都合の悪いものはまず読まない。
そして、家から出たこともないような引きこもりが想像で書いた落書きや、自称事情通の友人が書いた落書きだけを「真実だ」と信じ込む。
でも、残念だけど、陰謀論というのは無知な人間の間からしか発生しない。無知な人間の浅い想像とルサンチマンが、くだらない陰謀論を生む。
例えば、だれか国際金融のマーケットに立つ一流のトレーダーで、ロスチャイルド家が世界経済をコントロールしているなんて陰謀論を信じている奴が一人でもいるだろうか。
一方で、「少年ジャンプの印刷部数は集英社がコントロールしている」という事実は、集英社の社長に聞いても、大日本印刷の社長に聞いても間違いないだろう。
ある事象が陰謀論か事実なのかは、十分な知識をもった専門家がどのように考えているかを調べれば簡単にわかる。
もちろん、大勢の言うことがいつも正しいというわけではない。しかし、大勢の専門家が言うことは大抵の場合正しい。
これまでの歴史を振り返ってみて決して例外がないわけではないが、やはり大抵の場合は専門家の意見が正しい。
それを違うと思うなら、素人の想像のストーリーを鵜呑みにするのではなく、まずは自分の頭で考えることだ。
でも、大抵の人間はそれができない。ネトウヨになんてできるわけがない。
真実だと言い張る、嘘で耳になじみの良い、自分たちだけしか知らない(と思い込んだ)、バカみたいな情報に騙される。
だから、それなら専門家の言うことを信じていた方が無難だよとアドバイスしてやりたい。
専門家並みの知見を得られないのなら、専門家の言うことをだまって信じていればよいのだ。
では、話が戻ってメディアコントロールの話だが、これはありえないとメディア業界が長い僕が断言する。
そして、業界のまともな人間なら、みんながみんな、「特定の団体がメディアをコントロールするなんてありえない」と言うだろう。
でも、そんな現場ではだれもが知っていることが、噂話による想像でしか状況を思い描けないネトウヨには理解できないらしい。
仮の話だが、ここ5年、販売される同人誌をすべて分析してみた結果、登場するキャラクターの巨乳率が有意に大型化していることを発見したとしよう。
2006年は平均Cカップ弱程度だったのに、07年にはCカップ、09年にはDカップ、11年においては平均がなんとEカップものサイズになっていた。
この事実を、コミケのことを詳しく知らない人物が分析し、理由づけしたところ、
「婚期を逃した女性たちが結託して、ロリコンを撲滅し、豊満な肉体を持つ熟女の魅力を刷りこむために行っている、つまり犯人は2chの喪女だ(喪女犯人説)」
という結論に達したとする。
くだらないので例は書かないが、いくら反論されても論理的に説明できるだろう。
いざとなれば1番胸の大きい同人誌を書いている女性を連れて来たら、そんなものを書いている女性の多くは喪女だろうから、簡単に証明成功だ。
もちろん、その1番胸の大きい同人誌を書いているの女性が既婚なら、2番でも3番でもいい。
でも、そんな喪女犯人説がナンセンスなのはコミケに参加したことがある人ならだれでもわかるはずだ。
もしも同人誌の絵の胸が年々大きくなっているとすれば、それはそういう絵が流行りで、そういう絵が求められているからだ。
熟女の魅力を刷りこむなんて無駄な努力のために、全作家に巨乳を書くように頼んでまわるバカなんているわけがない。
仮に存在したとしても、作家がそんなことに協力するわけがない。この陰謀論はまったくもってバカらしい。
どうやって全メディアに偏った報道をするように頼んでまわれるというのだ。
もちろんネトウヨは可能だと言うだろう。だが、喪女犯人説だって同様に可能なのだ。
あらゆる可能性は存在するが、だからといってあらゆる真実が存在するわけではない。
喪女犯人説と同様に、現代日本でメディアコントロール説は明らかにナンセンスだと断言できる。
メディアが偏っていると憤慨しているやつは、コミケの話で言えば貧乳派だ。
だから文句を言いたいし、自分の周りはみんな貧乳派だから、巨乳派が多数だなんて認められない。
でも、コミケで年々胸が大きくなるのが流行りだったように、その報道の偏りも、いわばただの流行りなのだ。
「麻生が字を間違えたことばかりあんなに大きく報道したのに、民主党の○○はまったく報道されていない」
なんて言うやつがいるが、たんに麻生が字を間違えたことを多くの視聴者は見たがった。ただそれだけだ。
いや、見たくなかったなんて言うやつもいるかもしれないが、そういうやつこそ苦々しい顔をして繰り返し見ているものなのだ。
「私が見ていないから、みんなが見たくないはずだ」なんて思うのはばかげてる。
「私の周りはみんな見ていないから、ほとんどの人が見ていないはずだ」なんてのはナンセンスの極みだ。
ご存じのとおり、日本のメディアはそのほとんどが営利企業だ。最大多数の人が求めるものを最優先で提供するのだ。
日本のメディアがコントロールできるなら、確実に政府与党によってコントロールされているはずである。
可能ならば、以前なら自民党、今は民主党が自分たちの都合の良いようにコントロールしているはずである。
しかし現実では、今のテレビや新聞が民主党の悪口だらけなのは言うまでもない。
結局のところ、メディアが偏っていると騒ぐやつらは、自分たちの望むように偏らせたいと願うやつらなのだ。
自分たちが大切だと思うニュースを、大多数が見たいニュースより目立たせろと言うバカなのだ。
重要かどうかを決めるのはお前たちではないのだ。それぞれのメディアに専門家がいて、その責を持った者が決めるのだ。
「あのデモを取り上げなかった」「あの失言を取り上げなかった」
それを取り上げたとすれば、それこそが一般的には偏向報道なのだ。
それが、狭い世界にいて、自分だけがすべて、ネットにいる仲間たちだけがすべてだったら、理解することができないのだ。。
貧乳派が貧乳派だけで集まり、必然的に情報は偏り、制限される。
ネットの貧乳派のコミュニティを覗いて、貧乳派の声が圧倒的に大きいと感じる。
だから自分たちは正義だと思い、巨乳が増加するコミケを批判し、原因をねつ造する。
正確にはどっかのバカが想像で書いたフィクションを真実なのだと信じ込む。今やっているのはつまり、そういうことなのだ。
つまり、世の中の大多数にとって、そのデモはどうでもいいのだ。そのデモの記事なんて読みたくないのだ。
メディアの中の人間は、それがよくわかっているから、この結果になるのだ。
それが情報の制限されたネトウヨには理解できないからこそ、ネトウヨは真実にたどりつくことが決してないのだ。
と、ここまで勢いよく書いたが、上記に一点だけ付け加えたい。
メディアをコントロールできる唯一のものとして、そのメディア自身がある。つまり、「自社に直接関係する事件」はかなりの割合がなんらかの形でコントロールされる。
もちろん、自社に関係するといっても、報道媒体が「スポンサーが」なんて言うことは仕組み的にありえない。社員逮捕とか、自社の粉飾決算とか、そういう話だ。
しかし、それは民間企業として当たり前である。当事者性の観点からも、裁判が終わり事実が確定するまで自社では報道すべきではないともいえる。
そして、日本ではまったく別資本のメディアが無数にあるので、これを陰謀論の根拠とすることは不可能だ。
ちなみに、新聞社同士、テレビ局同士は仲間ではなくライバルだ。足を引っ張れるなら引っ張りたいとお互いに思いあっている関係だ。互いに擁護することなんてまずないだろう。
以上は蛇足だったとは思うが、僕は正直者なので念のため。
次に、なぜネトウヨはやたら無根拠に自国を誇るエセ愛国者なのかについて考察したい。
何かをなしとげたわけでもなく、だれかに認められた経験もない。
つまり、ネトウヨとは、自らのアイデンティティを確立することに失敗した人間たちではないかと僕は考えている。
そういった実績や経験は年を重ねて初めて身につけられることが多い。例えば、小学生で明らかな実績や経験を誇れる人間は一握りだろう。大多数の子どもは何ももっていない。
だからなのだ。
小学生から中学生の頃、親が社長だとか、親戚が芸能人だとか、自分が得たものではなく与えられたものについて、やたらと自慢する鼻つまみ者が存在したのは。
自分自身が何者でもないなら、自分自身以外から自分のアイデンティティを証明するものを持ってくるしかない。
もちろん、他所から持ってきた「自分が特別(他の人とは違う)だという証明」は、自分自身で積み重ねたものに劣る。
だから、ほとんどの人は年を重ねるにつれ、自分自身のアイデンティティを、自ら積み重ねたもので証明するようになる。
それは学校名だったり、職場名だったり、能力だったり、経験だったりするわけだ。
しかし、ネトウヨは何も持たない。正確には、何も持たないと自分で思っている者がネトウヨになりやすい。
ネトウヨは自分自身を卑下している。彼らにとって胸を張って他人に対して誇れる自分の「証明」が存在しないのだ。
そんなどうしようもない人物が、唯一手にすることができるのが「日本人」だということなのだ。
彼らはおそらくこう思っている。日本人は西洋人には劣るが、他のアジア人よりは優秀だと。西洋人には劣ると考えているため、西洋人に認められることをすごく喜ぶ。
親日的な西洋人のネタは2chのまとめブログでも人気の記事だ。一方で、アジア人(特に中国・韓国人)のことを見下しているため、アジア人に対してはまずバカにしてかかる。
しかし、残念ながら本来人種に優劣などないので、人口と土地の広い中国には必然的に抜かれそうになる。
その他新興国だって、遅れながらも成長をはじめ、先行した日本の地位を脅かし始める。
まあ社会が成長する過程において当然のことだし、まっとうな日本人なら、今の日本の発展を維持するか、今以上に成長させる方法を考える。
しかしネトウヨはそんなことは考えられない。そもそもそんなことを考える立場にもいない。それなのに、今のアジア人を見下す立場だけは死守したい。
それだけが自分の存在価値であり、人生において人を見下せる唯一の武器だからだ。
そうなると必然的にネトウヨはアジア人を叩く。とくに国際的な立場が日本に迫りつつある中国人と韓国人を叩く。自分たち自身を伸ばせないなら叩くしかない。
もちろんネトウヨがいくらわめいたところで現実は何も変わらない。でも、ネトウヨはそれしかできないからそうするしかない。
ネトウヨはアジア各国は劣っていると思いたい。日本はすばらしい優秀な国だと思いたい。
しかし、本当の愛国者は、自分の国が優秀だから愛するのではない。自分の生まれ育った国だから愛するのだ。
自分の国が優秀だから愛するのが愛国者なら、失敗国家に愛国者などいるはずがない。
愛国とは、親を愛する、子を愛するのと同じなのだ。ダメな親でも、ダメな子でも愛するように、愛国者は自分の国を愛するものなのだ。
親の悪口を言うことも、子の愚痴を言うことがあっても親子は愛し合うように、自分の国に対し批判的な意見を言っても愛国者だということは十分にありうるのだ。
ネトウヨはなぜ違うか。なぜ自分の国が優秀だと言い張り、日本の行動や歴史を批判する日本人がいれば必要以上に叩くのか。
それはネトウヨが日本を愛しているからではなく、ネトウヨにとって日本は自分のアイデンティティを証明するための道具にすぎないからだ。
道具の価値を下げられそうになれば抵抗する。それはネトウヨの気持ちになれば確かに理解できる行動だ。ただし、それが健全な行動だとは言い難い。そんなものが新の愛国者なはずがない。
どんな漫画でも映画でも小説でもなんでもよいのだが、今最も売れている漫画として、とりあえずワンピースを例にあげる。
ワンピースでは、主人公ルフィの血のつながらない兄として「エース」がいる。エースは大犯罪者の息子だ。そのために物心ついたころから差別されて育ってきた。生まれて来なければよかったと言われ、多くの人に憎まれた。
物語が進み、エースは白ひげという海賊に出会う。エースを憎むスクアードという海賊に白ひげは言う。
「親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ。エースがお前に何をした?仲良くやんな、みんなおれの家族だぜ」
で、ここで多くの人が感動したと思う。
ワンピースは差別問題を積極的に扱っている。その差別問題のエピソードで打ち出されるメッセージはいつも「差別はよくない」だ。
よく思い出してほしい。差別されていじめられる子が登場する物語を。いつもその物語から打ち出されるメッセージは「差別はよくない」だったはずだ。
まあ、「差別しようぜ」というメッセージはかなりとがった媒体でもないと表現できないという理由もある。
しかし、それ以上に「差別はよくない」というのが僕らのモラル、そして常識と合致するからだ。だから多くの人が感動するのだ。
差別された悲劇に涙し、差別に打ち勝った勇気に打ち震えるのだ。それなのにネトウヨはアジア人を差別する。
では、彼らはワンピースに感動しないのだろうか。
いや、そんなことはない。もちろんネトウヨも人の子だ。ワンピースはともかく、なんらかの差別問題を扱ったストーリーに感銘を覚えた経験はあるはずだ。
少なくとも、ネトウヨに差別を肯定的にとらえているほど積極的に思考している人間は少ないだろう。
差別はいけないことであり、差別を克服する物語に感動するのに、なぜ彼らはアジア人を差別するのかということだ。
まず、単純だが愚かな反論として、「差別ではなく劣っているから指摘しているだけだ」というのがある。
まあ、「それが差別だ」との一言でおわる反論だが、あえて詳しく説明しよう。
・エースは大犯罪者の血をひいているだけあり、かなりの暴れ者だった。
それでも親の罪を子に晴らすなんて滑稽だし、黒人を犯罪者予備軍扱いしてはならないし、女性が学びの道に進むことを阻害してはならないのだ。
なぜなら、人には人権があり、差別されず正当に生きる権利があるからだ。一部のアジア人が不正をおかしたからといって、「あんな国は亡びればいい」だとか「あいつらは劣等民族だ」なんて言うことは明らかに誤りである。
2chのネトウヨが跋扈しているスレッドでは、目を覆うような罵詈雑言が「すべての」中国人や韓国人に投げつけられている。
彼らはワンピースに感動し、差別はよくないとうなずきながら、その手は差別用語を打ち続けるのだ。どうしてそのようなことがおこるのか。
続く→
http://anond.hatelabo.jp/20110815225307
ということで先日はじめて台湾に行ってきた。
なんやかんや言って香港などよりも、下手すれば中国本土よりもずっと中国的なところだと思った。
中正紀念堂に書かれた儒教思想および日本で翻訳され中国にも輸出された近代西洋思想に基づく孫文の訓示。
美しい繁体字を皆達者に書く。
南京路とか重慶路とか中国の都市を基にした地名が非常に多くニューヨークなどと同じく植民地の地名そのものだった。
中国ではすべて横書きに統一しているが、台湾は日本と同じく新聞など模範的な文章は縦書きで書かれる。
香港では北京語は通じない。少なくとも、香港人は北京語を聞き取りはできても話せず英語のほうがよほど通じる。
名前も英名が公式に使われる。
台湾や中国でも最近は英名を名乗る人が増えたけど香港ほど公式ではない。
日本人ならダニエルとかマイケルとかメアリーとかキャサリンとかとても名乗れないだろう。
英国植民地の面影が色濃く残る香港やポルトガルのそれであるマカオはアジアの国とは思えなかった。
英語を母語としもはや漢字を読むことすらできない中国人とムスリムとインド系の街であるシンガポールは、
すでにアジアなのかどこなのかわからない無国籍国家という印象だった。
ベトナムも中国とフランスとが混交していてカオスな雰囲気を醸し出していたし。
日本語が通じる人もこれまで行ったどこの国よりも多かった。
片言の中国語で、英語と筆談の助けを借りながら住民と会話した。
我喜歓台湾と書いたら嬉しそうに笑った。
少なくとも西洋言語のみが全人類に受け入れられる世界共通言語になり得る。
何かを否定するにもそれを手段として使わなければいけないという時点で、それを否定できないことが証明されてしまう。
何が入用で何がそうでないかの判断はこのように割合容易につく。
言語はアイデンティティ(帰属意識、同胞意識)の確立の手段、という重要な機能を持つが
それがコミュニケーションの手段という機能を上回ることはない。
文化は発祥した地よりもむしろ影響を受けた衛星で保管されることも多いのではないかと思った。
どこの文化圏でも土着の文化よりも舶来の文物を珍重し上位に置く一定の傾向がある。
土着の文化は卑近で生々しいのに比べ舶来のものは「よく理解できない」ために神秘的だからだ。
日本語では大層難しく聞こえる漢語や外来語が、中国や西洋では子供でも使う日常語であることは多い。
儒教思想や陰陽五行思想はむしろ朝鮮で本家中国よりも忠実に継承されている。
お箸単独で食事をするのもやたらお辞儀をするのも深々と頭を下げるのも日本人特有の風習であるし、元号も今や東アジアで日本しか使っていない。
唐服に影響を受けあるいは呉服に起源を持つ?和服も今や日本の象徴である。
国家元首の名前と元号の名前を漢籍から採るということも中国ですらしてない。
例えば私は神戸で生まれ育ったが、神戸の人という感覚はあるが、兵庫県の人という感覚は全くない。皆無。でも日本人という感覚はさすがにある。日本人でない人と日本人との差異があまりにも大きいからだろう。ベン図などで書けばよくわかるのだろうけど、これらの感覚は相対的なものだとおもう。
沖縄のアイデンティティを持つ元増田も、日本人というグループ内で共通した感覚に違和感を覚えたとしても、地球人、アジア人という感覚はさすがにあるだろう。逆にフィリピン人やチベット人としての感覚は無いだろう。
国家は人間の集合体。人間とありんことは違う。国家はありんこの集合体ではないのだ。均質である必要は全くない。また、歴史的にも国家ってのはだいたい複数の民族の連合国家だ。だから沖縄が日本の一部かどうか、なんてことは文化の独自性を維持する上では大きな問題にはならないと思う。そもそも沖縄は地球上の国及び地域の一部だ。47都道府県全てがそうだ。国家というものは、それぞれの地域がひとつの国家として共同して秩序の形成に取り組むという同盟を形にしただけにすぎない。
たしかに日本固有の領土とか、不可分とか表現することはあるが、滅亡した国家に固有のものが無いように、これらの表現は政治的なものだろう。文化も同じだ。
私は、沖縄は文化的に日本と一緒じゃないし、行政的に日本の一部だけど、だからって独自性を捨てるとかもったいないことしなくていいと思う。
最初の、ネトウヨが陰謀論者みたいなもんだ、というくだりは理解できる。
以降のネトウヨの精神分析みたいなものは、考察だし、まぁ理解できる。
以降については大いに疑問が残る。文章の練習を兼ねて、疑問を指摘したい。
元増田の主張は
という事だと、思う。
しかし、そうだろうか。
(共通の前提)
いわゆるネトウヨが差別的発言を特定のアジア人に対して繰り返すのは、特定のアジア人が反日的発言を繰り返すからであることが、原因であることは、お互い理解できているものと思う。(論点として、どっちが先に言い始めたか、という事もあろうかと思うが、原因となる行為を遡るだけで究極的には問題にならないだろう。)
(背景)
ネトウヨが差別を否定しながら差別しているという考えの基礎にあるものは 1.特定のアジア人が反日的発言を繰り返すことは、過去の日本の蛮行を省みれば当然ゆるされる 2.ネトウヨが差別的発言を特定のアジア人に対して繰り返すことは、過去の日本の蛮行を省みればゆるされない であると思われ、結果的にネトウヨが差別的発言を繰り返すことは許されない、のであろう。
(指摘)
しかし、漫画のキャラクターの例でも指摘されたように、犯罪者の子孫は犯罪者ではない。また、このような漫画に共感する人々とは、犯罪者の子孫を犯罪者の如く扱う差別に対して憤っている人々である。
すると、過去の日本の蛮行が原因であったとしても反日的発言は当然許される=ネトウヨは受け入れることが当然、ではない。ネトウヨは、祖先の蛮行が原因であるものの、いわれの無い差別的発言に対して、報復しているのだと考えられる。
一方で、たとえ報復であったとしても、ネトウヨが差別的発言を繰り返す事は、差別なのであるとも考えられる。いわば自衛のためであるものの、それが許されるかどうかは、別問題であろう。
(相手が差別的発言だとは理解していないおそれがあるものの)差別的発言を受けるネトウヨが、報復として差別的発言を繰り返す事と、差別を否定する漫画に共感する事とは矛盾するのであろうか。
(結論)
差別を否定するからこそ、受けた差別を理不尽だと感じ、報復(差別)するのである。
差別を否定するからこそ、差別を克服する漫画に共感するのである。
矛盾していないと思う。
どうしてそのようなことがおこるのか。
さて、元増田はネトウヨの差別的発言の原因をアイデンティティの欠如を第一に挙げている。
差別的発言によって自己の尊厳が回復され、カタルシスを得ているのだ、と指摘している。
私はこれを恣意的だ、と感じた。
このような原因が無いとは言わないが、第一の原因ではないだろう。これが主因であるならば、ネトウヨは弱者でなければならないのではないだろうか。極端に言えば、ホームレス等といった者のような。
ネトウヨの差別的発言の主因はむしろ特定のアジア人達の主張の矛盾であると私は思う。
例えば韓国人であるならば、独島である。かれらは独島=于山島という。東も西も無いような地図を出し、人も住めないような岩礁の事を古書にある于山島であるという。一言で言うならばアホだ。いらつく。twitterでデマをばら撒くアホと同じだ。
ネトウヨについて僕が考えていることを書こうと思う。
この文章は割と長い。これはネトウヨに読んでもらうためにはあきらかにマイナスだ。
(1)長い文章が読めない→(2)見出しだけで内容を判断する→(3)的外れなコメントをする
ネトウヨの大部分は長い文章を読めない。
いや、正確には、長い文章を読めない者がネトウヨになる割合が多いのだ。
その理由は、この文章を最後まで読んでもらえばわかると思いたい。
では、なぜ僕は読まれないのに長い文章を書くのか。
それも、最後まで読んでもらえればわかると思う。
とりあえず、文章が長いというクレームは受け付けない。
最初に、「ネトウヨ」という呼称を使う理由について説明したい。
ここでは主に、ネット上にて
・反韓デモを扇動したり在日差別を行うやたらと排他主義的な人物
・自分は国にろくな貢献もしていないくせにやたら無根拠に自国を誇るエセ愛国者
といった人物を指してネトウヨとしている。また、これらの人物の特徴としては
・自分の主張を正当化させたり他人の正論を貶めるためには平気でデマを流す
・無知ゆえに存在しない陰謀と戦っており、自分のみが真実を得ていると思い込んでいる
などがある。
こういった人々は基本的にネトウヨと呼ばれるのを嫌う。なぜ嫌うのかはよくわからない。
もしかしたらバカにされていることに薄々感づいているのかもしれない。
でも、この文章の中ではネトウヨと呼ばせてもらう。
決してネトウヨを怒らせたいからでなく、ただ他の呼称で適当なものがみつからないからだ。
では、まず説明したいのは、ネトウヨがいかに情報に踊らされているかということだ。
ネトウヨは言う。「メディアは韓国や電通や民主党にコントロールされている」と。
まあ、当然だが現実にそんなことはない。
そういうことを言うバカがいて、ネトウヨは簡単にそいつらに踊らされる。
メディアについて、専門家が正しく解説している文章はネット上にいくらでもあるが、ネトウヨはそういう自分たちに都合の悪いものはまず読まない。
そして、家から出たこともないような引きこもりが想像で書いた落書きや、自称事情通の友人が書いた落書きだけを「真実だ」と信じ込む。
でも、残念だけど、陰謀論というのは無知な人間の間からしか発生しない。無知な人間の浅い想像とルサンチマンが、くだらない陰謀論を生む。
例えば、だれか国際金融のマーケットに立つ一流のトレーダーで、ロスチャイルド家が世界経済をコントロールしているなんて陰謀論を信じている奴が一人でもいるだろうか。
一方で、「少年ジャンプの印刷部数は集英社がコントロールしている」という事実は、集英社の社長に聞いても、大日本印刷の社長に聞いても間違いないだろう。
ある事象が陰謀論か事実なのかは、十分な知識をもった専門家がどのように考えているかを調べれば簡単にわかる。
もちろん、大勢の言うことがいつも正しいというわけではない。しかし、大勢の専門家が言うことは大抵の場合正しい。
これまでの歴史を振り返ってみて決して例外がないわけではないが、やはり大抵の場合は専門家の意見が正しい。
それを違うと思うなら、素人の想像のストーリーを鵜呑みにするのではなく、まずは自分の頭で考えることだ。
でも、大抵の人間はそれができない。ネトウヨになんてできるわけがない。
真実だと言い張る、嘘で耳になじみの良い、自分たちだけしか知らない(と思い込んだ)、バカみたいな情報に騙される。
だから、それなら専門家の言うことを信じていた方が無難だよとアドバイスしてやりたい。
専門家並みの知見を得られないのなら、専門家の言うことをだまって信じていればよいのだ。
では、話が戻ってメディアコントロールの話だが、これはありえないとメディア業界が長い僕が断言する。
そして、業界のまともな人間なら、みんながみんな、「特定の団体がメディアをコントロールするなんてありえない」と言うだろう。
でも、そんな現場ではだれもが知っていることが、噂話による想像でしか状況を思い描けないネトウヨには理解できないらしい。
仮の話だが、ここ5年、販売される同人誌をすべて分析してみた結果、登場するキャラクターの巨乳率が有意に大型化していることを発見したとしよう。
2006年は平均Cカップ弱程度だったのに、07年にはCカップ、09年にはDカップ、11年においては平均がなんとEカップものサイズになっていた。
この事実を、コミケのことを詳しく知らない人物が分析し、理由づけしたところ、
「婚期を逃した女性たちが結託して、ロリコンを撲滅し、豊満な肉体を持つ熟女の魅力を刷りこむために行っている、つまり犯人は2chの喪女だ(喪女犯人説)」
という結論に達したとする。
くだらないので例は書かないが、いくら反論されても論理的に説明できるだろう。
いざとなれば1番胸の大きい同人誌を書いている女性を連れて来たら、そんなものを書いている女性の多くは喪女だろうから、簡単に証明成功だ。
もちろん、その1番胸の大きい同人誌を書いているの女性が既婚なら、2番でも3番でもいい。
でも、そんな喪女犯人説がナンセンスなのはコミケに参加したことがある人ならだれでもわかるはずだ。
もしも同人誌の絵の胸が年々大きくなっているとすれば、それはそういう絵が流行りで、そういう絵が求められているからだ。
熟女の魅力を刷りこむなんて無駄な努力のために、全作家に巨乳を書くように頼んでまわるバカなんているわけがない。
仮に存在したとしても、作家がそんなことに協力するわけがない。この陰謀論はまったくもってバカらしい。
どうやって全メディアに偏った報道をするように頼んでまわれるというのだ。
もちろんネトウヨは可能だと言うだろう。だが、喪女犯人説だって同様に可能なのだ。
あらゆる可能性は存在するが、だからといってあらゆる真実が存在するわけではない。
喪女犯人説と同様に、現代日本でメディアコントロール説は明らかにナンセンスだと断言できる。
メディアが偏っていると憤慨しているやつは、コミケの話で言えば貧乳派だ。
だから文句を言いたいし、自分の周りはみんな貧乳派だから、巨乳派が多数だなんて認められない。
でも、コミケで年々胸が大きくなるのが流行りだったように、その報道の偏りも、いわばただの流行りなのだ。
「麻生が字を間違えたことばかりあんなに大きく報道したのに、民主党の○○はまったく報道されていない」
なんて言うやつがいるが、たんに麻生が字を間違えたことを多くの視聴者は見たがった。ただそれだけだ。
いや、見たくなかったなんて言うやつもいるかもしれないが、そういうやつこそ苦々しい顔をして繰り返し見ているものなのだ。
「私が見ていないから、みんなが見たくないはずだ」なんて思うのはばかげてる。
「私の周りはみんな見ていないから、ほとんどの人が見ていないはずだ」なんてのはナンセンスの極みだ。
ご存じのとおり、日本のメディアはそのほとんどが営利企業だ。最大多数の人が求めるものを最優先で提供するのだ。
日本のメディアがコントロールできるなら、確実に政府与党によってコントロールされているはずである。
可能ならば、以前なら自民党、今は民主党が自分たちの都合の良いようにコントロールしているはずである。
しかし現実では、今のテレビや新聞が民主党の悪口だらけなのは言うまでもない。
結局のところ、メディアが偏っていると騒ぐやつらは、自分たちの望むように偏らせたいと願うやつらなのだ。
自分たちが大切だと思うニュースを、大多数が見たいニュースより目立たせろと言うバカなのだ。
重要かどうかを決めるのはお前たちではないのだ。それぞれのメディアに専門家がいて、その責を持った者が決めるのだ。
「あのデモを取り上げなかった」「あの失言を取り上げなかった」
それを取り上げたとすれば、それこそが一般的には偏向報道なのだ。
それが、狭い世界にいて、自分だけがすべて、ネットにいる仲間たちだけがすべてだったら、理解することができないのだ。。
貧乳派が貧乳派だけで集まり、必然的に情報は偏り、制限される。
ネットの貧乳派のコミュニティを覗いて、貧乳派の声が圧倒的に大きいと感じる。
だから自分たちは正義だと思い、巨乳が増加するコミケを批判し、原因をねつ造する。
正確にはどっかのバカが想像で書いたフィクションを真実なのだと信じ込む。今やっているのはつまり、そういうことなのだ。
つまり、世の中の大多数にとって、そのデモはどうでもいいのだ。そのデモの記事なんて読みたくないのだ。
メディアの中の人間は、それがよくわかっているから、この結果になるのだ。
それが情報の制限されたネトウヨには理解できないからこそ、ネトウヨは真実にたどりつくことが決してないのだ。
と、ここまで勢いよく書いたが、上記に一点だけ付け加えたい。
メディアをコントロールできる唯一のものとして、そのメディア自身がある。つまり、「自社に直接関係する事件」はかなりの割合がなんらかの形でコントロールされる。
もちろん、自社に関係するといっても、報道媒体が「スポンサーが」なんて言うことは仕組み的にありえない。社員逮捕とか、自社の粉飾決算とか、そういう話だ。
しかし、それは民間企業として当たり前である。当事者性の観点からも、裁判が終わり事実が確定するまで自社では報道すべきではないともいえる。
そして、日本ではまったく別資本のメディアが無数にあるので、これを陰謀論の根拠とすることは不可能だ。
ちなみに、新聞社同士、テレビ局同士は仲間ではなくライバルだ。足を引っ張れるなら引っ張りたいとお互いに思いあっている関係だ。互いに擁護することなんてまずないだろう。
以上は蛇足だったとは思うが、僕は正直者なので念のため。
次に、なぜネトウヨはやたら無根拠に自国を誇るエセ愛国者なのかについて考察したい。
何かをなしとげたわけでもなく、だれかに認められた経験もない。
つまり、ネトウヨとは、自らのアイデンティティを確立することに失敗した人間たちではないかと僕は考えている。
そういった実績や経験は年を重ねて初めて身につけられることが多い。例えば、小学生で明らかな実績や経験を誇れる人間は一握りだろう。大多数の子どもは何ももっていない。
だからなのだ。
小学生から中学生の頃、親が社長だとか、親戚が芸能人だとか、自分が得たものではなく与えられたものについて、やたらと自慢する鼻つまみ者が存在したのは。
自分自身が何者でもないなら、自分自身以外から自分のアイデンティティを証明するものを持ってくるしかない。
もちろん、他所から持ってきた「自分が特別(他の人とは違う)だという証明」は、自分自身で積み重ねたものに劣る。
だから、ほとんどの人は年を重ねるにつれ、自分自身のアイデンティティを、自ら積み重ねたもので証明するようになる。
それは学校名だったり、職場名だったり、能力だったり、経験だったりするわけだ。
しかし、ネトウヨは何も持たない。正確には、何も持たないと自分で思っている者がネトウヨになりやすい。
ネトウヨは自分自身を卑下している。彼らにとって胸を張って他人に対して誇れる自分の「証明」が存在しないのだ。
そんなどうしようもない人物が、唯一手にすることができるのが「日本人」だということなのだ。
彼らはおそらくこう思っている。日本人は西洋人には劣るが、他のアジア人よりは優秀だと。西洋人には劣ると考えているため、西洋人に認められることをすごく喜ぶ。
親日的な西洋人のネタは2chのまとめブログでも人気の記事だ。一方で、アジア人(特に中国・韓国人)のことを見下しているため、アジア人に対してはまずバカにしてかかる。
しかし、残念ながら本来人種に優劣などないので、人口と土地の広い中国には必然的に抜かれそうになる。
その他新興国だって、遅れながらも成長をはじめ、先行した日本の地位を脅かし始める。
まあ社会が成長する過程において当然のことだし、まっとうな日本人なら、今の日本の発展を維持するか、今以上に成長させる方法を考える。
しかしネトウヨはそんなことは考えられない。そもそもそんなことを考える立場にもいない。それなのに、今のアジア人を見下す立場だけは死守したい。
それだけが自分の存在価値であり、人生において人を見下せる唯一の武器だからだ。
そうなると必然的にネトウヨはアジア人を叩く。とくに国際的な立場が日本に迫りつつある中国人と韓国人を叩く。自分たち自身を伸ばせないなら叩くしかない。
もちろんネトウヨがいくらわめいたところで現実は何も変わらない。でも、ネトウヨはそれしかできないからそうするしかない。
ネトウヨはアジア各国は劣っていると思いたい。日本はすばらしい優秀な国だと思いたい。
しかし、本当の愛国者は、自分の国が優秀だから愛するのではない。自分の生まれ育った国だから愛するのだ。
自分の国が優秀だから愛するのが愛国者なら、失敗国家に愛国者などいるはずがない。
愛国とは、親を愛する、子を愛するのと同じなのだ。ダメな親でも、ダメな子でも愛するように、愛国者は自分の国を愛するものなのだ。
親の悪口を言うことも、子の愚痴を言うことがあっても親子は愛し合うように、自分の国に対し批判的な意見を言っても愛国者だということは十分にありうるのだ。
ネトウヨはなぜ違うか。なぜ自分の国が優秀だと言い張り、日本の行動や歴史を批判する日本人がいれば必要以上に叩くのか。
それはネトウヨが日本を愛しているからではなく、ネトウヨにとって日本は自分のアイデンティティを証明するための道具にすぎないからだ。
道具の価値を下げられそうになれば抵抗する。それはネトウヨの気持ちになれば確かに理解できる行動だ。ただし、それが健全な行動だとは言い難い。そんなものが新の愛国者なはずがない。
どんな漫画でも映画でも小説でもなんでもよいのだが、今最も売れている漫画として、とりあえずワンピースを例にあげる。
ワンピースでは、主人公ルフィの血のつながらない兄として「エース」がいる。エースは大犯罪者の息子だ。そのために物心ついたころから差別されて育ってきた。生まれて来なければよかったと言われ、多くの人に憎まれた。
物語が進み、エースは白ひげという海賊に出会う。エースを憎むスクアードという海賊に白ひげは言う。
「親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ。エースがお前に何をした?仲良くやんな、みんなおれの家族だぜ」
で、ここで多くの人が感動したと思う。
ワンピースは差別問題を積極的に扱っている。その差別問題のエピソードで打ち出されるメッセージはいつも「差別はよくない」だ。
よく思い出してほしい。差別されていじめられる子が登場する物語を。いつもその物語から打ち出されるメッセージは「差別はよくない」だったはずだ。
まあ、「差別しようぜ」というメッセージはかなりとがった媒体でもないと表現できないという理由もある。
しかし、それ以上に「差別はよくない」というのが僕らのモラル、そして常識と合致するからだ。だから多くの人が感動するのだ。
差別された悲劇に涙し、差別に打ち勝った勇気に打ち震えるのだ。それなのにネトウヨはアジア人を差別する。
では、彼らはワンピースに感動しないのだろうか。
いや、そんなことはない。もちろんネトウヨも人の子だ。ワンピースはともかく、なんらかの差別問題を扱ったストーリーに感銘を覚えた経験はあるはずだ。
少なくとも、ネトウヨに差別を肯定的にとらえているほど積極的に思考している人間は少ないだろう。
差別はいけないことであり、差別を克服する物語に感動するのに、なぜ彼らはアジア人を差別するのかということだ。
まず、単純だが愚かな反論として、「差別ではなく劣っているから指摘しているだけだ」というのがある。
まあ、「それが差別だ」との一言でおわる反論だが、あえて詳しく説明しよう。
・エースは大犯罪者の血をひいているだけあり、かなりの暴れ者だった。
それでも親の罪を子に晴らすなんて滑稽だし、黒人を犯罪者予備軍扱いしてはならないし、女性が学びの道に進むことを阻害してはならないのだ。
なぜなら、人には人権があり、差別されず正当に生きる権利があるからだ。一部のアジア人が不正をおかしたからといって、「あんな国は亡びればいい」だとか「あいつらは劣等民族だ」なんて言うことは明らかに誤りである。
2chのネトウヨが跋扈しているスレッドでは、目を覆うような罵詈雑言が「すべての」中国人や韓国人に投げつけられている。
彼らはワンピースに感動し、差別はよくないとうなずきながら、その手は差別用語を打ち続けるのだ。どうしてそのようなことがおこるのか。
続く→
現地人に間違われることも何回かあり、
北京語で筆談しようとして漢字を書いた紙を見せても英語で返される。
街中に溢れる英語はcentreとか-iseとかイギリス式だった。
ちょっと落胆した。
同じような顔をした東アジア人、同じ漢字の知識を持つ漢字圏の人たちと、
来日アジア人学生とは日本語で話していたから気付かなかったけれども、
日本に照準を当てていない外国人とは、いかに文化的人種的に近い東アジア人であろうとも、
最近東南アジアに行ったときも、やはり現地人との会話には英語を使うしかなかった。
現地の言葉を話そうにも、「サワディー」「カムオン」ぐらいしか分らないんだから。
英語は分るのに、同じような顔をした人達の基本的な挨拶も知らないなんて!
自分を恥じた。
日露戦争の時は日本人と清国人と朝鮮人とベトナム人とは、知識人であれば会話は出来なくても漢文で意思疎通が出来たらしい。
安は日本人看守に処刑前に「為国献身軍人本分」と自書した遺墨を渡した。
今や朝鮮人もベトナム人も平均的な戦後生まれは漢字を理解しない。
もっとも千数百年前は当時の漢文が今の英語の立場にあったのかもしれない。
英語で世界が均質化されるということは、逆に言えば今まで交流の浅かった遠い国との距離が縮まる分、
隣国との距離が相対的に広がるということでもある。
追記:
文脈によってその指す範囲は異なりますが、本稿では、文面から、
「漢字や箸や仏教や儒教を伝統文化として擁する東アジアの国々」から「モンゴロイドを主要構成員とする東アジアの国々」
までを漠然と指している、ということを、感じ取れないでしょうか?
形式的には「中華人民共和国」という国連の基準では一つの国家の中に含まれていても、
ウイグルやカザフやキルギスやウズベクやチベットを「東アジア」に含んでいないことを、感覚的に理解できないでしょうか?
だから、そのほかの文化が滅びていくことが無念だ、というのがこの日記の主題なんですよ。
安重根の辞世の句、これは漢文だから魂が込められているのです。
同じ文句を英語で安が発言したとして、意味は通じるでしょうが、それはもはや魂のない「記号」でしかありません。
(漢文も土着の言葉を蹂躙して君臨してきた事実を差し引いてもです。)
今の韓国人は安の遺墨「為国献身軍人本文」「国家安危労心焦思」を読めません。
安の遺墨に込められた魂は漢字排斥により子孫たちから断絶されました。
私たちは、英語を汎用できる利便性と引き換えに、それぞれ固有の文化が持つ魂を失いつつあります。
英語以外の言葉を学ぶにせよ、世界中の言語全てを「平等に」習得するのは無理ですから、
何にせよ取捨選択はしなければいけませんよね。
国を愛するのはよいが、熱狂的なナショナリズムはたいていの場合ファシズムを伴うから嫌いだ。
自分たちを同じように愛し、同じようにやり、同じような反応をしなくてはいけないように言ってくるのが気持ち悪い。
そもそもからして、その地位に必要な共同体への義務さえ果たせば、そんなことを他人に強制されるいわれなどないはずなのに。
彼らはまるで、学校でヒステリックに叫んでいた女学級委員長のようだ。
なんでまた、学校時代のような度を逸した共同意識への強制を叫ばれなくちゃいけないのか。
なにより気にくわないのが、みんな一緒じゃなくちゃいけないという意識だ。
普段の時には、そっちから一緒になるのを拒否してはぶっておいて、そんなことを言い出す。
そちらから手を払っておきながら、手を繋いでない奴がいるとか言い出す喜色悪さ。
その話は置いておいても、最近のナショナリズムというのは、バカにする文化から来ているような気がしてしまう。
愛していると言うよりも、寄っかかっている。
だいたいからして、最近の日本人は中国人化、韓国人化が進んでいるように見える。
中国人や韓国人が帰化した日本人が増えたという事じゃなくて、日本人が三国人化してる。
ちょっと前までは中国韓国人しかやってなかったことを、カウンターとでも言うかのように、同じようなことをして返している。
将来を考えないただ叫ぶだけの浅薄な愛国心。薄っぺらい自尊心。
貧民のような守銭奴根性。村農民出のような強制する共同体主義。
昔は脱亜して入欧しようとしてたのに、わざわざアジア式に染まっていって、なんの得があるのか。
http://anond.hatelabo.jp/20110606225523
すごくよくわかる、気がする。勘違いかもしれないけど。そして周りの人がこれを理解出来ないこともわかる。
僕ははじめて女の子と付き合うのは遅かったけど、それまで何度か告白されたことはあって、そのどれも振ったけど、「僕とは釣り合わないよね」と言うのが最大の理由だった。釣り合わないってバカにしてるように見えるかもしれないけどそんなかっこいいもんじゃない。その人とお付き合いして二人で歩いてる時に、周りの人から見て釣り合ってるカップルだなあと思われるかどうか、が重要。バカにしてたっていうよりむしろビクビクしてた感じ。ほんとに、好きか嫌いかじゃなく釣り合っているかどうかが第一で絶対重要なことだった。それで、この人の言うことはすごくよくわかる。そしてそのような女の子たちに僕が思った感情は、「ごめんなさい」だった。本当に。嘲笑とかまったくない。バカにしてもいない。キモイとも思わなかったのはこの人とは違うのかもしんない。でも、周りの人はこれを読むと、それは本質的には嘲笑しているんだとか言うんじゃないかと思う。それは理解できる。でも本当にそういう気持ちじゃなかったと言うしかない。
他の人が釣り合わない恋愛をしようというとき、この人はすごい憎しみを感じるのに対して、ぼくはそういうふうに動くことができるのはうらやましいと思うので、そこはちょっと違うけど、本質的な違いじゃないと思う。本質的に違う人は、そもそも釣り合わないとかなに?って人。これが気になる人はみんなそれなりに似たところあるでしょ。
今僕は結果的にすごい美人さん(と我思う)と付き合っているけど、いまだに釣り合いの悪い自分が横にいることが時に耐えられなくなる。多分この人みたいな人は「釣り合わねー」と思うんじゃないかな。・・・というふうに思う。そんなふうにして自分が自信を失っているとき、彼女は不機嫌になっていることもわかる。女性はやっぱ自分に自信を持った男性が好きだと思うので。という僕も、彼氏彼女関係ではなく仕事をしているときには自信満々であるっぽく、そういうところを好きになってくれたのだろうと理解しようと努力する。そうするともやもやは少し解消する。釣り合いが取れてない?いや、そんなに釣り合いが取れてないと向こうが思ってるなら向こうも付きあおうとしないだろうし。もしかすると僕のことをものすごく勘違いしているのかもしれない。そして、本当に釣り合いが取れてないことが向こうに判明したなら、向こうから別れを切りだしてくるはず。気楽にいこう。というのが今の気持ち。と言ってもこの段の冒頭にいつも逆戻りしてる。そのたびに彼女は不機嫌になる。
これまでの彼女は自分的には自分と釣り合い取れた彼女で、精神的ストレスもほとんどなかった。今の彼女に釣り合いストレスを感じるけど、同時に、釣り合い思考からだんだん脱して行ってるようにも思う。それをさせたのは努力。それしかないや。
こんなような僕の感情の動きの中に、彼女を愛してるって気持ちはどれだけあるんだろう。自分でもときに自問する。いや愛してると思うんだけど。結局、相変わらず釣り合ってるかどうかが一番優先されているのかも?そうなのかも。みんな簡単にブコメつけてるけどね、釣り合い重視の人が人を愛して周囲を一切気にしないで誰かを愛せるようになるって言うのは、高校時代ひきこもりのキモオタが大学デビューして合コン三昧のリア充になっちゃうくらいの確率でしかないのじゃないかと思う。適当だけど、つまりすごく難しいってこと。
結局こういう気持ちがどうして起こるかというのは、日本社会の同調圧力のもとで、自分で自分にプレッシャーをかける日本人の体質的なものだろうし、それはいくつかある冷静なブコメが指摘してること。過剰な労働も、自殺も、無能なトップも、みーんなこれが原因だ(そして現代の日本社会を生み出した、世界一優秀な中産階級も)。日本社会同調圧力のもとで、いろんな環境が作用して、それぞれの方向に行くんだと思う。それは日本社会の根本的な問題なので、それに対する解決策があるんなら苦労しない。日本は今みたいに停滞してないと思う。
それでも彼女は救いを求めてるようなので、自分がもしあなたと似たような人間だとして、経験上いちばん有効なのは海外に行くことだ!マジこれしかない。だって原因は日本社会なんだもん。特に西欧文化圏は本当にオープンで、ていうか、オープンであろうと努力してる人間社会なんだ。だいたい白人とアジア人のカップルなんて釣り合うと思うかね。誰も思わねーよ。でもね、そもそも、「釣り合い」なんていう概念がない、なくそうとしてる社会だったら・・・もちろんゼロではない。でも超金持ちさんザッカーバーグの彼女が中国人だったりとかそういうこともある。語学はまずつけてから行ってね。あと人種差別にはめげないように。しょうがねっす。強く生きてる華僑とか見ると少し勇気づけられる。日本みたいに、そもそも生活レベルが欧米より上(これはマジです)っていうことすらないのにね。
そしてまた、海外に行くと、日本社会のそれはそれは素晴らしい特質もすごくよくみえてくると思う。それで、海外で釣り合い意識から脱したら日本に帰ってもいいんじゃね。それか、超気に入ったんならそのまま海外に住んでもいいんじゃね。自由に行こうよ。もちろん苦労も多いだろうけど、こんなふうに自由にできる時代なんて、人間の長い歴史の中でそんなにないんだぜ。太平洋戦争前にアメリカに移住してた僕らのご先祖さまは、強制収容所にぶちこまれたんだぜ。それに比べたらどんだけ楽なことか。
あと病院行けって言ってる人はなーんもわかってね。社会や人生をあまり知らない人っぽいや。こんな人山ほどいるべよ。統失と躁鬱と小児精神病以外は、精神科なんて本人が行きたきゃ行けばいいし行きたくなきゃ行かなきゃいいさ、病院なんて(ボケはまず神経内科行け)。行きたくてたまらない人はもちろん効果ある。でも行きたくてたまらない様になっている時点で精神的にはかなり参ってる。この増田はそんなんじゃないよ、多分。
おまえの自慢話は「眼鏡かけてカメラ持ってる出っ歯のアジア人がいたから日本人だと思ったらやっぱりそうだった」というレベルでしかないんだよ。
それはファッションや行動様式でしょ?
それまで含めていいなら俺はもっとわかるよ。
これでも最近かなり似てきつつあるけど。
生身の顔つきだけの話をしてるの。
だから生活文化が日本人とほぼ同じである在日の例を挙げてるの。
1まで戻って説明さすな馬鹿。
それで全ての日本人が区別できると思うの?
始まったよw
0.「日中韓の顔って見分けつくのかな」
1・俺「韓国人は大体分かるよ」
2・馬鹿クン「そんなの分かるわけが無い!キーッ」と絡んでくる
3・俺「たとえば現にこれこれこのように当ててきたよ、思い込みじゃないよ」ときっちり説明
立場が苦しくなると
相手の発言に「絶対」とか「全て」とかを勝手に加えて否定するという
結局、金本くらい分かりやすくないと区別できない程度の話なんでしょ?
つまり「韓国人ガオ」という一種のステレオタイプがあることを認めたわけだ。
俺が言ってるのはその話。
「日本人ガオ」「中国人ガオ」というべきステレオタイプは俺には思いつかないけど
何故か韓国人には「韓国人ガオ」というべきパターンが見受けられて、
別個の韓国人、別の顔した韓国人でもなんとも言えないパターンを感じる。
この感じはさっきも言ったとおりアサリの判別に似てるが。
以上のことに、何か遺伝子分布とか生物学的な理由があるとしても俺はそれは知らんし興味も無いけどね。
日中と韓の区別がつくってだけの話で
馬鹿クンが何故これほど感情的にしつっこく食って掛かるのかわからん。
だから判断できるって言ってるじゃん。
オウムかお前は。
ずらっと並んで、判断難しいのは1ページごとに1人か2人ぐらいって感じ。
でもお前は納得しないんだろ?
より具体的な過去の実例の話をしてあげても嘘だ嘘だしか言わないんだから。
いみねえじゃん。