はてなキーワード: 自己分析とは
いろいろ厳しい判断を自分にしているみたいですね。
あえて厳しく言いますが、仮にあなたが本当にダメな人なら、
でも安心してください。人の下す判断に正しいものなんてない
思います。ご自分で厳密に考えてみてください。
たとえば、この世で一番美味しいラーメンは何かと判断しよう
とすれば、事実として確定できるような答えはないでしょう?
なぜなら、人によって好みがありますから。
厳密な市場調査をしたところで、人の好みは一瞬一瞬変わります。
ください。
私の価値判断を述べることはいくらでもできますが、それも
ある他人の価値観ですから、自力であらゆることに疑問を持ち
ながらチャレンジしてみてください。
本当に間違えのない確実な価値判断を探して見てください。
これらのことは私がテーラワーダ仏教をかじって得たヒントです。
参考になればと思います。
俺は自分でいうのも気持ち悪いけど男より女とつるむ機会の方が多い人だ。
もちろん恋愛に発展するような話とか行為もしてません。
それで、俺が言いたいのは対策とかしてもいつかは元に戻るよってこと。
いくらトレーニングして女性の気を引くテクニックを習得したとしてもだ、気が緩むくらい親しくなった時にその身の上話をする自は出てきちゃうものだから変に構えない方がいい。
対等な関係でデートする子もいれば、相談所のごとく悩み事を相談してくる子もいる訳だが、女性は話しをただ聞いてほしかったり、それが恋の悩みなら後押ししてほしいようなもんがほとんどなのは知ってるよね。
で、俺はというと無意識に接してるから自が出まくりで、よく言われる事は「冷たい」「怖い」「早く返答しないと怒られそう」とかまあ所謂嫌われる男の典型的なパターンに入ると思うんだけど、中途半端に優しい男よりもズカズカ言って欲しいMっ気のある女には好かれるもんなんだ。
一応相談は真剣に聞くし、「二股してたんだからその事今の彼氏に言わないとお前最低の極みだぞ」とか、「今の君じゃ会社が採る訳無いから自己分析し直してこい」とか正直思った事を話す。こういうのが本当の理解者で本当の優しさなんだと思ってる(勘違いしてる)女もたくさんいるから彼女作るために自分を作るのはやめましょー。
たとえば、エフェクトが毎度派手で見るものがあるとか、
だったが劇場版では同じ演出だがある部分が変更されて主題がまるで別のものになったとか。
アスカとレイが好きで、今回はきれいなレイの乳首が拝めるらしいとか。
http://anond.hatelabo.jp/20090705224332
みたいに、技術的な興味だ、とか。
書いててだんだんなんとなく自己分析してて思ったんだが、俺はガイナックスまたは庵野に
シトシンセイで裏切られたと思っているようだ。
高校時代、雨の中徹夜で並んでまで見に行った映画で、TVでの消化不良を解消してくれると期待した結果がアレかよ!
みたいな。
俺を裏切ったあいつをみんななんで好きなの?って聞いてるんだろうな。
書いてあることからはある程度の自己分析(客観?)みたいなのも
感じられるし、まだまだ大丈夫な気がするな。
で、そういう気質の持ち主ってのは、ストレスや置かれた環境、状況に
よっては鬱病になりやすい。
ていうか2行目はまさにそうで、だからこそ「自己分析(客観?)みたいなの」はむしろ絶対タブーなんだと思う。
その「客観」をやめるだけで、どれだけ楽になるかと思うよ。
それは癖というより気質という風に表したほうがいいんじゃないか?
書いてあることからはある程度の自己分析(客観?)みたいなのも
感じられるし、まだまだ大丈夫な気がするな。
で、そういう気質の持ち主ってのは、ストレスや置かれた環境、状況に
よっては鬱病になりやすい。たとえば、不幸な出来事が二つ三つ重なるとか。
なので、今でもまあ、しんどいのかも知れないけど、自分にはそういう部分
があって、辛いことが重なれば壊れる可能性があるということを意識した上で
生きればいいと思うよ。完璧主義的な考え方の人って困難なときに逃げる
のを嫌う傾向にあるけど、増田の場合さっさと逃げ出したほうが自分が壊れず
に済むと思う。
んで、「これが解消されるなら」ってのはたぶんないかと。もともと持ってる
気質だしな。それで「眠れない」とか「イライラする」とか「不安になる」とか
そういう症状があるのなら黄信号なので、神経科、心療内科に行くのを
お勧めする。そういう症状は薬で緩和されるからその間に精神的な体力(?)
みたいなのを取り戻せるし。
なえる。どうしても萎える。
考え込んだら駄目だと思うんだけど、クヨクヨ考えてしまう。
仕事が出来る人の特徴
仕事が出来ない人の特徴
なんとなく、列挙してみた。
俺は仕事が出来る人になりたい。
成りたい。なりたいと思っている時間を考えてるならば何かした方が良いと思うんだ。
けれど、机の上で「ウンウン・・・」考えてる。
バイタリティーあふれて、もっと自信を持って、ガンガン突き進みたい。
そして、恋愛や結婚をしないと、どうしてこんなに惨めな気分にさせられるのだろう?
なんかものすごくペテンにかけられている気がして仕方がない。
とってもよくわかる。
俺も彼女を作ろうというアクションをしなかったまま20代後半になっている。
アクションをしなかったのは結局、そういうことへの憧れや欲求が薄かったんだが、
それをよくわかっていて自己分析も出来ているのに元増田と同じような気分になったことがある。
自分がそれに参加させて貰えなかったような。
俺のような人種にあまりそういう嫌な気分や惨めな気分を押し付けて煽っても
「女に相手してもらえなかったからだ」とか変なミソジニストになるだけだと思う。
あなたの様な人にこそボクの性嗜好を聞いてほしくて筆を取りました
(あ、最近性的嗜好を「性癖」って言うのが多数派ですけどあの誤用気持ち悪くてしょうがない)
下品な話をして申し訳ありませんが、自慰行為のオカズは9割が二次元です
ボクは二次元の女の子好きなオタクの中でも理解されにくい嗜好をしています
いわゆる二次グロというやつであり、女の子が色々と酷いことになっている絵が好きなのです。
四肢が切除された女の子の身体と性交し精液を注ぎ込むと言うものです。
同好の士というのはなんにでもいるもので、この嗜好の図案などを収集し
ちなみに自己分析の結果を述べますと、これらの嗜好は女性恐怖と性交の自信のなさに由来していて、
「絶対に自分を馬鹿にしたり拒絶したりしない女性に甘えたい」という願望だと思っています
こんなボクですが、高校生のときに氏賀Y太の同人誌を偶然見た時は
激しい吐き気と猛烈な怒りに駆られたのを今でもよく覚えています。
本気で、「もし今目の前に作者が居たら、社会や人類の尊厳のために断固成敗する!」と感じました。
今はY太は非常にぬるく、素人向けの受け狙いだと感じています。
ボクは20ぐらいまで全くノーマルな性欲の二次コンでした
ネット上で少しグロい二次元ポルノを見かけて「無理してこれで自慰をしてみよう」と挑戦し
それをやっているうちに今の状態まで開発されてきました。
つまり何が言いたいのかというと、あなたの今の状態というのは
突然暇になったので、所感でも書いてみたいと思う。
↓
説明会
↓
↓
こんな流れのようだ。
僕は情報系ということもあって、初めからIT業界を志望していた。だから業界研究はせず企業研究だけ行った。
自己分析も特にやらなかった。だってESにしろ面接にしろ尋ねられたことに素直に(ちょっとした脚色は必要かもしれないけど)答えればいいだけだから。
ちなみに僕はサークルも部活もしていないので、アルバイトと学業のことしか話題にできなった。この二つだけでも十分だと思う。
ものの本によると就職活動は3年生の夏ごろから始まるらしい。いろんな企業さんがインターンシップを実施しているからだ。
僕もインターンシップに参加するかと思い立ち、申し込んだ。だが、途中で面倒になって投げ出した。なぜかと訊かれても本当に面倒だったからとしか言えない。
芽生えかけていた就職活動へのやる気は霧散して、僕が就職活動を再開するのは11月頃だった。
メーラーを見るとリクナビ2010に登録したのは2008年の11月6日。6月にサイトがオープンしていることを考えると、だいぶ登録するのは遅かったのかもしれない。
それから説明会に参加し始めた。
有力なIT系企業は東京に集中している。僕は地方に住んでいるので、説明会に参加する度に上京することになった。交通費・宿泊費・食費は合計で10万を軽く超えたと思う。
志望している企業は3~5社あった。そこの説明会に参加するときの空いた時間によさげな企業の説明会を突っ込んで、合計で20社ぐらいの説明会に参加した。
筆記試験の対策は1月ごろから始めた。参考書を買ったり借りたりして問題数をこなした。
僕が実際に受けたのはSPI,テストセンター,CAB,Web-CABの四種類だけだった。
テストセンターが一番簡単(使い回しもできる)で、Web-CABが一番難しかったと思う。とあるデー子で結果を教えてもらったのだが、6~7割ぐらいしか正解していなかった。だけど、それぐらい取れていれば十分だとも言われた。
これは上でも書いたように素直に自分の意見を相手に伝えただけ。少しかっこつけたりはしたけれど、捏造はしなかった。
自分のやり方が絶対に正しいとは思わないけれど、面接官に好かれようとする受け答えよりも、正直なほうがぼろが出ないんじゃないかと思う。
そして面接が何回か行われて、最終面接を通過したら内々定が出る。
内々定がでると就職活動が終わる。僕の場合はGW直前に本命の最終面接があり、GW明けに内々定がもらえた。
中々良い感じで就職活動ができたんじゃないだろうか。
すごい人はもっとすごいけど、駄目な人と比べたらこれで上出来だと思う。
事業内容・福利厚生・労働環境あたりはきちんと調べたほうがいいと思う。個人的には月200時間残業するのが当たり前なところには行きたくないし、興味の持てない仕事もしたくない。
それと何事も早め早めが大事。
面接も筆記も早めに取り組んでおけば気持に余裕が持てるんじゃないかな。
最後に面接で一番大事だと思うことを書いておく。
それは、運。
自分以上に面接対策に努力してきた知人がいるけれど、面接で落ちまくっている。
知人が僕より劣っているとは思えない。むしろ入退室のマナーや滑らかな受け答えを見ると、僕より数段すぐれている。
彼と僕の間に差があるとしたら・・・それは運なんじゃないかな。
人生つーかプライベートつーかでのホームをいつのまにか失ってしまった。物質的な「家」のことじゃない。帰るべきところ。無防備になってもいいところ。大概のことは受け入れてもらえて、大概のことを受け入れたいところ。ホームグランド。
私は人間不信だ。何故だかたくさんの人が私をかわいがってくれて、嬉しいからへらへらとしているのだけれど、根っこの部分では「どーせあんたらも私を捨ててくんだろ!!」っていうわけのわからない諦念と怒りに支配されている。いやもうお互いいい歳なわけで、それぞれの生活や信条や立場があるのはわかっている。でもなんつうの、背中を預けて戦いあえる仲っつーの? 確か前はこの手に持たせてもらってた自信があったんだよ。
少し前までは、とんでもなく困った時に泣きつける場所をひとつ与えられていた。深夜に突然電話しても、「寝てない、横になってただけ」と話を聴いてくれる人。ずっと甘えてきたけれど、自分に彼氏ができたのをきっかけに無意識にけじめをつけてしまった。彼女がいる彼に甘え続けてきた私がおかしかったのだ、と、強く思ったらしく、自分がまた独り身になった今でも何故か、連絡を取れずにいる。
一瞬付き合った彼氏つーか元彼は、友達期間がえらい長かったので、この人なら大丈夫だ、と思った。が、無防備になった途端に、セックスだけ求められてたことがはっきりして、腹が立って別れた。あなたを知りたい、私を知ってほしいと求めても無視された。それでますます人間不信になった。私を見て!って強烈に主張する大人はうざい。それをやっていいのは子どもだけだ。それは知ってる。彼氏彼女って関係では少しくらい、それを主張してもいいんじゃないかと思ったんだけどなあ。
友達がいないわけじゃない。十年来の仲の子もいる。けれどもみんな、「私のことより自分のことがんばれ」な状況が多くて、気を遣ってしまって頼れない。大親友とお互いに称するかわいいあの子は子育て真っ最中だ。そうでなくともなんだか私は、彼女にはどす黒いことは話せずにきた。彼女は本当に素敵な女の子で、一緒にいるとまぶしくて、自分のいいとこだけ見せたくなっちゃうんだ。聖域のように扱ってきた。
ほとんどの人が最後の砦として持ってる、実家はどうだ。残念ながら私の実家は地獄だ。つーかそもそも人間不信の発端は、実家でのというか母との暮らしにある。私が幼い頃から、母と、ご利用が計画的に出来ない父は言い争いを続けてきた。父と私と妹だけが食卓につき、母が台所で食事を取る・二人の伝言役を仰せつかるっていう冷戦状態と、かりそめの団らんが交互に続いた。寝て起きたら冷戦だったり、学校から帰ったら団らんに変わってたりするわけです。団らんになるたび、今度はいつまでも続いてくれないかなーと祈る日々。狂ってたと思う。今でも思い出すと過呼吸寸前になる。母子家庭になってからも父の話題は私の中でタブーになっていて、気安く持ち出しては「おまえの父の借金なんだからおまえが返せ」といびってくる母とは、そろそろ別居しようと思っている。妹ばかりかわいがり、私をなじるのにもうんざりしている。こんな家庭なのに学費バカ高い大学に行かせてくれたとか、いろんなことに愛情は感じているけれど。記憶はしみついて消えない。
そういう毎日の結果、自分でなんでもしなくちゃ!と思った私は、一人で生きてけそうな女に育ちました。なんでもしなきゃ!と思ってるから、人を信じられない。末永く幸せに暮らしましたなんて家庭はどこにもないと思ってる反面、ものすごく憧れが強くて、それが重たがられて誰かと付き合ってもすぐ別れてしまう。全面的によりかかっていいはずの時期に両親がエゴ全開だったから、未だに甘えたい部分が強く残っている。
と、自分を分析しているけれど、「二十代半ばで性格を親のせいにするとかpgr」とも思っている。こうなってしまったことについて親を責めようとかは思ってないけれど。だって母だってメンヘラ気質なんだもの。責任とれや!とか言ったって泥沼になるだけ。つーかもっと子どもなころにぶち切れたことあったけど、逆ギレされて終わったんだよなあ。「人間はみんなさみしいの!」「自分の思い通りになると思うんじゃねえ!」と、年端もいかないのに罵られたことは忘れません。まあね、母も余裕がなかったんだよ借金問題で。
この先ももう、全てを預かりたいと思う人は現れても、私の全てを預けていい人なんて現れやしないだろう。だから内側に残っちゃってる小さい自分は、自分で育ててやらなきゃならんと思っている。少しだけ頼るっていうさじ加減も、覚えていけばいいんだと思う。何故だかいろんな人が私を頼る。それに応えることで、自分を認めてやればいいんだと思う。
何年もそうやって努力してきたけど、やっぱさみしい。傷つきたくないから自分で人を遠ざけて、その結果の強烈な孤独だということもわかっている。でもさみしい。守られたかった。頼りたかった。ここに戻ればおおむね大丈夫って場所が欲しい。ホームが欲しい。
孤独感が高じて、一日の三分の一くらい死ぬことを考えている今日この頃。素人自己分析の結果を話して、どう変わっていけばいいのかカウンセリングに行こうと思っている。もう限界や。甘ったれさ、ああ甘ったれなのさ。ふつーに育った人はこういう気持ちをどこにやっているの。
なんか文章ぐちゃぐちゃだな。明け方の増田だから許して。
この日記は
2.自分の他者に対する考え
3.現ジャンルのファン層を見て思うこと
4.結論と質問
で、構成しております。すみません長いです。
自分は寂しがり屋です。
だから誰かが見ているという意識がないとブログを書くことができません。
1.自分の感情を吐き出せる
2.将来的に自己分析の源になる
自分は頭が良くないので、思い悩むと一つのことをひたすら考えてしまう。そういうときにアウトプットをすると、今の現状ラインが見えてきて、思考をひと段落させることができる。するとその次の段階を考えることができる。だからブログは貴重な場だと思っている。
運がよければ優しめなコメントがもらえる。でも別に毎回欲しいわけじゃないから、ブログは常にはてなとかミクシとかである必要はない。
自分が何を考え、何を喜び、何を嫌い、他者と何をし、その成果はどうだったか。
それらを考えることによって、自分意思や信念を客観的に理解できる。次同じようなことがおこったときは昔の自分はこう判断したが~から入れるから、時間的にも心情的にも楽。
また、他者とのかかわりを書くことによって、他者が自分を評価していたり、逆に評価しなかったりするポイントが見えてくる
そして1の利点から感情を吐き出していたのです。
ですから普通の人は本音と建前を日常で分けるのでしょうが、自分はわけていません。
そんなことをしては今の現状の把握ができなくなるし、今までは友人もそういう子だからと許容してくれていたからです。
そして今、サイトを作っています。
サイト管理人の日記は自分的にかなり好きなコンテンツなので、普通に作って、そのままそのブログにリンクをはろうとおもっていましたが、ふとそれでいいのかと考えたのでこの日記を書きました。
普通まず考えるのは、自分がその考えを第三者に知られて困るのかということですね。
自分としてはそんなにこまらない。間違えることは嫌だけれど恥ずかしくはないからです。
じゃぁ何が問題なの?っていうと
自分の言葉を信じてしまう第三者がでるかもしれないことが問題なのです。
自分は二次のサイトを運営しようと思っているわけですが、そのサイトにはジャンル的にみても当然中学高校生の訪問が多くなるのが見込まれています。
そんな感情豊かな時期の彼らに、自分のむき出しの感情が触れてしまうのです。
ぶっちゃけ自分は模範的で常識的で一般的な人の考えはもっていません。
成績がいいとか、大企業に就職しているとか、金持ちであるとか、いい彼氏彼女と付き合うとか、高学歴があるとか、ニートじゃないだとか、30超えて負け犬にならなかったとか、人生を生きていくうえで個人に付与できるアビリティはいろいろあるけど、そんなんどーでもいいとおもっています。
自分の人生における目標を楽しんで達成できたらそれでいいじゃん?
まぁ、上記アビリティがあったほうが楽しいし、世間様は色眼鏡で見てくれるので、あったほうがいいとは思うのですが、心の中では無理するくらいならやんなくていいんじゃね?バレない程度に手抜けばいいんじゃね?っておもってる
それが悪だ!といわれても、別に自分にはそういう自分でも許してくれる心の優しいできた友達がたくさんいるので、第三者からどうみられようがかまわないです。
でもまぁ、こういう考え方を一般的なご家庭が望んでいるかというと、そうでもないよね
特に小中高までの学生には素直に育って、真面目に勉強をして欲しいと思う親が大半だと思う。
だってあの時代に積み重ねることのできるものって、能力的にも人間関係的にもかけがえのないものだからさ。
自分が親でもこの時代だけは、人の裏の顔とか、できないことをできないで許容する根性だとか、自分が生きているだけで他者を傷つける人間であるとか知って欲しくない。
別に知ってもいいけど、それはあくまで人から促されるものでなく、自分の感情や考えであって欲しい。
理想に燃えて欲しい。自分はできる人間であると、望まれて生きている人間だと、無意識に心のそこから思っていて欲しい、のですよ。
でもね、子供って大人が思っている以上に大人だってことも理解している。
だって保育園児だってちゃんと話せば理解する。それより年代が上の彼らが頭が悪いわけがない。
論理ができてないって思うのは大人だけで、彼らは彼らの論理で生きている。
だから本当に考えて出した答えなら間違いであるはずがないのです。
でも面倒だからか、考える喜びを知らないかは知らないが、他人に追従する考えを持つ子が多いのも確かだなぁとは思っています。
今のジャンルは特にそんな感じがするんだけど、某動画サイトでそのジャンルの人気動画のコメとか見てると
うp主マンセー、うp主の発言がすべてです、うp主と友達になりたいとか・・・
一介のファンの人ももちろんいると思うんだけど、中にはシンパ的な発言をしている人もいて、
第三者って時は笑ってたけど、実際にその情報発信者になろうとしてる今はマジ怖ぇぇぇー!(泣)
あ、↑の発言が全てシンパとは言わないよ。普通にいってる方もいるんだろう。
でも、あげたらジャンルばれるからいわないけど、動画特有コメとかみてると怖いよ。マジで。
ファンとシンパって特に結構ライン曖昧だしさ・・・。最初はそうでなくても何度も見てるとすりこみってのもあるしさ。
って書くと自分のサイトに自信があるかのように見えるけど、実はそうでもないのです。
客観的に見て自分の力がほか大勢の方に劣っているのは目に見えています。
もちろん多くの人に見てもらいたいって気持ちはあるけど、ファン層としてはあなたの作品がとても好き!って人が一人か二人いればそれで十分だと思ってるし、それを獲得するために日々努力したいと思ってる。趣味とはいえ評価されればやっぱりうれしいしね。
なんでこんな個人ブログ見てんの?え。管理人さんの考えや感覚が好きだからだよ!とかさ・・・。
なんだか迷走してしまってごめんなさい。でも今の感情を全部書かないと、自分も第三者もわからないこともあるかなと思って書きました。
あと、上ではファンとかシンパとかこえええとか言ってましたが、実際にそんな人ができたら、何億人といる世界の中で、こんなテキトーなサイトにきてくれて、こんなちっぽけな自分を好きになってくれたら、それはとてもありがたいことだとおもっています。ほんと。
個人的な今のところの結論は
・投稿する前にもう一度見直し、人を傷つけたり、負の感情を促したりする言葉がないか確認する
・発言に責任を持つ(一度投稿した記事は訂正はしても削除はしない)
・どうしても負の感情を書きたくなったらこういうところでさらす。(はてなは議論するブログだから、見てもいいか悪いかはわかってくれるだろ)
です。
でもほかの人の視点も知りたいので質問です。
もしもあなたがサイトの管理人で小中高生が見る可能性のあるブログを運営するとすればあなたならどうしますか?
または現在どのように運営していますか?
つたない文章をここまでよんでいただき本当にありがとうございました!
ゲームが作りたい。
着ている服のポケットにライターが入っていたことをふと思い出して、それを取り出してとりあえず火を点けてみたように、ほんの小さな、しかし確かな、そういう情熱が出てきた。
そんな風に思ったのは、かつて自分がゲーム好きであったからだろう。ゲーム好きが高じてゲームクリエイターを志望した人は、ゲーム開発者の7割がたであると推測している。
でも、(プロの)ゲーム開発者になって、一体どんなゲームを作りたいの?というと、答えが上手く出せない。
「自分はこんなゲームをやりたいんだ!」と形にする、自分の中にある世界を表現する道具としてのゲーム、そういうのは売ることを考えずに同人で作るのが主流になっているようだけど、それは何か違う。好きなゲーム・ジャンルは確かに持っているけど、自分は受け手として満足をしてしまうほうなので、それにインスパイアされて似たようなゲームでアウトプットをするなら、他人には素直に自分の好きなゲームを紹介したほうがいいように思える。そっちのほうが完成度が高い。ただのゲームマニアに本当に面白いゲームは作れないというのが持論で、自分も一介のただのゲームマニアに過ぎない。
(個人的には、ゲームの企画書にシステムそっちのけて世界観やストーリーをびっしり書くという輩が未だにいるという話が信じられないのだが、これはFFやDQその他RPGに影響されたからなのだろうか)
ここ最近、任天堂が推進している「新しい遊びを作る」という運動には共感しているのだけど、自分はそこに一助などできそうにない。「体重を量るだけで楽しい」「楽器の演奏は難しいから簡単にできるようにしよう」「パラパラ漫画をみんなに紹介できる場を作ろう」という発想は自分の頭のどこをひねり出しても出てきそうには無い。一時期はファミリーベーシックみたいな感じで「専用のプログラム言語でキャラを動かして寸劇みたいなのが出来たらクリエイティブで面白いのではないか」とか考えてたけど、具体性は出せなかったし、夢物語だろう。
プログラマ、デザイナー、音楽など、専用のスキルは全く持っていないし素養もない。企画力もないように思う。あるのは半端なゲームの知識だけ。
(最近だとアンサイクロペディア、昔からも言われている話だけど「ゲームの専門学校生はレベルが低い」、どうなのだろうか)
プロデューサーというのだろうか、商品としてゲームを売り込みたいのでもない。企画の失敗、スケジュールの問題、商売という制約によって仕方なくクソゲーを作ってしまうことにも恐怖を覚える。
こんな感じでゲームを作りたいという割にはゲームで何をしたいのか今ひとつ解せてない。自分は子供の頃に「ゲームプログラマになりたい」とホザいていたけれど、結局プログラムに手を出すことはなかったし、自己分析をしてみて、ゲームを作る能力には欠けた適性ある人材ではないように思う。
ゲーム販売店に並べられたソフト、ゲーセンに並べられた大型筐体やビデオゲーム・・・そのラインナップに自分は何か貢献できないだろうか。昔ほどゲームが好きでもなくなったけれど、今はそう思っている。
ゲームを作るためには、具体的に何をすればいいのだろう?
就職活動なんて、始まったときには勝負は決まってるんだけど、大概の学生は就職活動から努力し始めるから圧倒的に遅いんだよな。
それまで遊んでいたツケは返せない。
自己分析なんて小手先の化粧みたいな技術だし、大学に入学した段階で3年後を見越して動いたヤツなら、希望のところにはどこか入れるもんだ。
人格的に問題のある人は除く。
自己分析、してますか?
最近は、他己分析なんてもあるみたいね。
さて、自己分析するときの注意点です。
自己分析とは「自分探し」ではなく、「今の自分を見つめる」こと。
本当の自分はどこにでもなく、いまここに居る。
いまどんなに悔やんでも、卒業する大学名は変えらないし、1年以上継続したバイトの経験も積めません。
何をしてきたのか真摯に見つめ直して、自分が何を残してきたのか、何を得たのか、何を失ったのかを確認するのが自己分析。
(何をしたいのか、どこに行きたいのか、何が向いているのかを確認するのは、自己分析ではありません)
「まだできないけどきっとおぼえます」なら、
これは無宗教と答えると混乱されるからとかその手の話じゃなくて?
他人とまともに語ろうと思うなら2行目の書き方はちょっと変えた方がいいと思うな。
現在就職活動中。必須ではないけれど使ってみたら便利だったものをつらつらと
いわずと知れているけど一応。就活ではWebメールでないとやはり不便。
いわゆるパスワード管理ソフト。Firefoxでも管理は出来るけれど
で便利。
物凄く書き味滑らかなボールペン。
履歴書を書くときには欠かせません。
面接の時、録音しておけば後で、自分の喋り方や喋る内容の整理、推敲が可能です。(勿論録音の許可を取る必要はありますが)
ケーブル等を使わずそのままパソコンに接続できるものがお勧めです。
勝間和代氏の書評で一気に有名になった自分の強みを知るための心理テスト。
気づいていなかったけれど言われてみれば「なるほど」と頷ける様な自分の強みが発見できます。
テストはインターネット上で行いますが、書籍「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」についてくるIDコードを打ち込む必要があります。
口内炎の特効薬。出来始めの時に塗れば大抵一晩で治ってしまいます。
口内炎のせいで面接でうまく喋れなかったなんてことが無いように常備してます。
これは自分で買ったわけではないですが…
左右が反転しない鏡です。自分の表情や姿勢をを客観的に見て修正することができます。
その他、こんなものが役立つよというのがあれば教えて頂ければ幸いです。
志望する分野…というのはある程度決まってる。
(どうしてもこの分野じゃなきゃだめだ、というレベルではなく、)
とはいえ、まだ説明会とか行くことができていない。
M1で研究も忙しく、後輩の卒論も見なきゃいけないのでOB訪問とかもしてない…。
(しかも、後輩の研究が進んでなくてやばい状況なので、余計に面倒見なきゃいけない…)
けれど、修士になって研究テーマをがらっと変えてからは全く進まなくなった。
また1からのスタートになるから、関連論文のサーベイとか含めて最初からやり直し。
同じ時期に国際会議に出た同期は、卒論からの上積みで研究を進めているので
国際会議が終わった後からも全国大会や国際会議に論文出してる。
研究の面では、どう考えても俺は取り残されている。
果たしてこんなことで、修了できるのだろうか…。
話を就職活動に戻すが
アピールできる点は無い。
部活は、部長をやってきたが、俺が部長の時にはとある全国大会に出る際、書類審査で落ちた。
落ち込む部員を励ましつつ他の大会に出場することにして、チームとしては良い結果を出したが
そのとき俺はサポート役に徹していたので、リーダーは別の人間だった。
バイトでは、正社員の人からは「5年間続けているのに未だに最初の頃のひた向きさを忘れていない」とか
「いつも助かっている」とか言われているが
お金貰って仕事している以上、ひた向きに仕事をするのは当然の話。
けれど、未だに細かいミスをする。(問題になるようなミスではないが)
ミスしないように色々対策を練ってきたはずなのに、それでも少しでもミスをするのはバカ以外の何物でもない。
こんな状況で、どうやって就職活動を進めればいいんだろう。
内定なんて獲れる気がしない。
こんなことを考えている時点でもう負けているということは分かっているけれど…
どう考えても能力がなさすぎる。
http://anond.hatelabo.jp/20090113220820
だいたい「相手のここを直してくれれば、もっと好きになれるのに」という前提が変なの。人を好きになるのに前提は要らないんだよ。「あなたがあなただから好き」なんだ。「自分勝手でケチで」ってのも言い換えれば「自分をしっかり持ってて経済観念がちゃんとある」と言える。例えば「君がもっとお化粧してくれたら、もっと好きになるのに」と言われたとして、その化粧をするためにお金をかけて、お金かけるためにバイト増やしたりして、デートの時間が減ったり、カレシに連絡取る時間が減ったりしたら、カレシは今度は「もっと僕と付き合ってくれたら、もっと好きになるのに」とか言い出すんだよ。そんなもんだよ。
「もっといい関係になれるように直そう」ってのはね。まず「目的地」を決めないといけないの。「将来一緒に暮らすために、今生活上の意識をすり合わせておこう」とか「お互いに趣味を楽しむために、趣味の時間は何時間って決めよう」とか「友だちとも遊びに行きたいから、デートは友だち込みにするか、それとも、別々にするか決めよう」とか。漠然と「不満のあるところを直す」じゃ、どこにもたどりつけないから、延々と不満なところを言い合うことになるよ。
はっきり言って、カレシは別れたいから、あなたが泣きだしても手加減せずに、ボロボロに言ったんじゃないかと私は疑ってる。大嫌いになってもらいたかったんじゃないの?
そうじゃなくて、本当にこうやって2人の関係を近づけようとしたなら、やり方を間違えてると言っておく。カレシにやり直しを提案したほうがいいよ。
20090115追記。
女の悪意のテンプレみたいなすごい言いよう。上から目線で説教+あなたと別れたいんじゃないといやみ+やり方間違えてるの決めつけ。面と向かって言われたらまずこの増田を大嫌いになる
そんな風に思われるんだ。知らなかった。ありがとう。参考にするよ。
さらに追記。
ちなみに、悪意はない。幼稚園児に向ける悪意など持ち合わせがない。幼稚園児扱いしたことが悪意だと言うのなら見解の相違としか言いようがない。
と追加したくなるってことは、やっぱり、それなりにショックだったんだなあと自己分析中。この記事書いたときに、まったく悪意がなかったから、こうまで思われるんだとびっくりした。元増田のこと幼稚園児扱いできねーな(笑)。
研究があまりに進んでいないものだから、就職活動を一時停止して
結局前に進まず、気づけば企業研究もほとんどできてなく、企業の説明会やらオープンセミナーやらどこにも行けずに12月が終わってた。
だけど周りは周りでしっかり説明会やら申し込みをちゃんとしていたらしい。
(ちなみに、集中して頑張っていた研究もほとんど進みませんでした…)
…で、そんな事に気付いた(気付かされた)のは一昨日。
大慌てでいろいろ調べてみても、オープンセミナーをやっている所は無い。
説明会もまだ始まっていないか既に終わってるところがほとんど。
自分の考え自体が甘かったのか、一点に集中して作業を行う癖のある俺の行動自体に問題があるのか…
どうすんだ、こんなんじゃどこにも内定獲れやしないじゃないか。
…もう駄目だ。