はてなキーワード: 電話交換機とは
増田とVtuberやってるってことはITに関するリテラシーがあるよね。このリテラシーってのは教科書的な奴じゃなくて、嗅覚というか「勘」みたいなもの。勉強しても得られない奴。
中小零細の製造業というのは、今後の社会構造で決して無視できないもので、重要な領域だ。
例えば、以下の様なことが言える。
そこで、増田のような、リテラシーと同時に、製造業での実務経験がある人材が重要になってくる。
まずはそんなに高度な事は考える必要は無い。世の中、我々が思っている以上にIT化は進んでいない。
税理士の先生が怪しい営業に巻き込まれ「すべて国産」という所しかアピールぽいとのないおかしなソリューションを進めてきたとき、そんなものを入れては駄目だ、標準はこっちだ、といえるだけで良い。
例えるならば、Chat Workを入れようとする奴に、いやいやslack でしょとか、使ってないけどOfficeにTmeasついてますからとか、従業員のジジババのことを考えるとLINE Worksじゃないと辛いでしょと言うとか
盲目に物理電話交換機の買い換えを考える時に、いやいや今なら社用スマホに格安SIMのほうが通話し放題で圧倒的にやすいですから、とか
Excel on WebなりGスプシなりで簡易業務効率化をサクッとやるとか、
そう言うところを言えるのは、あなたの様な人材なのだ。これは高い金を払ってコンサルタントを雇っても得られない技術とスキルとポジションである。
今、ブックマークで注目を集めている記事に
http://d.hatena.ne.jp/kawango/20090626/1246030883
読み進んでいく上で、なんか言いしれぬ違和感を感じていたのだが、一番最後に
お金を稼げば稼ぐほど貯め込んでいく一般の産業界よりもコンテンツ業界にお金がまわる仕組みにしたほうが世の中が楽しくなると思うのは僕だけだろうか。
と言う文章があってその正体が分かった。
この人、想像力が全く足りないのだ。つまり、自分が観測可能な部分だけで論理を組み立てているのだ。つまり、知らないだけだと。
いうまでもなくこれはいくらでも改変ができる言葉だ。ざっくり作ってみよう。
いくらでも変えられるし、それぞれに真実もある。そもそも稼いだ金をため込むなんて状況が現代日本で実現するには、タンスにしまうか穴掘って埋めるぐらいしかないのだが、その点で基本的な経済の流れを理解していないのではないかという気もする。しかし、ただ一つ言えることは、これらの言葉が、他の可能性とその理解を全く否定していると言うことだ。
それをふまえて見てみると、まさに様々おもしろい。この人は、今コンテンツ産業が革命への転換点にいることを頭では分かっていても、事実として受け止め切れていないのでは、と。
たとえば、活版印刷が発明されたとき、従来型の手で書き写すものに投資するのと、活版印刷に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、産業革命の時に家内手工業に対して膨大な投資をするのと、蒸気機関による工場生産に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、コンピュータが発明されたとき、今までの従来型の機械式計算機に投資するのと、コンピュータに投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、IPの急速な普及期に、今までの電話交換機に投資するのと、IP通信制御機器に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
すべて言うまでもないだろう。今コンテンツ産業は、そう言った急速な転換期に来ているのは間違いがない。
もちろん過渡期の話は分かる。活版印刷の装置が間に合わなければ手で書き写さねばならないし、蒸気機関が間に合わなければ手で作るしかない。コンピュータがまだ不安定ならば、機械式計算機を使ったり、今までの電話交換機を買ってくることも必要だろう。
ただ、過渡期の存在を理由に、将来を信じ切れなかったものは、理解しきれなかったものは滅んだと思う。そして、理解しきれないからこそ、今までの方式が正しいのだという言葉を吐くのだ。
必要なのは新しい方式はコストが下がり、回ってくる金が少なくなることを心配することではない。
新しい方式で、いかに投資効率を上げ市場を広げていくか、たくさんの人を巻き込んでいくかだ。なぜならイノベーションは止められないからである。特にコンテンツ産業の革命は、すでに先駆者がスタートを切って走っている。後ろから続くものがその欠点を発見したとしてもできることは、先駆者に追いつくか、そのおこぼれに預かるかしかない。もしくは、自ら滅びるか。
http://d.hatena.ne.jp/kawango/20090616/1245130321
ブックマークにて、一つだけ明らかに意図が伝わっていないコメントをしてくださった方がいるので、追記をしておく。
「そういった産業の転換点では、投資の効率が全く変わってくる。」反証:エルカセットとかβマックスとかキャプテンシステムとか…/枯れた技術の水平展開も大事じゃねえの?
挙げられているエルカセット、βマックスはそれは技術の洗練の話であって、革新的な、産業の転換期が発生したのはそれよりも前、磁気テープと言う技術が発明されたときだろう。なのでその指摘は反証にはならない。そんな個別の話ではない。
私はこの文章の中で、特別な商品名を出していないことでこの意図を伝えようとしたのだが、読み誤らせてしまったのは残念だ。
たとえば産業革命の際に、よく分からない有象無象の装置の中には失敗して売れなかったものもたくさんあるだろうことは想像が付く。しかし、産業の転換というものは止まらなかったように、それらは些細な話である。このように、個別の事案についての話ではない。また、個別の商品が失敗したことが、この全体の流れが間違っていると言う話にはならないだろう。βマックスが駄目だといって別のものを選択するとき、磁気テープすべてを否定しフィルムに戻るなんてことは明らかに投資の効率を落としている話だ。それではいずれ滅びる。
そして、キャプテンシステムだが、これは発想的には進んでいたと言えるが、それが産業の転換をもたらしたわけではないという点で反証になりうるかもしれない。これは蒸気機関にたとえるならば、トーマス・ニューコメンの蒸気機関であろう。その後のパソコン通信・アーパネット、インターネットとつながる一連のものを、ワット以降の蒸気機関とすれば、である。と言うことは、これが産業の転換期の前触れであった、あるいは、条件の一つであったという言うことにはなるだろう。ただ、これがトーマス・ニューコメンの蒸気機関ではなく、ワットの蒸気機関が爆発的な産業革命を起こしたように、キャプテンシステムが産業の転換期を作れなかったわけである。この差を見極めるのは非常に難しい事ではあるが、これは投資のタイミングの話ではあっても、産業の転換期に投資の効率が変わってくることに対する反証にはならないのではないかと私は考える。
最後に、「枯れた技術」であるが、これは水平展開は必要ないだろうが、保存の必要はあるように思う。なぜ水平展開が必要ないかと言えば、すでに保存されている枯れた技術を見れば分かる。
保存された枯れた技術…これは「文化財」(文化ではない)などとよばれ、特別に保護されているものがその代表だ。これらは、産業の転換が起きた後には、それそのものが持つ機能―――革新的な技術等が置き換えてしまった前の機能が必要であるがために残されていたものではなくなり、すでに当初とは別のものになりはてていると言ってもよいだろう。産業系の博物館などに行ってみればこの手のものはごろごろしている。
そして、古いものを直すときに、それらが必要になるときも来るだろう。しかし、それを水平展開する必要はない。なにしろ、それよりも革新的な技術は、嫌でも広まってしまっているので。