2023-06-17

自分が読んだ漫画レビューサイトで下手と書いてあるとモヤる件

下手だと分かったうえで読んでいた場合ならまだ問題ないのだが、下手だとかつゆも思わず夢中で読んでしまっていた物に対して下手と書いてあるときやばい

下手な絵をまるで上手い絵を見ているかのように鑑賞してしまうようなことっていうのは恥ずべきことなんじゃないかと思うからだ。目が人より劣っているというか。

これって恥ずかしいことなのかと知恵袋で訊いたとき「身の丈に合った漫画を読めばいい」という回答があってグサッと来た。

やっぱ漫画あるいは絵には確かな上手さ下手さという点での上下があって、そして消費する側には上手さ下手さを見極める能力としての上下があるっていうのを「身の丈」って言葉象徴しているように思える。

自分が「ああこいつ味音痴から安い物食わせとけばいい」って言われるような存在なんだとしたらやはりショックを受ける。

自分の持論は矛盾めいているが、上手下手の上下がある一方で、何を上手か下手かとみなすかの受け手の受け取り方に上下は無い、と思ってる。

数学で言えば公理ごとに数の大小関係は定まるが、公理が変わればその大小関係は変わり得るもので、しかもその公理間に上下はないって感じか。

でもやっぱりこんなのは自分の目が肥えてないという事実に目を背ける方便のように感じてならない。

逆転裁判3のまずいフランス料理を食ったイトノコのように、「下手」というレビューを見て、いわれてみればそうだなと納得することも確かにある。

ただ最近とかだとなろうのコミカライズには自分には絵が似たり寄ったりに感じるものが多く、そのなかで自分が読んだ作品のうち片や一方には絵が上手いといったレビューがついてる傾向があって、片や一方には下手といったレビューがついてる傾向があるのを見つけたことがある場合なんかでは、何が違うっていうんだろうってしっくり来ない気持ちが強くなる。

下手と判断する根拠を並べ立ててるレビューもあるが、やっぱりしっくり来ないことがあるというか、善意に受け取ろうにも、それっぽく言って煙に巻いてるだけじゃねみたいに思うのがせいぜいなことがある。どうしてもそのレビューと首っ引きで漫画を読んでみるとかしても、レビューの通りであるレビューの通りにしか評価できないかどうかってことについては腑に落ちなくなるというか。パースのようなものなら定量的評価できるかもしれないが、具体的にパースが何cm狂ってるみたいなのを図解付きで言ってるレビューにはさすがにあまりお目にかからないし。

そもそも絵の上手下手は多分アカデッミックな意味定義規定されるものだと思うけど、こういうのは多分商業においては人に良く評価されるための、創作者が志すべき道標のようなものであって、目的ではないと思う。

目的あくま漫画を楽しく読んでもらえることにあるのであって、アカデミックな視点で見ればろくに絵の基礎を積んでないような漫画であっても、ある人に刺さってしまったなら、それが味音痴みたいな人間として取るに足らない存在だったとしても、そういう人がたくさんいる社会においてなら結局その漫画は売れてしまうし、結果オーライしかないと思うし、誰も損してないと思うというか。

炎柱にぐるぐるまつわりついて「一生ついて行きます兄貴ぃ」とか言ってた三馬鹿の一コマは明らかに味だとか擁護できない下手さだと言ってる人がいるが、別に個人的にはギャグの一コマとして受け取ってた自分としては当時読んでた時全く下手とかみたいなことは思わなかったなーって。

  • 誰がなんと言おうと俺は鬼滅の刃は漫画の絵がうまいと主張し続けるぞ。世の中の選美眼が追いついてなかろうが関係ねえ。

    • 最終兵器彼女って何が言いたかったの??一周してもよくわからん。たかが漫画で参考書みたいに何周もしたくないし

      • セカイ系ってのはふんいきを楽しむものだ。 考えてはいけない。

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