2023-06-01

本当の差別というものは知らないうちに正当化されている

最近ネットでは、差別という言葉があまりにも使われすぎて、本当に問題視されるべき差別がどんなものなのか、どんどんあいまいになっているように見える。

差別というものを考えるとき重要な要素は、「代えが効くかどうか」だ。

簡単な例で言うなら、トイレが男女で分かれている場合男性女性トイレに入ることは許されないが、男性トイレ使用するという代替手段があるため、差別とは言えない。

同様に、通勤電車車両女性専用車両とそれ以外に分かれている場合も、(障害のない)男性女性専用車両に入ることはできないが、それ以外の車両に入るという代替手段により、電車に乗って移動するというサービス問題なく受けられるため、差別ではない。

(ただし、例えば女性専用電車のようなものが現れて、男女で到着時間に差が生じるようなことがあれば、これは男女で受けられるサービス差異が生じることとなり、差別となる可能性が高い)

ところで、ゲームセンターをよく利用する人ならご存じのことと思うが、ゲームセンターデパートなどにあるプリクラコーナーには入り口にたいていこんな警告文が書かれている。

男性のみのプリクラコーナーへの立ち入り禁止

まり女性が含まれグループであればプリクラコーナーを利用することができるが、男性しかいない場合は利用できない。

プリクラで遊ぶというサービスを受けるための、代替手段はあるだろうか?

女性を呼ぶというのは、代替手段にはならない。それができる人は限られているし、できたとしてもすぐに呼べるわけではない。

男性も利用できるコーナーがあれば代替手段となりうるが、そのようなものは見たことがない。

まり男性のみのグループにとって、今プリクラコーナーを利用するための代替手段はなく、これは明確に差別となる。

しかし、SNSなどを見てみても、あまりこれを問題視している人は見られない。

おそらくプリクラに興味のない、または女性と一緒に遊ぶものと考えている男性が多いのと、女性安全プリクラを楽しむためには必要なことだと考えている人が多いためだろう。

だが、こういった影響範囲の小さな差別こそ、見逃すべきではないと思う。

なぜなら、これが「弱者を守るため」という名目で行われており、そのために多くの人に受け入れられているためだ。

近年は、「弱者を守るため」という名目で行われる差別は見逃され、差別としての扱いすら受けないことが一般になっているため、放置していると今後このような差別はどんどん増えていってもおかしくない。

TwitterなどのSNSを見ると、女性が多く使う場所男性がいるだけでも気持ち悪いだの、犯罪者扱いだの、排除してほしいだの、そういった扱いをした書き込みが増えている。

これに反発すれば、「そういう場所に行きたいなんて、下心があるに違いない」と返されて、差別正当化されるだけだ。

なぜなら、「弱者を守るため」に必要判断された差別正当化されているためだ。

言い方を変えれば、「弱者を守るため」という名目さえあれば、差別し放題な世の中になってしまっている。

更に悪いことに近年は自分はこれが嫌だ、傷つく、被害者だと主張したとき、主張した側が「弱者」であり、同情されるべき存在であれば、その主張が受け入れられてしまうことが多い。

逆に、「強者」の嫌だ、傷つく、という主張は受け入れられない。

有名な例だと、最近女性用のトイレ男性が入って利用していることが主にTwitterなどで大きく問題視されているが、

逆に男性トイレ女性が入って利用する例は昔から多くあり、それを嫌がる人もかなり大勢いたのに、何年もまったく問題視されてこなかったという話がある。

男性トイレを利用して通報なり逮捕なりされた女性の例はついぞ聞いたことがない)

そして、「弱者」の主張をもとに行われる差別正当化されてしまう。

弱者」の暮らしを良くするための手段が、他の集団差別して権利制限することであってはいけない。

それは、問題解決したことにはならず、結局大勢不利益を被るだけの結果にしかならない。

  • 3行目まで読んだ。 白人専用バス、白人居住地域。 黒人専用バスやインディアン専用居住地域があれば代えが効くから差別ではないと。

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