今朝、エッロい夢を見た。
職場の同僚の若い女性職員二人と性行為をする夢だった。エロコンテンツかくのごとし、いきなり正常位にて生で挿入行為を行っていた。
そのうち一人のいかにも処女っぽい女性職員はやはり夢の中でも処女で、膜があって入れないのでやめておこう、ということになった。
もう一人はスムーズに入れた。何回かぱこぱこして、そこで夢は終わった。二人とも嫌がってはいなかったし、なんならベロチューしていた。
なぜあんな夢を見てしまったのだろうか、と朝起きてから考える。
特段、仲が良い、ということはない。そもそもラインなどの連絡先もしらない。業務時間内外でプライベートな話をすることがない。こちらは既婚者でもある。
どちらかというと仲が悪くないと、こちらとしては考えているが実際に相手がどう考えているのかはわからない関係、というのが客観的な事実であろう。なぜあんな夢を見てしまったのだろう。
しかるべき時間をかけて出た結論は、自分の相手に対する好意量と、自分が想定している相手の自分に対する好意量が一定に達したと脳が認識すると、その親愛の情が性行為という形で昇華されてしまうのではないだろうか、というものだった。
というのも、上記の該当する女性職員達とは、最近、ほんの少し、心の距離が近づいているような実感があったのだ。
できるだけ人を傷つけたくないから他人と距離をとっておく自分のような人間にとっては、些細なことでも敏感に感じとれる部分がある。(無論、錯覚もあるかもしれないが、だからといって、その実害が現実世界上で現れることはないのだから、この錯覚に対するツッコミは許して頂戴)それは、物理的な距離の近づきだったり、こちらが向こうに便宜をはかってあげた回数だったり、なんとなく同じ空間に居る時の空気の緊張感の低下、今までは断りがあった案件が言葉無しで進んでいく省力感など、本当にくっだらない些細なチリのような積み重ねである。これは長期間にわたる関係なら必ず生じうる事柄である。
それだけで、ヤっていいし、なんなら喜んで受け入れてくれると深層意識下では勘違いしてしまったのだろう。
この潜在ちんぽのむき出し発想は本当に怖い。生物としての本能なのだと思う。
そういえば、過去にも似たような関係性で別の女性職員と致してしまうことがあった。
しかるに好意を持たれている勘違いして嬉々として物々交換的発想でヤってしまう性的暴行の加害者たるセクハラおじこと、恥知らずの性犯罪者達も、同様の発想ルーチンを使って、大なり小なりの行為に及んでしまうのかもしれない、と考えた次第であります。
これが男性の大多数におけるデフォルト設定なのだとしたら人類の存在に絶望しかない。深層意識下の本能に対して、人類が付加せんとする更生や矯正措置など、何の意味も持たないであろうことは明らかだからだ。
皆さんはどうですか?(ふるえ声)
意味の無いことに意味をつけようとするな
これ容赦なくて好き
人生……