https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20210305/k10012898081000.html
自分は中学高校と長崎の公立学校に通った。中学高校どちらも下着の色について「白」と指定されていた。白い制服のシャツの下に、白以外の下着が透けるのが見苦しいという理由だ。
この下着とは、キャミソールことを差し、一応ブラジャーやパンティ(増田表記)の色は自由だった。(しかし、派手な色の肩紐が襟元から見えていると注意された)
高校では、女子生徒は防寒のため、セーラー服の下にセーターやヒートテックシャツを着込むのが一般的だった。このとき、セーラー服の襟元や袖口から見える防寒具の色が黒以外であると校則違反だった。また、セーターについては無地と決まっており、襟から見えずとも検査の時に柄物とバレると校則違反とされた。
こうした校則違反を取り締まるために、高校(県立だった)では月に一回、「容儀検査」とよばれる検査があった。
容儀検査では、髪、爪、眉、下着、スカート丈、靴下が検査項目だった。これは月一回程度、多くは定期テストの後に学年集会で説教を聞かされた後、男女別々に体育館に一列に並び、順番に回ってくる名簿を持った3〜4名の教員に身嗜みを検査して貰うというシステムだった。
髪の検査では、教員の前でぐるりと一周回り、前髪の長さは適切か、ヘアゴムやヘアピンは派手でないか(黒や紺色の飾りのないものと定められていた)、おくれ毛はヘアピンで止められているかなどを検査された。男子生徒の場合、耳にかからない長さか、毛量は適切か(?)、ツーブロックなど変形カットではないか(?)などが検査されていたらしい。
また、爪や眉の検査では、爪は手を前に、眉は前髪を上げて教員に見せ検査をスムーズに行うように言われていた。爪は長さが適切か、眉は手入れされていないかが検査項目だった。
下着の検査は、夏はセーラー服の下から、 キャミソールを引っ張り出して、教員に見せるようになっていた。冬は、袖口からセーターを引っ張り出し、爪の検査と同時に見せ、またセーラー服をめくってセーターを見せた。
スカートの長さは、膝が見えない丈と決まっており、教員が屈んで膝に目の高さを合わせ検査していた。
靴下は、統一感を出すため白のみ。長さも、くるぶしが隠れる長さと決まっていた。防寒のため、肌色のストッキングのみが許可されていた。黒のタイツが禁止の理由は聞いたことがないが、おそらく統一感のためだと思われる。
容儀検査は、多くの場合男性教員が男子生徒の検査を、女性教員が女子生徒の検査をするように割り振られていたが、人出が足りないと男性教員がスカート丈を検査することもあった。下着の検査は流石になかったが、同じ体育館に男子生徒や男性教員がいる状態で行っていた。
容儀検査が終わると、名簿を持った教員が集まって、学年で何人違反者が出たか集計し、多いと説教された。容儀検査違反者はクラスに名前が張り出され、近日の昼休みに再検査に合格するまで呼び出されるようになっていた。朝掃除などのペナルティがあることもあった。
クラスや部活単位で、違反者が出るかどうかが教員の中で何故か重視されており、クラス担任から「クラスで違反ゼロを目指そう」などの呼びかけが度々あった。
テスト期間後に容儀検査があるのは、テスト期間で部活動が休みの間に散髪に行けという意図だったようだが、テスト期間には、授業がない午後の居残り自主学習、土日の自主学習が強制されており、かえってテスト期間よりも散髪に行くような暇はなかった。
集会の後の容儀検査以外にも、朝から係の生徒と教員による持ち回りの挨拶運動があり、この時「指定鞄を携帯しているか、身嗜みは正しいか、防寒具は適切か」などのチェックがあり、違反者は注意されていた。
容儀の他にもを学校に持ってくることは禁止されていたが、「帰りが遅くなるときに連絡が必要」「部活帰りに迎えを頼むため」などの理由でマナーモードにしてカバンの底に隠し持ってくる生徒もよくいた。駅などで教員が見回っており、このときスマホがバレるとかなり厳しい指導がなされた。