2020年秋、ユーラシア国では全国民を対象とした大規模な抗体検査が行われた。その結果を元に、家族全員に抗体があると認められた世帯は「経済特区」への移住が認められ、反対に抗体を持たない者とその家族の生活は国家の管理下に置かれることとなった。
半年ごとの抗体検査。そこで全員に抗体が認められた世帯から経済特区に移住していく。経済特区は徐々に拡げられ、やがてユーラシア国全体にわたるだろう。国民は全員が抗体保持者だ。
もはやロックダウンは必要ない。ウイルスに感染して抗体を獲得すれば経済特区での自由な生活が待っている。もしくは運が悪ければ死ぬだけだ。国家には国民の生活を支配するノウハウがあり、国民は強いリーダーシップの元でそれなりに悪くない生活をしていた。勤務時間はきっかり8時間。1日3食の健康的な食事と生活用品の支給も保障された(支給品のマスクについては安全性に疑問が残るが)。経済特区にいる相手とも自由なビデオ通話が許された。当局に傍聴されていないか? その心配はないと聞いている。隔離され、管理されるだけの合理的な理由があるのだ。そうそう、もうロックダウンが解除されて久しいというのに、映画やコンサート、芝居、バレエといった娯楽は経済特区だけで認められ、抗体を持たない者は個人で配信を楽しむしかない。パンデミックからのお作法だ。テレビや新聞で経済特区内のことが報じられることは滅多にない。そもそもテレビや新聞の言うことなんて、誰もまともに相手にしていないのだが。
彼はパンデミックの数年前から夫婦でレストランを経営していた。今は国が労働者に支給する食事を作る仕事をしている。元妻は子供たちと経済特区にいる。どういう訳か彼にだけ抗体がなかった。妻が接客担当だったからなのか、社交的で行動的な性格が幸いしたのか、はたまた子供たちがどこかからウイルスを持ち込んだのか。はっきりした理由は分からない。妻は世帯分離を望んだ。自分と子供たちだけでも経済特区に行って、「私たちの店」を続けたいと言った。あなたが抗体を獲得してこちらに来るのを待っている、と。やれやれ。生きてあちら側に行ければいいのだが。
先日、店のもと常連だった男が妙なことを言っていた。元妻に似た女性を見かけたというのだ。医療システムを維持するため、あちら側とこちら側の出入りは厳しく制限されている。だいいち自分は彼女から何も聞いていない。男の見間違いだろうか。
そんな折、covid-21 という言葉を耳にした。
家畜の話?