フレックスがきちんと運用されているので遅刻・早退・休みの時も「ちょっと家の用事で」「保育園迎えに行くので」とチャットに一言入れるだけで済む。(休みは後日社内のシステムに登録しなきゃだけど)
災害の可能性があれば「早く帰れ」「出社するな」と指示が出るし各種休暇などの制度もちゃんとしている。
出張にも一人ひとりの家族環境とかを考慮してくれる。(赤ちゃん小さいからなるべく減らしてやろう、とか)
顔を合わせたほうが円滑に進む仕事なのでなるべく出社した方がいいけれど、自宅からリモートワークでもいい。
ああ、ライフ・ワーク・バランス。人間らしい生活!少ない労働時間バンザイ!と謳歌していた時期もあった。
各種休みやフレックスをフル活用しても、たびたび開催される仕事帰りの飲み会に一切参加しなくてもなんらマイナスの扱いは受けない。
すばらしきホワイト企業。
しかしある時に気づいたのだ。余裕のある働き方を許されていると言ってもそれは不利に扱われないというだけだということに。自分が休んでる間にどんどん先に進む人がいる。彼らが進むことで相対的にはこちらの評価は低くなる。彼ら出世しこちらはそのまま。社内だけではない、仕事場でも自宅でも社外勉強会でもなんでもいいが長時間仕事や勉強をしている人たちが業界をリードしていく。自分は置いて行かれていると感じた。
結局は何かを犠牲にしたり、誰かに犠牲になってもらわないとダメなのかもしれないと思った。
のんびり余裕が欲しい、カネより家族との時間が欲しい、体調等の問題で融通の効く働き方がいいというニーズに応えるのは大事だけど、全員がそれでいいわけではない。
時間のある働きかたで家族は喜んでいる。しかしそれは長期的な昇給などと引き換えにした喜びなのだ。スキルアップを怠れば5年後には職を失うことだってあるだろう。家族のためには、家族を犠牲にしてもっとバリバリやるべきなのかもしれない。
選択肢があるというのは大変にホワイトですばらしいことなのだが、それなりの成長、それなりの昇給・昇進、将来的にも通用する仕事スキルなどを維持しようと思うなら結局はマッチョに生きるしかないのかもしれない。整理してしまえば当たり前の結論になった。結局は頑張り続けるしかないんだな。。。