弟はというと、涼める場所を求めて仲間たちと各地を行脚していた。
だが、人ってのは悲しいものだ。
大衆の考えることなんて概ね同じなのに、自分たちがその“大衆”に含まれている可能性を甘く見積もる。
弟の行くところはいずれも人だらけだったんだ。
「流れるプールだけど……これ流れの力発生してる? 人の力じゃない?」
そして、その大勢の人によって発生する熱気によって、納涼は焼け石に水と化していた。
「トイレに行くのも一苦労だね……」
「おい、間違ってもプールの中でするんじゃねえぞ」
「僕はそんなことしないよ。まあ、どうせプールの水の3割は人の小便などの体液だけどね。色んな薬剤がプールに入れられているのも、それが理由なわけだし……」
「今の話でちょっと寒気を感じた。ありがとよ」
企業などでは一般家庭より多くの電気を扱えるようになっていたが、それでも全体量が足りないため冷房に割ける余裕はほとんどなかったらしい。
「おい、さすがにこれは崩れすぎじゃないか? 確かに表現手法として、特定のカットをあえてゆらがせることもあるけどさあ」
「シューゴさん……その絵は普通ですよ。というより、この現場の空間自体が揺らいでいる気が……」
「何……言って……んだ、マスダさん」
今までにないスタジオの空気がそうさせたのか、現場のスタッフたちの精神状態は独特になっていた。
意思疎通は困難を極め、監督が熱でダウンしてしまったこともあり、今週は総集編すら作れなかったらしい。
「ただいまー……兄貴すげえ格好だな」
「暑いんだよ……で、お前の方はどうだった?」
反応から察するに聞くまでもなかったが、俺は一応尋ねてみた。
「ダメダメ。兄貴みたいに、家で大人しくしてたほうがまだマシ」
やはりそうか。
「でもホント、俺たちの家は思ったより暑くないな。何でだろ」
「そうかあ? まあ、人や家具が少ないとか、立地的に涼しい場所なのかもな」
俺はテキトーにそう返すが、実際この時の室温は低かった。
その要因が何なのか知るのは、もう少し後になってからだ。
なにせ、その時の俺たちは暑さにばかり気を取られ、頭が回らなかった。
いつもなら気づいたかもしれない、何かしらの“違和感”に気づけなかったんだ。
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