2018-07-23

[] #59-5「誰がためクーラー

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連絡をすると父は慌てて帰ってきた。

父にとっても、母がそのような状態になることは初めてだったらしい。

すぐさま工具室で母の検診が始まった。

俺たちは自分の汗が垂れないよう、一歩離れた所から見守る。

「うーん……恐らくラジエーターが不調なんだと思う」

父の説明によると、母の体温管理はその装置が担っているらしい。

少なくとも人間暑いと思うレベルなら、それだけで問題ないのだとか。

しかし、おかしいな。ラジエーターだけで放熱し切れなかったとしても、緊急冷却装置もあるのに……まてよ、ということはそっちが原因か!」

父の推察通り、母の緊急冷却装置は停止していた。

どうやら、そのせいでラジエーターに負担が行き過ぎていたらしい。

「あまりの暑さで、その冷却装置が壊れたってこと?」

「いや、その程度では壊れない。もっと無茶な使い方をしない限り……まさか

父がそう呟くと、俺たちはハッとした。

昨日まで、家の中だけが妙に涼しい理由が分かったからだ。

母は自分を冷やすための緊急冷却装置を、周りを涼しくするために常時開放していた。

例えるなら、冷蔵庫の扉をずっと開けっ放しにしている状態なわけだ。

そんな冷蔵庫がどうなるかは想像に難くない。

想定されていない用途で使い続けた物が壊れやすい、ってのは大抵のことに言えるからな。

当然、母がそんなことを知らずにやっていたとは考えにくい。

承知の上で母は俺たちのために、少しでも暑さをしのげるならばと思ってやったのだろう。

そのことを、母がこうなるまで気づけなかった自分たちが不甲斐なかった。

「……何はともあれ、これで原因が分かったんだし。後は母さんの冷却装置を修理なり、交換すればいいんだろ?」

「やり方は分かるが……そこまでやるためには電気がいる」

ちくしょう! また“電気”かよ」

どうしてこう、何でもかんでも電気必要なんだ。

「仕方ない。隣の市まで行って電気調達してこよう」

母を父に任せると、俺たちは全速力で自転車を走らせた。


…………

しかし、俺たちの焦燥をあざ笑うかのように、問題がまた立ちはだかった。

どこの店に行っても、俺たちに電気を売ってくれなかったのだ。

生憎、今はバッテリーや充電の販売はやっていないんですよ。最近、この市の電気が減りすぎているとかで……」

人ってのは悲しいものだ。

大衆の考えることなんて概ね同じなのに、自分たちがその“大衆”に含まれている可能性を甘く見積もる。

俺たちと同じように、みんな隣の市から電気を買っていたんだ。

そのせいで、この市の電気は減りすぎて結果こうなっている、と。

「こうなったら、そのまた隣の市に行こう!」

「いや、ダメだ。いくらなんでも遠すぎる。これ以上は母さんが耐えられないかも」

ちくしょう、これじゃあ母さんがスクラップなっちまう!」

そのとき俺は、今日カン先輩とのやり取りを思い出した。

「……一つ手がある。“略奪”だ」

「ええ!? 盗むってこと? さすがにそれは……」

「違う、ただの“略奪”だ!」

ない袖は振れない。

ならば袖を引っ張って伸ばすまでだ。

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