連絡をすると父は慌てて帰ってきた。
父にとっても、母がそのような状態になることは初めてだったらしい。
すぐさま工具室で母の検診が始まった。
「うーん……恐らくラジエーターが不調なんだと思う」
父の説明によると、母の体温管理はその装置が担っているらしい。
少なくとも人間が暑いと思うレベルなら、それだけで問題ないのだとか。
「しかし、おかしいな。ラジエーターだけで放熱し切れなかったとしても、緊急冷却装置もあるのに……まてよ、ということはそっちが原因か!」
父の推察通り、母の緊急冷却装置は停止していた。
どうやら、そのせいでラジエーターに負担が行き過ぎていたらしい。
「いや、その程度では壊れない。もっと無茶な使い方をしない限り……まさか」
父がそう呟くと、俺たちはハッとした。
母は自分を冷やすための緊急冷却装置を、周りを涼しくするために常時開放していた。
例えるなら、冷蔵庫の扉をずっと開けっ放しにしている状態なわけだ。
想定されていない用途で使い続けた物が壊れやすい、ってのは大抵のことに言えるからな。
当然、母がそんなことを知らずにやっていたとは考えにくい。
承知の上で母は俺たちのために、少しでも暑さをしのげるならばと思ってやったのだろう。
そのことを、母がこうなるまで気づけなかった自分たちが不甲斐なかった。
「……何はともあれ、これで原因が分かったんだし。後は母さんの冷却装置を修理なり、交換すればいいんだろ?」
「やり方は分かるが……そこまでやるためには電気がいる」
母を父に任せると、俺たちは全速力で自転車を走らせた。
しかし、俺たちの焦燥をあざ笑うかのように、問題がまた立ちはだかった。
どこの店に行っても、俺たちに電気を売ってくれなかったのだ。
「生憎、今はバッテリーや充電の販売はやっていないんですよ。最近、この市の電気が減りすぎているとかで……」
人ってのは悲しいものだ。
大衆の考えることなんて概ね同じなのに、自分たちがその“大衆”に含まれている可能性を甘く見積もる。
そのせいで、この市の電気は減りすぎて結果こうなっている、と。
「こうなったら、そのまた隣の市に行こう!」
「いや、ダメだ。いくらなんでも遠すぎる。これ以上は母さんが耐えられないかも」
「……一つ手がある。“略奪”だ」
「ええ!? 盗むってこと? さすがにそれは……」
「違う、ただの“略奪”だ!」
ない袖は振れない。
ならば袖を引っ張って伸ばすまでだ。
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