俺たちは目ぼしい施設を間借りする。
当然、このテの“お願い”に大した効力があった試しはない。
俺たちは充電に使えそうな電源を見つけると、すぐさまバッテリーに繋いだ。
「なあ、兄貴。こんな方法で手に入れた電気で直ったとして、母さんは喜ぶのかなあ」
心根では、この状況ののっきぴならなさを理解しているはず。
にも関わらず、弟は今更そんなことを言い出した。
弟のこの言葉は「罪悪感を覚える程度の良心が自分にはあると言っておきたい」という習性からきたものだ。
その場その場で物事の是非を問えば善い人間でいられる、少なくとも悪くない人間ではいられるっていう防衛本能がそうさせるのだろう。
「もしそう思うんだったら、こんな方法で手に入れたって言わなきゃいいだけの話だろ。後はお前個人の気持ちの問題だ」
「えー?」
「言わなくていいと思ったのなら、わざわざ言わなくていいんだよ。母さんだって、俺たちが心配すると思ったから冷却装置を使っていたのを黙ってたわけだし。そういう気遣いで社会は回っているんだ」
内心、俺にも多少の罪悪感はあったが、結局やることは変わらなかっただろう。
背伸びをしてまで清廉潔白でなければならない理由を、生憎だが俺は持ち合わせていない。
それに、このためだけに借りたようなものなのだから、むしろ元を取るために必要な行為だとすら考えるようにした。
「道義的によろしくないのは分かりきっている。だが、そういうことをする人間は一定数存在する。その可能性を排除できない以上、システム側で対処すべきってのが、この社会での模範解答だ。つまり、その対処を怠った側の問題って言っとけばいいんだよ」
「でも、俺たちがその理屈を使うのは盗人たけだけしくない?」
「だから盗みじゃない、ただの略奪だ」
「まあ、仮にバレたとしても、母さんは優しく諭してくれるだろうさ。コロンブスに奴隷を送られたときのイザベル女王みたいに」
「その例えもどうかと思う」
そうやって不毛なやり取りをしている内に、電気が十分すぎるくらいに貯まったようだ。
だが、その時である。
「うわ、停電だ!」
どうやらこのバッテリー、よほど大喰らいだったらしい。
或いは、この施設もかなりギリギリの電気で運営していたのだろうか。
まあいい、充電は終わった。
「さっさと引き上げよう」
むしろ好都合だ。
これに乗じて、さっさと逃げてしまおう。
俺たちはバッテリーを自転車に乗っけて、母と父の待つ家へ漕ぎ出した。
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