2018-06-22

相模原事件犯人が手記を出すらしいが

こんなことは匿名ダイアリーしか言えないが、自分は、彼の言い分を見てみたいと思う

 

「私は意思疎通がとれない人間安楽死させるべきだと考えております

 

この男の主張が分からないでもないからだ

この犯人は、長い間施設で働いていた

殺害するときも、声をかけて反応があった人は殺していない

意思疎通もできない人間にいきている意味はあるのか」

植物人間のまま何年も生きている人、脳死状態で何年も生きている人、意思疎通も出来ず何を考えているかも分からない、そういう人に生きている意味はあるのか

結局そういうことなんだろう

なぜこの犯人がこの思考に至ったかと言えば、毎日彼らの世話をしていたからだ

遺族の人たちは、酷いことを、と憤り、最後の瞬間どんなに怖かったか、と言っている

だが彼らは怖いという感情があっただろうか。そう見えるだけで違うかもしれない。

そんなことはない、私は分かる、と遺族は言うだろう。そうかもしれない

 

私は、痴呆の親と知的障害の兄を在宅介護で看取った。ホームはいろいろあって入れられなかった。

正直、早く死んでくれないだろうかと何度も思い、親に対してそんな気持ちになる自分が辛かった。

私が早く死んでくれと思ってしまった原因は、在宅で介護していたからだ。

ホームに入ってさえいたら、面会の時だけしかわず、優しい心でいられただろう。

知的障害の兄も何年も世話をした。

意思疎通なんてほとんどできなかった。私の言葉は伝わらず、何を言っても意味不明だった。

親が痴呆になったのはストレスだろう。兄が死んだ後、母がぼけた。

私は、兄の介護、母の介護人生を使い果たし、自分のことは何も出来なかった。兄のことは好きではなかった。

家族であるという義務感だけで世話をしていただけで、私のことを理解しているかどうかも怪しい物体を、兄だからと心を押さえつけて優しく接していた。

安楽死出来るならして欲しいと思った。

何十年もやまゆりにいた障害者の人たち。親はたまに面会に行き、元気だったか、どうだったか、と話しかける。

普段の大変な介護はやまゆりが全部やっているのだから、優しい心で接することが出来るだろう。かわいい我が子だろう。遺族の人たちは、在宅で何十年も介護していたとしても、かわいい我が子で、大切だと言えたのだろうか。

ふと、疲れ果て、死んでくれないかな、この生活がいつまで続くんだろう、この子が死なない限り、ろくに外出も出来ず、家族旅行にも行けず、腰が痛くてもベッドの上げ下げをして介護生活、辛い。と思ったりはしなかったのだろうか。

結局は、辛く苦しい介護の部分を見ていないから、体験していないから、遺族はああして犯人を責められるのではないだろうか

私だったら言えなかったと思う。

なんてことをするんだ酷い、と泣きながら、ほっとしたような気もする。

ああ、これでもう介護しないでいいんだ、遊びにも行けるんだ、と。

はてなでも、兄弟知的障害で、死んで欲しいと思っている、という書き込みが前にあったが、そんなことを増田が考えたのは、自宅にその兄弟いるからだ。

養護施設に預けて生活にかかわってこなければ、知的障害があっても大切な兄弟として優しく接することが出来ているはずだ

介護という一番辛い部分を全部他人に預けておいて、「かわいい我が子を!あの子だって生きたかった!きっと怖かった!」と言われても、おそらくたまに会いに来るあなたよりも犯人の方がよっぽど長い時間の子に接していただろうと思う

私には、親を介護している子供が、介護疲れのあまり、思いあまって親を殺してしまい、遠方で生活していて全く介護を手伝っていなかった兄弟が、「親を殺すなんてなんて酷いことするんだ!」と責めている状態と似ているように思えてしまうのだ

 

まあこんなこといったらすんごい勢いで叩かれて死ねかいわれるだろうから増田に吐き捨てるけど。

そしてどんな理由があっても殺人は駄目だと思っているので、相模原犯人死刑なのは妥当であると思うし許されないとは思う

ただ、「酷い奴だ」「頭おかしい」と一方的に責めるのは、障害者介護の闇の部分を見て見ぬ振りしてるだけのような気がするのだ

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん