2017-11-08

お姉ちゃんカフェを作ったら売れるのではないか

感情が抑圧される日本

日本人感情をあらわにしない民族と言われている。たしかに、大人になってから人前で泣いた経験はあまりない。

それに加え、さまざまな場所においてマナーアップが徹底された結果、最近は心が安らぐ空間が圧倒的に減っている。

コメディ映画を観に行っても、声を出して笑えばマナー違反と言われてしまう。

感情の表し方も分からず、それを許す空間もない。そんな日本には、人が感情を表に出せる空間必要だ。

人前では泣けない

ところで、悲しいのに泣けないということはないだろうか?

親戚が亡くなった際に、周りの女性はみんな泣いているが、強さを求められる男性は泣けないでいる。

仕事で失敗して上司に怒られても、泣くことはできない。

幼少期など、怒られているときに泣くと、より一層怒られた経験がある人もいるかもしれない。

泣くというデトックス必要とされているのはたしかだが、いざ公衆面前で突然泣いてしまったら、何事かと思われるに違いない。

そこで、泣くことを促す専用の施設を作ることを提案したい。

お姉ちゃんが慰めてくれる

ずばり、この提案のメインテーマは「お姉ちゃん」だ。

実際にお姉ちゃんがいる人の中にはあまりよい思い出がない人も多いだろう。

一方で、二次元では主人公などを慰める優しい存在とみなされやすい。

少なくとも、二次元におけるお姉ちゃん包容力は全ての人を癒すポテンシャルを持っている。

二次元職業は美化される

ここで、「三次元お姉ちゃんにはグロテスクさがあるのではないか?」という批判があるかもしれない。

しかし、メイドしろ武士しろ2.5次元表現されたものはみな美化され、無害化されている。

(セクハラ以外の)あらゆることを赦す存在以外のあらゆるイメージをそぎ落とした存在が、私の提案する「お姉ちゃん」だ。

泣いても救われない?

それから、「借金の返済に追われている人や大切な家族を亡くした人は、泣いても意味がない」とも考えることができる。

しかし、このカフェ目的は泣くことを許容された空間提供であり、問題解決ではない。

そもそも、お皿を割って店長に怒られたことを慰めてもらっても、そのお皿が元通りになるわけではない。

お姉ちゃん」は行き場のない感情を受け止めるクッションであって、全てを復旧する万能の神ではないのだ。

脳内お姉ちゃん

という感じで、ここまで実現性のない妄想を書き連ねてきたが、脳内架空の「お姉ちゃん」を用意すれば、泣けるのではないかと思えるようになってきた。

あなた仕事に対するフォローも、職場人間ではなく、「お姉ちゃん」にやってもらうとよい。

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