とある男とは、また別の男の話。
90年代後半。男はギターロックが好きだった。ちょっとポップな、弾ける感じのギターロック。
ある日、小さなレコードショップの試聴機で聞いた歌声と歌詞に感銘を受けた。
「これは素敵な僕のバンドを見つけた!」と思った。
ハイラインレコーズか、さすがだな!
アルバムを買った。ランプ、ガラスのブルース、K、続・くだらない唄、アルエ、やばいやばいやばい!
ライブがあるとのことで、十三ファンタンゴに駆けつけた。泣いた。笑った。叫んだ。泣いた。
「十三ファンタンゴもいいライブハウスだけど、もうちょっと大きなところでやりたい。クワトロは大きすぎるけど」
そんなボーカル藤原のMCに、会場の男たちは「クワトロでも狭いわ! ゼップクラス以上やろ!」と笑った。
ライブから帰ってすぐ、その感動を自分のホームページにしたたるためにホームページビルダーを立ち上げた。
BUMP OF CHICKENの公式サイトにあるBBSにも「ライブ良かったです! 感想をまとめたので良かったら読んでください」と、男のホームページのURLを貼った。
翌日、カウンターのCGIが壊れたのかと思ったぐらい回転した。
今まで誰も書き込んでくれなかった男のBBSに、知らない人から「良かったです」「ライブ、行きたかった」「東京も良かったですよ」と100人以上の人が書き込んでくれた。
でもこのバンドはいつかメジャーになって変わってしまうんだろう、と確信めいた感覚があった。
それからと言うもの、男は会う人会う人にバンプを勧めた。変わってしまう前に。
「ふーん。インディーズなの」
「この曲「ランプ」って言うんだけど、最高なんだよ!」
「へー、今度聴いてみるわ」
「今から送るよ!」
ダイヤルアップ接続の遅いスピードで、ICQを使って送った。数分の曲を送るのに2時間近くかかった。勿論、歌詞も一緒にテキストにまとめて送った。
「これ、いいね! すごい元気になれる!」
「あー、若い時に聴きたかった。今の僕はナイフに代わる自信を仕事で手に入れたよ。でも、いい歌だね」
みんな、喜んでくれた。
男は嬉しくて、でも「ランプ」だけを送りプロモーション活動を続けた。無料で配るのは気が引けるから、この1曲だけ。本当に気に入ってくれたら、きっとアルバムを買ってくれるはずだと。
こんなにも良い音楽なんだもん、本当に多くの人に届く! 嬉しい!
どこか勝手な使命感にかられてたのかもしれない。自分ごとのように必死だった。自分のことじゃないのに。
ある時。
転機は急に訪れた。
「見えないものを見ようとして」
大好きな歌声で、なんだか、ちょっと違和感を感じる、乗り切れないメロディが飛び込んできた。
メジャーデビューが決まったと聞いた時、すごい不安だった。変わってしまうと思ったから。
ボーカル藤原だけじゃなくメンバー全員が「俺ら、変わらないから」そう何度も言ってたけど、そんなの無理だって分かってた。
モテない、女心も分かってない童貞全開な歌詞。いつも通りのバンプなのに……。
天体観測。
さながら打ち上がったロケットが、大気圏を突破して宇宙(そら)に消えて行くようだった。
男は黙り込んだ。
これで、もうバンプの話ができなくなるかもしれない。
この前までバンプのことを完全スルーしてた人たちも、男と同じように自分ごとのように喜ぶんだろう。「これは素敵な僕のバンドを見つけた!」と。
それは、もう男にとっての「僕のバンド」ではなくなっているだろうけど。
ほどなくして、そんな知人に会う機会があった。
その日は珍しく知人のほうからこう切り出してきた。
「おっ、そうなん?」
「BUMP OF CHICKENって知ってる?」
(終)
▼元ネタ:本当にあったやるせない話「BUMP OF CHICKENって知ってる?」