「サッカー熱」を含む日記 RSS

はてなキーワード: サッカー熱とは

2022-12-20

ワールドカップはどうして特別なんだ

小学生とき日韓ワールドカップサッカーというスポーツを知る。この頃はサッカーといえば代表戦だった。どこの国が好きか。ブラジルが強豪国のイメージそのままに優勝した。

中学生ときロナウジーニョという特別選手を知り、バルセロナというクラブチームで毎週のように特別プレーをしていることを知る。初めてクラブチームというもの意識した瞬間だった。ドイツワールドカップではロナウジーニョのいるブラジルが敗退してしまい、とてもショックだった。

高校生ときバルセロナでは確固たる監督哲学と卓越した選手技術の融合した革命的なサッカー誕生していた。それはどう見ても毎日練習の中で選手の頭と体に浸透し、育まれものだった。クラブサッカーの魅力と、サッカーにおける監督役割を初めて理解した。ちなみに規律に従うのが苦手なロナウジーニョクラブから追い出されていた。

代表チーム頂上決戦のワールドカップは四年に一度。それに対し、クラブチーム頂上決戦と言えるチャンピオンズリーグは毎年開催される。初めは毎年開催なんて薄まる感じがして懐疑的だったけど、毎年毎年信じられないくらいの激戦が繰り広げられる。一年クラブカラーががらっと変わることもあり、毎年開催の意味もよくわかるようになった。何より、シーズンを通して、もしくは何シーズンかかけて練度を高めていくクラブサッカーの魅力に取り憑かれていくようになった。

それから2010年2014年2018年、と3度のワールドカップがあった。日本代表は浮き沈みはありながらも躍進を続け、実力と地位を向上させた。自分含め、国民サッカー熱は上昇の一途だったのではないか

一方で、自分の中でサッカーにおける代表チームというものへの熱は次第に下がり、クラブチームについては上昇を続けた。クラブサッカー毎日練習の積み重ねの賜物だ。しかし、代表チームたまたま同じ国に生まれた者の寄せ集めの場当たり的サッカーしかない。そんなもの価値はあるのか。いつしか自分の中で、代表チームはサイドコンテンツという認識に変わっていった。

リオネル・メッシは初めて見たときからいつもマラドーナ比較されていた。輝かしいクラブ個人タイトルを手にしたキャリア晩年の近年もなお、ワールドカップを獲れていないという理由マラドーナに劣るという声があった。寄せ集め代表サッカーお祭りよりもクラブでの活躍タイトルの方が価値があるのに何を言っているのかと思っていたが、それでもなおマラドーナ派には無視できない熱気のようなものを感じていた。

先日終わった2022年ワールドカップ。そのメッシがついにワールドカップを獲得した。エースキャプテンとしてアルゼンチンを引っ張り、決勝で感動の3点目をあげ、見たことないほど守備に走ったメッシ。彼は、誰の目から見ても明らかにワールドカップを獲るためにあそこに来ていた。

表彰台で優しい目をしながらトロフィーに二度キスをしたメッシ。その表情からは、彼がいかにそれを望んでいたのか、その悠久の時間想像させた。

ワールドカップ特別だった。

メッシだけじゃない。モドリッチネイマールロナウドも、誰もが認める偉大な選手達がこぞって本気になり、涙を流す。「代表チームなんて負けても仕方なくない?だって練習してないのだから。」なんて思っている選手は一人もいない。皆が渇望し、それがまたワールドカップ価値肥大化させていくのを感じた。それは決してサイドコンテンツなどではなかった。ワールドカップはただのお祭り、などと蔑んでいた自分は今大会で打ちのめされることになった。

ワールドカップ特別だった。

でも、なぜ特別なのかがわからない。誰かわかる人は教えくれ。国のためだから?四年に一度だから?いつからこんなに特別だったのか。

最後に言いたいことは、サッカーは最高だ。国もクラブも全部が最高だ。ずっと好きでいられますように。

2021-09-15

なんていうんだろうか

プラスマイナス岩橋の「やってはいけないことをやってしまうクセ」じゃないんだけど「言ってはいけないことを言いたくなる」ことがある

自分はそこそこサッカー熱があった。しかし、贔屓の不甲斐なさを見てモチベーションが下がった。今でも全く見ないわけではないけど距離を置いている感じだろうか

たまにかつての贔屓の動向も見る。たまに頑張ってるけどやっぱり今でも変わらない体たらくだ。そんな時今でもかつての贔屓を応援している友人に負けが混んでいる時に「やっぱりだめみたいだね」とLINEしてしまうことがある

案の定友人からは「そんなことはない、例えば〜が良かった」みたいな返しが来る。それを見てなぜだか少し安堵する。もう熱はとっくに冷めたというのに。

どこか心の深層で「復帰したいけど一度やめた手前」みたいなのがあって結局それがこの天邪鬼みたいな行為になるのかなとも思っている。そうだったら未練がましいよなとも思う。どこかのファンではなく無所属スポーツを見れるようになれたらいいんだろうけど

2020-03-18

はてなーってフェミニズムジェンダー論にいろいろうるさい割にはちゃん論文読んだり専門書読んでないんだよな。

から基礎になる考え方や用語が互いにふんわりしてるから無駄ブクマや論及が続く。セルフバベルの塔してどうすんだって話だよ。

こういうことを書くと「いや俺は学者じゃないし」といわれる。そりゃそうだ。俺も学者じゃない。

ただそれは、アニメ大して見てないのにアニメの一部分の表象を語るようなもんだぞ。

それやられたら、アニメファンはいやでしょう。ほかのどの分野でもそう。サッカーしたり観戦したりしないのにサッカー熱心に語ってたらちょっと格好悪いでしょう?

新書くらいは普段から読んで、雰囲気掴んでからブコメしたほうがよほど生産的だ。

学術研究じゃなく社会運動だというひともいると思う。それにしても運動史ってのがある。

やるなら一歩踏み込んだ方がいい。

2018-06-23

サッカーが始まってしもーた

わたしスポーツNG人間である

幼き頃から走り方が変、ボールの投げ方が変、と言われ好きだった野球部でも万年ベンチで社会人になって始めたボルダリング全然上手くならないね!と言われる始末である

そんなわけでわたしスポーツ活躍してる人を見ると心がわっしょいわっしょいするのである

なのでこの今の日本サッカー熱は辛いのでごわす

2020年はこの国を出ようと思った

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん