はてなキーワード: はてな界隈とは
いや、そんな反省しなくていいと思いますよ。
単にはてな民の読解力が低いというだけのことです。世の中の人間一般がそうだというわけじゃありません。
俺は不細工な男ですが、あなたの言うことは正しいと思います。そして、あなたが「外見が醜い」人間を蔑視しているのではなく、むしろ世の非情さをある種の諦念をもって見つめているのだということもよくわかります。
ただね、増田に限らずはてな界隈、いやおそらくネットのかなり多くの範囲内では(あとは小町とか2chの多くの板とか)そういうのが通用しないんですよ。
ちょっとでもひねった逆説的な物言いをすると、もう全然通じなくなる。
典型例がこれです。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0617/246243.htm?o=0&p=0
「独身でーす(笑)」なんてお約束のネタでしょう。特別面白いわけではありませんが、明白な冗談であり非難されるいわれなんてどこにもないし、「どこがやねん!」とか「はいはい」とか適当に流しておけばそれでおしまいの、いわばとても安全なネタですよ。それなのに「不倫相手募集」だとかそういう悪意に満ちた読解をする人間がこれだけいるわけですからねえ。
良くも悪くも、世の中にはそういう人間が結構沢山いて、はてなとかにはそういうのが固まってしまうということですよ。
ですので、余り多くを期待せず、わかってくれる人が少しでもいればそれでいいと思うのが、こういう場所を使うための道じゃないですか?
多分、それ以上は期待しても無駄だと思いますよ。
女の私でも『レイプレイ』を楽しんだことがある。
なぜ女である私が男性向けの、しかも陵辱ものをプレイしたのかというと、きっかけは社会人になってから。
ゲームをする時間があまりとれずに「PC起動後、3分でやれるエロゲ」を探していたら、必然的に陵辱系のゲームしか残らなかったからだ。
まぁ、話題になったような『はらませ』『中絶』とかは敬遠していたけれど。個人的に『触手』もNG。
たぶん、今はてな界隈でみかける規制反対派の「陵辱系でないと抜けない!」って言ってる人以外は、こういう理由で陵辱系エロゲのお世話になっている人も多いんじゃないだろうか。
作り手側からしてみれば「特定のキーワード属性の(いわゆるツンデレとか、お嬢様とかメガネっことかロリとか、お姉さま系とかナースとか…)ヒロインを、何か理由をつけて沢山の性交渉の回数をこなす」もので、より需要のある作品を…と、追求していった結果の一つが『レイプレイ』なのかな。
この「てっとり早く、とにかく回数をこなす」っていう発想自体が女性の人権を侵害しているってことになるんだろうね。
どちらにせよ私は規制されようと、されまいと市場に流通している中から好みにあうものを、これからもチョイスして楽しんでいくと思う。
それに、今回の規制が行われたあとメーカーさんが需要にどう対応していくのか、ちょっと期待している。
だから、どちらかといえば規制賛成派かも。
「陵辱系のプレイじゃないと欲情しない。規制された後どうすればいいんですか?」って人には、私からは「好き嫌いなくせば?」としか言えない。資産も性の好みも分散させた方が人生はハッピー。
ガチなマッチョとメイクラブしたいんじゃ。みんながみんな線の細い王子様が好きとは限らないんだよ、バッカヤロー!
って、わけで私もニッチな欲求を持てあましている日々だよ。たぶん、これからも…。
それははてな界隈でもよく行われる手法だよな
何かって言うとすぐ嬉しそうに「女の敵は女」って言いたがる人間のいかに多い事か。
http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090614/1245018582
これに対し、以下のようなブックマークコメントが付く程度には、はてな界隈は「マシ」ではある。どこかよりは。
nekoluna 自殺は痛ましいな・・・・ 「強姦」されたことが「汚れた」とするような性規範が問題じゃないかな。被告を死刑にしても被害者が救われるわけじゃないし。厳罰化で犯罪が減るエビデンスも無いし。 2009/06/13
ただ、nekoluna氏を強く批判するつもりはないが、「マシ」程度でしかない。「「強姦」されたことが「汚れた」とするような性規範が問題」というのはつまり「「強姦」されたことは「汚れ」ではない」と言いたいのだろうが、イコール「死を選ぶような(深刻な)話ではない」ということになりはしまいか。これはこれで、被害者の苦しみに対する否認になりはしまいか。まあ、言ってないことを読み取るような話なのだけど。
言ってることがよくわからん。「被害者の苦しみに対する否認になりはしまいか」って何? 強姦されても死を選ばない人はいくらでもいたと思うんだが、その「死を選ぶような話ではない」と考えた人は苦しみに対する否認をしてる、と思ってんだろうか。どう考えてもそれは「苦しいけど死なない」んであって否認でもなんでもないだろう。逆にたどれば、「被害者の苦しみに対する否認をしない」ためには「死を選ぶような(深刻な)話だと考えること」としたり「「強姦」されたことは「汚れ」だ」としたりしなきゃいけないんだろうか。それってどう考えても別の話だろう? どこがつながるんだ?
言ってないことを読み取るような、じゃなく言ってないうえにわけわからんことを読み取るひとが「リテラシー」とか言ってるんだから凄いよ。
聞きかじっただけの中途半端な知識で語らないこと。こういう奴が発達障害への偏見を撒き散らす。
自閉圏の人がパニックになるのは、自分が想定していたことを急に変更する時に脳が処理できないから。いわばPCに負荷をかけすぎてフリーズ状態になるようなもの。
元増田が過剰に反応したのは、予期せぬ出来事だったからではなく、自分の自尊心を傷つけられたからであって、自閉症とは全くの別物。
反応の仕方も、自閉症のパニックは、「頭が真っ白」「取るべき手順を脳内で整理できない」というものであって、元増田のような、相手に対する激しい憎悪とは質が違う。
自閉症者がパニックに陥ったときは、元増田のように、表面上温厚な顔をして激しい反応を隠すようなことは難しい。
普通の人でも、一度に次々と沢山の用事をこなさなければならないときは、脳の処理の許容量を超えてパニックになったりするけど、そのパニックを隠して温厚な顔をすることは難しいでしょ。
発達障害はコミュニケーションに難があるという特徴があるのは確かだけど、この「コミュニケーションに難がある」という部分だけが一人歩きして、特に2chやはてな界隈では、コミュニケーションに難があるとすぐアスペだの自閉症だの言ってるけど、そういう場合は、大抵アスペでも自閉症でもないことがほとんど。
つーか、成長過程で「他人が自分に合わせてくれるのが正義な幼児の世界観→他人は自分に合わせてくれなくて当然な大人の世界観」に上手く移行できなかったりすると、容易に非コミュになるよ。
僕が注目しているブロガーさんにid:Chikirinさんという方がいる。
というか、もうはてな界隈では有名な方だろうけど。
その問題提起力を「素晴らしいなぁ」と思うのだけど
時折、おかしなことを言い出される。
そういう記事は流せばいいのだけど、何か文句の一つでも残してやらねば気が済まない内容の記事(褒め言葉である)であることが多い。
で、今日はそのおかしな方のちきりん節が炸裂している。
ちょっと読んで、ああ、中央大の事件のことだな、と思ったんだけど、
あの事件を出汁にして、
フィクション書いてみましたんだけどどう?
みたいな。
俺はあの男を精神異常者だと思っている。
いかなる恨み辛みがあろうとも、
人を待ち伏せして何十カ所も刺しまくるなんて、
キチガイ以外ができる芸当ではない。
今回の事件から学べるのは、
これまで頭のおかしい人達が犯してきた、数限りない殺人と同様に、
「アブナイ人には深く関わってはいけません」だ。
こういうこと言い出すと、
アキバの加藤みたいなのはどうなる? あれは避けようがなかったじゃないか、と思われるかもしれないが、
あれもまた
「突然アキバで異常者が暴れて大変なことになりました」で終わりだ。
それ以上は、全て、
マスコミや妄想力逞しい一部の人が勝手に、意味付けしただけである。
俗に「社会派」などと呼ばれる類の方は、
社会で起きる出来事に対し、
何かしら「理由付け」していかないと
メシが食えない、というのは分かるけれど、
そういう頭のおかしい奴を出汁にして、
わかったような風エントリーを書くのは、
マスコミや週刊紙同様の下品な行為であると思う。
例えフィクションであっても、だ。
最後に「フィクションです」とわざとらしく断り書きを入れているあたりに
「主張したいことはこの事件のことではないんですよ」的なニュアンスを感じるが、
今回の事件を出汁にする必要は、全く無い。
このエントリーで書きだされたタイプの人間(多くの場合、それは健全で殺人などとは縁遠い人物である)の心証をおもんぱかることもなく、
話題の事件と絡めて語っちゃおう! とか思ってるあたりの神経を、
下品、だと感じるのだ。
正直、ちきりんさんは、
話題の事件全部に首をつっこむことはお止めになって、
ご自身の専門領域であると思われる、
門外漢の領域に対する放言は、無責任すぎるものが多い。
群がる信者の皆さんも、
何も考えずに☆をばんばん打ったり、素直に共感を表明することでご自身のアホさをさらけ出す前に
ちょっと考えたほうがいいですよ、っと。
たぶん既に多くの人が認識はしていると思うけれど(はてな界隈とかは特に)、新型インフルそのものは報道でパニクっているほど脅威じゃないでしょう。
本当に怖いのは、今度のウィルスが変異して、強毒になって返ってくることだと思う。薬使いすぎてタミフル効かない子とかリターン、ってシャレにならない。
で、ここから先は医療に疎いので妄想なのですが、今度のウィルスでも一定以上の年齢の方には免疫があるらしいし、もしも今のウィルスが変異してパワーアップするとしたら、今のウィルスにかかっておいた方が、多少は免疫ができてパワーアップ版にかかりにくくなったりしないんですか?
全然関係ないところから新しいのが来ちゃったらアウトだけれど、普通のインフルエンザのワクチンも予想で作ってるっていうし、100%同じのじゃなくても、免疫さんが多少がんばってくれたりしないんですかね。教えて欲しいです。
もしがんばってくれるなら、弱いうちにかかっておいた方が得かもしれませんね。というか、避けようと思ってもどうせかかる気がしています。
てか注目されてるのか?はてな界隈以外で
アメリカは間違った科学信仰が流行してて、そのせいでマスクしてないんだよ。
マスクの目は粗いから、細菌はすり抜ける。だからマスクを付ける意味など一切無い。よってマスクを付けるのはトンデモ、とね。
実際のところは飛沫はマスクを貫通しないし、菌だってマスクの中に篭る湿気で防ぐ。科学的には効果があるが、ある一面だけ見てトンデモ扱い。
ちなみに、体を冷やすと風邪を引く、というのも連中から見たらトンデモ扱い。
風邪は細菌やウィルスに犯されて起きる病気だから、体が冷えてるかどうかは一切関係ない、そんなの迷信だ、と。
はてな界隈でも、トンデモを嬉々として叩いてるバカどもがいっぱいいるけど、こういうアメリカどもの悪い風習を真似てるって時点でバカだよね。
以前からミクシイきもいミクシイきもいと、はてな界隈や2ch界隈で言われていて、
なるほど確かにきもいなと納得だったのだが、それは単なる内輪の馴れ合いのきもさだと思ってた。
しかし、どこかそれとは違うきもさを感じてもいた。
このたび、そのきもさの正体がようやっと判明した。
つまり、ミクシイでは、病的なまでの付和雷同が見られる。
ただの馴れ合いなんかじゃない。馴れ合いなんて言葉で語ると本質が見えないなとはつねづね思ってたが、
それは付和雷同が病気なくらいものすごいから、馴れ合いという言葉では筆舌に尽くしがたいからなんだとようやっと気づいた。
わかりやすい例をあげてみる。
ミクシイをやったことのある人ならよく知っているだろう。
トピ主がトピックを立てると、そのトピック文章をたいていの人はよく読まずに脊髄反射レスをする。
そして、「私もそう思います」「俺も同感」といったレスが続く。
あるいは、「トピ主最低の人間だな」「トピ主は馬鹿」といった誹謗中傷が続く。
いずれの場合にも、ただの馴れ合いなんかじゃないくらいきもいレベルの付和雷同なのである。
自分で考えずに他人の模倣ばかりする日本人の問題点についてはよく指摘されることだが、
その日本人的きもさを濃縮したのがミクシイと言えるんだと思う。
ともかくミクシイのいたるところでそういう過剰な付和雷同が見られる。ニュース日記もそうだ。
2chのレスでもスレの流れというのがあってみんなそれに乗っかるという傾向があるので、
付和雷同と言えなくもないが、ミクシイと根本的に違うのは、スレの主旨から逸れる発言をすれば叩かれるということだ。
ミクシイではトピズレしても修正する人がいないまま、トンチンカンなコメントが続くということが決して珍しくない。
しかも、なぜかみんな同じ内容のコメントを自分の言葉で言い直さないと気が済まないかのように、
同じコメントをくりかえしている。要は自分が語りたいけど彼らはオリジナリティが欠如しているので既出な発言を繰り返すしかないのだ。
見る側としてはたまったものではない。同じことばかり聞かされるハメになる。
そういうところがミクシイのきもさの正体だと最近ようやっと分かってきた。
忌野清志郎の死が世間を賑わせているが、はてな界隈を見ているとゲロ吐きたくなるね。
っていうのもね、ダイアリーでも増田でも、忌野清志郎追悼の記事があちこちあるんだけど、本当のファンは別として、たんにニュースとして乗っかっておいてから、持論を展開するのが多い。忌野清志郎を追悼するってコトで何か正義の旗でも握っちゃったつもりになって、清志郎に対して批判している連中を自分を正義としてから叩いてやんの。お前らなんかに清志郎を擁護されてたまるかっての。清志郎のファンを味方につけたつもりでもいるのか。
「死者に鞭打つな」などと言えば、正義を振り回せるとでも思ってんのか。清志郎に対して失礼にもほどがあるだろう。
どっかに喫煙者の非喫煙者(嫌煙者)叩きみたいなものがあったけど、清志郎追悼したからってその叩きは補強されんぞ。むしろ情けないだろ。自分の力でdisれよ。清志郎はそんな事で乗っかってくる奴なんかクソみたいに嫌ってたぞ。
マジレス。
ググると増田とか増田に書かれたことをネタにしたはてブロに行き当たることがある。
そこからはてな界隈に引き込む導入には有効なのかもなー、と思った。
以上、引き込まれた増田でした。
なんかさ、はてな界隈では日本を出る出ないどーしたこーした話が流行っていて
実はこの話題は非常に重要な問題で、はてな世代は365日毎日こういう話をすべきだと感じるんですが
ここでひとつおはなしを。
僕は現代美術家とか名乗ったりしているんですが、
そうそう、現代アートっていうと村上ほにゃらかとか奈良ほにゃらかを思い出す人多いと思うんだよ。
この2人にね、共通するのはね、"錦を飾って日本人を食ってる"人なんですよ。
2人ともそりゃあ駆け出しの頃は売れなかった。だけどNYやらドイツやらでちょっと受けたら日本でベタベタにチヤホヤなんですよ。
ド田舎の漫画家が東京で1冊でも単行本出したら、故郷では文化担当大臣終身雇用間違いなしみたいな。
視野を、世界観を狭くしてみましょう。ちょっと隙間のジャンルを探して、海外でちょっとだけ売れて、日本でチヤホヤされる一生を送りたくありませんか?
つうか、話が突飛に過ぎるように思う。
痴漢被害の話は「男はみんなこうだ」という内容を暗に含
んでいるつもりがあるとは限らないし(というか通常は無いだろう。無いからこそ話すのだと寧ろ俺は思う。本当にそういう気があるのなら、男である増田に対して話す気にもならないのでは?)
痴漢被害の話は既に被害にあった後の話なので、対策が打てない。
といっても、男同士であっても日々常にある議題とそれに伴う対策を論じているわけではないだろう?w少なくとも俺はしていない。(こういう話題になると、何故か男は別に日々たいした話なんぞしていないのに「女どもより高級な話をしている」とばかりに高下駄を履く傾向がある。プライドか、見栄か?)
電車に乗れば「つーか、昨日俺、コンビニのバイトで店長にマジしかられて」「マジで?それマジキツくね?」なんて若い男同士の会話なんぞヤマのように聞こえてくるわけである。
上記2点によって、一方的なサンドバッグにされてしまう。
というが、「痴漢被害にあった」というだけで、そもそも上記二点の事を勝手に感じ取り「サンドバッグにされた」と感じるのが若干被害妄想に過ぎると俺は思うのだが。実際に、明確にサンドバッグにあった、というならば、それはもう「痴漢被害を話す女性」の話ではなく「痴漢被害について男をみかけると一方的にサンドバッグにしてくる女性」の話であり、両者は明確に分けなければならない。この辺が、この増田は突飛なのである。痴漢被害をただ話す女性と、それによって「男は皆そう。あんただってそう。あんたも責任を感じて私に謝りなさいよ」と例えば言ってくる女性とは分けて話さないといけないのだが、増田の話術?により「サンドバッグにされてしまう」まで読むと、読んでる側としてはいつのまにか「痴漢被害を話す女性=誰でもいいから男性をサンドバッグにする」と誤った情報がインプットされてしまうのである。その上、それを前提に話を進むからわけのわからないことになる。
その次の論からしても何か突然に「女性は共感してほしいのだと思う。」である。突然に何故か事実のように増田の主観が根拠なく語られるのだ。そしてまたそれを根拠に論が進むというマッチポンプ状態である。
また
とまるで「事実かのように」さり気無く書いているが、これはそういう女性にたまたま増田が出会っただけであることは忘れてはいけない。人間関係や、男女系の問題で、こういった「自身の身の回りのわずか数例、多くて数十例ぽっちのことから帰納法でもっともらしい一般的法則を無理矢理に出そうとする」タイプは多いのだが、危険だし、非論理的である。そういった人はまず人間が何人いるか、男性、女性が何千万人いるか、そういった規模の大きさや人の多様さを確かめてからにすべきである。君の周囲がイコール社会ではないのである。社会学や心理学は、「エセ科学」なんて蔑視されていたりもするが、その学問だってまさかこんな「自分の身の回りのわずかな人間から急に帰納法で無理矢理一般法則を見出す」なんてことはしない。何千人何万人とデータを取るのである。それでも確かとは言えないのだ。いわんや、増田をや。
君がパンクが好きだとして、「音楽ってのはギターぶっこわしてなんぼ、逮捕歴があってなんぼ」なんて思っていて、周囲も自然とそういう人間が集まったとする。そして「音楽とは?」と聞かれた場合「逮捕歴があってなんぼだよな」なんて答える人が君の回りに10人もいたとしても、それを「東京都民」に広げたら途端に少数派となるだろう。つまりはそういう可能性もあることを忘れてはいけないのである。
あと、さっきもいったが別に男とて常に「相談―対策」といった構造の話ばっかりしているわけではないw
男女問題になるといつの間にか男がそんな「キャラ」になってしまうのはおかしなことだが、俺だってたとえばスリにあったとして、友人に「昨日一万スられてさ、あーあ」とかいった途端に対策など講じられてはたまったものではないし、実際にそんな事を言い出す人間にも今のところ会ったことはない。会話を有る意味で大袈裟にとらえすぎというか、「マジかよ、災難だったな」終了、でいいんである。「もう事後だから対策を練れない」とかマニュアルバカみたいな事を思う前に、「今このときにおける自分自身の対策」を練り上げるべきである。こういう人間は、やたら対策対策言うわりには、他人に対するそれしか興味がなく、肝心の「自分の対策」はとんと興味がないらしい。妙な話だ。(つまり、「オレってば対策を講じてしまうんだよね」なんてのは、「他人に何か一言物申したい」という俗物根性をこぎれいにコーティングしてみせただけの一品だけでしかないということをこの時点で認識すべきである。)
あと、以前からはてな界隈ではよく好まれる「男は対策を考える、女は共感して欲しい」だが、これはあくまでそういう『傾向』が見受けられるというレベルであり(それもまだ統計的なレベルでしか証明されていないのでは?よく知らないが)、当然ながら男女でスパっと分かれているわけでは決して無い。すぐさまそうやって両極端な二元論を根拠に何かを組み立てそれっぽい論を作り論じた気分になるというのは文系の人によくありがちなのだが、世界はそうそう簡単なものではないので注意すべき。
また、個人的には必ずしも男は対策を考えるのが好きとは思えん。そもそも今このエントリにだって、「男は対策好き、女は共感好きだよね」「あーわかる、だよねだよね、俺もそう思う」なレスがついている時点で何かおかしいと思わないか?別に男も共感は求めるし、居酒屋など男の愚痴と共感の嵐、独壇場である。増田でも失恋した、といってグダグダ管を巻いているおそらく男によるエントリが多数見受けられる。逆に女性が対策を尋ねているエントリも多数見受けられる。
何か男は「共感を求めるのは感情的系ぽくてカッコワルイ、対策を考えるって方が、頭がいいっぽい」などと思い見栄をはっているだけでないか、と個人的には思うのだが、それはさておき、これは状況の問題もあると思う。
人というのは、よほど極端な人でないかぎり、通常、自分が愚痴るときは共感してほしいが、他人が愚痴ってるときは一言言いたいのである。
だからその時どちらに役柄が回っているか、というだけの話なのだ。女性が多数いると思われる小町なんかを見てみれば、さて彼女達は相談者に対して「わかるー」だけを言って終り、だろうか?そうではない。むしろビシバシつっこんでいく。こうすれば?ああすれば?と具体例をドンドン出していく。そもそも小さい頃自身の母に何か愚痴ったり相談したりしたら「こうすればいいじゃないの」と言われた経験はないだろうか?
「男は対策をいいたがるが女は共感してほしがる」という話が出るとき、その背景で想定されているのは「女が何かを相談あるいは愚痴をいい、男がそれを聞く」というパターンだけである。問題は性別というより、その「構造」にある。この場合は、男が聞く側にまわっているから男が対策を言いたがる側になっているだけなのだ。
男が愚痴り、男がそれを聞いている場合でも、結局同じような形が繰り広げられる。中身でなく「構造」に問題がある。
男が愚痴り、女がそれを聞き、「こうすればいいんじゃないの?うんたらこうたら」と言ったら、男に嫌われた、というネタの女性向け4コマは実は結構あるのをご存知だろうか?4コマのネタなんてのはたいがい基本「あるある」系だ。それだけありがちなのだ。女が聞く側にまわったとて、小町のときのごとくやはり対策を言いたいのである。聞く側はいわばぶっちゃけ「何の関係もない」ので、悪く言えば無責任な、よくいえば冷静な事をさらりと言える。
しかしこのパターンがあまり認知され難いのは、そもそも「男にアドバイスすると不機嫌になる→だからしない」というある漫画でいうところの猛禽女が増えていることや、そもそも男性は女性に愚痴りにくい(そうするのがカッコワルイ、という雰囲気は、いまだあるところにはあるだろう)こと、また先ほども言ったが男性側が「俺達は共感とかじゃなくて対策を言いたがるんだよね、論理的で、頭いいんだよね、俺達」と見栄を張りたいがゆえに気付こうとしないなど色々あげられる。
そもそもこういう男女ネタでは大抵男の方がいいように書かれている。別に論理的と感情的は相反するものではそもそもないが、一般レベルだと相反する感じがするし、また論理的といったほうが「アタマイイ」感じがするので、一般的に「論理的」と言われたほうが嬉しいのである。今の時代は。だから男はこういった男女ネタを支持する。支持すれば、別段何が変わったわけでもないが、自分が男と言うだけで優れた気になれるからである。白人による黒人差別にはヨクナイ!なんていったりしてみても、日本人は欧米人より知能が上である、といった論説は案外「あーそうかもー」とかいって飲み込んでしまうのに似ている。要は都合がいいから信じるし、「俺もそう思ってた」「あるある」なんていってみたりするのだ。まあ、確かに、自分に都合のいい論というのは大変に甘い汁であって、「本当にそうか?」と突っぱねるのは結構勇気がいるものではあるのだが。
この言葉を聞いてぴんと来る人が、はてな界隈にどれだけいるんだろうか?
同人誌を捨てようと昔から同人誌をつっこんである箱をひっくり返したら、この冊子が入ってた。
とある文芸サークルさんが「文芸が売れないとお嘆きの人も多いですが、それならばがんばって宣伝してみようではありませんか」と多くの文芸サークルを巻き込んでの展示を含むイベントだった。
参加者が一つのお題に挑戦して短編小説を書く企画もあり、それが載った分厚い冊子も無料配布だった。
「文芸リローデット」をパラパラめくると売れない文芸サークルの叫びもあった。
このイベント後、参加した文芸サークルさんは売れるようになったのだろうか?
ラノベサークルは残っているらしいが、市販のラノベ仕様のアニメのようなイラストが表紙の本なら手に取ってくれるかららしい。
オリジナルも書いたこともある身としてはオリジナルの文芸サークルさんの状況も気になる。
「文芸リローデット」のその後を語れる人がいたら、ぜひご教授願いたい。
追記:「売れなくても書きたいから書く」というだけの主張ならいらない。
言われなくてもそうであることはわかっているから。
被害者にも問題があるという考え方を突き詰めていくと、加害者だけでなく必ず被害者側も悪いということになってしまいますが、そういう話ではないですよね?
どうして「必ず」になる? どれほど対策していたところで防げない例はあるだろう。厳重に宝石箱を守っていても重機で壁ごと破壊されてしまってはかなわない。対策と被害可能性とのコストバランスの問題もあるだろう。そこは否定していない(そう読める文がどこかにあった? なら謝るが)。そうではなく,被害者に落ち度が認められる場合について「被害者は悪くない」と主張することの是非を論じているんじゃないか。
多いかどうかはまったく述べていない。全ての事件において被害者側に帰責性があるとも言っていない。ただ被害者側がもっと注意していれば被害を防げた事例はあると思っている。全称命題と存在命題な。
じゃあどの程度なら「高くない」と思う? はてな界隈でこれが話題になったのはたしか,深夜2時に米兵2人に誘われて相手宅にあがったケースだったよね。これを差し控えることは被害者にとってそんなに高い負担だったか。
あのな。君たちは望んで「奪われる性」に生まれついたわけじゃない。可能なら性器をとってしまいたいと思う人もいるだろう。女だというだけでコスト負担を強いられる。その理不尽さには同情する。でも現実にその性を与えられている以上,対策は「すべき」なんだよ。
タイトル読んで、呼ばれた気がした。
そう感じた人、特にはてな界隈では凄く多いと思う。
「落ちぶれた高学歴の人へ」
2ちゃんねるとかはてなって、そういう「知的プライド」が高そうな
落ちこぼれ達が憂さを晴らしたり、はてな☆スターなどのちっちゃな
ちなみに「知的プライドが高い人」って俺の造語だけど、要するに
自分は頭がそこそこいい、っていうプライドを捨て切れない人のこと。
俺みたいにな。
そういうの結構いるし。
カンタンに言うと、次のようなことなんだと思う。
「学生時代の知人が各方面で活躍している話が聞こえて来る」
「同年代や同期入社のやつに、どんどん差をつけられている」
3つ目は、「容姿プライド」や「性的プライド」が高い人も入るかもしれない。
仕事の能力とか、恋愛の能力って、学力テストや外見の良さだけで計れるような
単純なものじゃないから、実践的な力が無い人はどんどん落ちぶれて行って、
ダメな理由もわからないんだよね。
小中高生の頃、やったじゃん。
50メートル走、ハンドボール投げ、反復横とび、握力、背筋力、肺活量などなど。
自慢じゃないけど、握力や背筋力は、柔道部の奴とかよりもあったし、
いや、ごめん。自慢だわ、これ。
でも、スポーツほとんど何もやってなかったんだよね。
すごい勧誘はされたんだけど、体育で赤点を取るくらい運動神経無かったし、
そこそこ頭が良ければ、素の力でもクリア出来るレベルなんだよね。
でも、その頭の良さって社会に出ても何の役にも立たない。
だからこそ、その力を十分に発揮した時には大成功をおさめる
同級生とかが多いわけだ。
でも基礎能力が高くても、スポーツテストと同じように、意味ないんだよね。
要領のよさとかコミュニケーション能力とのセットなら、活かせるんだろうけど、
知的プライドって言ったけど、肉体的プライドとか、容姿プライドとか、
基礎体力テストなら球界最強の点数が取れると言われる長島一茂とかは、
イチローを見て悔しがってるのかなあ。
超絶テクの加藤鷹とかでも、彼女に浮気されて別の男に寝取られたりとか、
あるんじゃないのかなあ。
美形タレントとかにも、見た目は格好いいのに恋愛で全然モテない奴、いそうだよね。
自分の能力が高いと思うたびに、プライドがくすぐられて気持ちいいのは
わかるけどさ、それって単なるオナニーだから。
それって、別に成功へのバネにもならないから。
むしろ、邪魔になってるから。
だって、自分が成功しない理由って、基礎能力以外のところにあるって、
もう気付いてるわけでしょ?
実際、基礎能力が高い人が集まる、高学歴の大学や大手企業の新卒には、
その基礎能力を十分に生かして、すごく成功している人がいるはず。
だから、みじめな気持ちになるのは、わかる。
エジソンの言う、99%の努力と1%のひらめき、って本当だと思うよ。
あれは、天才と呼ばれる人というのは、
いくら基礎能力が高くても、元手になる賭け金が高いというだけで、
この100倍っていう努力の倍率は変わらないんだと思うよ。
でも、なあ......。
今のはてな界隈は特定の人気ジャンルが過剰供給されてていささか食傷気味なのです。早く次のムーブメントが来ないかなぁなどと思ってしまう・・・・そのジャンルが好きな人にしてみればホッテントリを占めることにご満悦でしょうがこの現状が一年以上続いているように思えます。普通のJKはさすがに引いてますよ・・・
JKは有村知らないよ。
ホッテントリが酷すぎる。御三家と言われて久しい身内ネタ・disり・増田ネタがいまだに毎日のようにランキングをしめている。そこにサイエンスとハウトゥー物をはさんでだいたいTOP100が埋まる。
ここで問題定義
はっきり言って今のホッテントリからではJKが見たいと思うエントリが一つも見つからないのですよ・・・・このホッテントリが全てのはてなーにとって本当に面白いエントリ・素晴らしいエントリ順に並んでいるのかといえば甚だ疑問です。
もちろんオッサン臭の強い作品をただ否定しているわけではないのです。まなめたんのtwitterまとめはおもしろいと思うし、dis系エントリで気に入った意見は脳内語録に入れてたりする。増田はよくわからないのだけど、「彼氏が軽自動車に乗ってた。別れてぇ… 」という増田が作ったエントリだけはものすごく中毒性が高くて何度も何度も見てしまったりする。
だからといって全てのはてなーが増田やdisりや身内ネタといった特定のジャンルが好きなのか?と言えばそれはちょっと違うと思います。才能のあるクリエイターが作った作品だからこそ好きなのであり、皆が皆、特定のジャンルに愛情を持つわけではないのです。今のはてな界隈は特定の人気ジャンルが過剰供給されてていささか食傷気味なのです。早く次のムーブメントが来ないかなぁなどと思ってしまう・・・・そのジャンルが好きな人にしてみればホッテントリを占めることにご満悦でしょうがこの現状が一年以上続いているように思えます。普通のJKはさすがに引いてますよ・・・はてなーの方にわかりやすく例えるならば全てのランキングが一年以上、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろに占領されてるような感じでしょうか?てゆーかはてな界隈はこのままオッサン専用SBMサイトになってしまうのでしょうか?それならそれでいいのですが2ちゃんねるのようなあらゆるジャンルの人達が一箇所で共存できるような・・・それこそ日本を代表するようなサイトになると思っていた自分としてはいささか残念です。
JKはジャンルにこだわらずただただ面白いエントリが見たいのです。しかし今のホッテントリは特定の(主にインテリオッサン的な)ジャンルに占領されてしまい、JKがおもしろいと思うエントリを見つけるのが以前より困難になっています。
pya!とかはジャンルに囚われずいろんなものが正当に評価されているのですが、こんな感じにはならんのだろうか・・・・
関連エントリ数やブクマ数が低くてもおもしろいと思うエントリはあるはずです。しかしそれらはホッテントリの外に埋没してしまっていて発掘する手段がない・・・・タグ検索でブクマ数の少ない順に並べて偶然出会うこともありますが効率が悪すぎます。
人それぞれ面白いと思う感性は違うはずです。結局自分でなんとかするしかないのですけど運営のほうでも特定のジャンルに偏よらない・工作や支援を除外した上で「運営的おすすめエントリランキングTOP30」的なものを公表するとか考えて頂けたらと思うのだけど・・・・やっぱり無理かな。