2024-08-20

音楽自分

音楽。好きだったんだけどなー。主に聴く方。

でも最近は好きと言えるアーティストもわからなくなってしまった。

今でも音楽が好きな友人たちを思うとちょっと心がしんどくなる。あわよくば音楽と昔の関係に戻りたい。そんな悩み。

音楽聴くのは大学生頃までは好きだったと思う。ライブフェスも行く普通音楽好きだった。

でも「好き」になったアーティストは誰かが薦めていたものだけで、自分から見つけた人たちはいないのではないだろうか。

誰かの推薦があって、CDを借りて、歌詞カードを読み込みながら聴いて、「好き」とフィードバックする。それが自分音楽の全てだったように思う。

今は好きな音楽というものがわからない。実は良し悪しもわからない。

最近はもっぱら配信がメインになってしまったので、一曲一曲に対する思い入れも減ってしまった。

かつ周囲の音楽好きたちは広く浅く聴いているような人が多く、昔のように「このアルバム聴いて!」という紹介の仕方はなくなった。

結果、「好き」になれる人たちがいなくなってしまった。自分にとって良い音楽がわからなくなった。

Spotifyを立ち上げて視聴履歴からおすすめしてもらっても琴線に響かない。

新しいものに興味がなくなったら老化の可能性があるらしい。(本当にそうかも)

チャートの1位を聴いても、Youtubeで数百回しか再生されていない楽曲を聴いても、違いがよくわからない。

もちろん曲としての違いはあるのだが、どちらが良い・悪いのか?どっちが自分は好きか?を考えると答えが出なくなる。

一つ言えるのは、数百回再生のほうに感情移入しそうになるということ。

ヤツらは情報を食ってるんだ、というのはかの有名なラーメンハゲ芹沢さんの台詞である

自分はまさに「情報を聴いている」のかもしれないと思う。

チャート1位にあまり価値は感じない。それは自分にとっての特別ではないから。自分けが知っている何かがほしい、という気持ちがあるから再生数数百回のアーティストのほうが古参ぶれるのではないかライブに行けば感謝されるのではないか、向こうから特別だと思ってもらえるのではないか。とか。

上記は明確にそう思っているわけではないのだけど、自分のことだから心の底でそういう意識があって、それが「好き」「良い」に反映されている可能性もあると思う。

自分主語にして好き、嫌い、良い、悪い、が語れない。

底が浅い気がして情けない。

自分には推しという存在はないが、一方的に聴いているだけの側から個を見出してもらって、特別扱いされるようになったらさぞ気持ちよかろうと思う。

それが目的になってしまうことは怖くてやりたくないが。

と、いうように「良い……のか?」と感じた音楽でもいろいろ考えて好きとは言えないのではないかと思ってしまうのである

漫画は読んで面白かったら「好き」「良い」になる。自分なりに面白さは判断できる気がする。

音楽に関してはさっぱりわからない。漫画かに比べて好みが出すぎるから

要素が多いから?

メロディが好き、歌詞が好き、顔が好き、演奏技術がすごい、MVがきれい、単純に人として推したい、とか。

音楽を好きになるのは要素が多すぎる気がする。だからこそ好みは細分化する。と考えてみた。

自分に自信を持って好きなものを作る力が足りていないのかもしれない。

無理やりにでもこのアーティストが好き、と言ってみるのも1つの方法だろうか。

音楽に負い目のようなものを感じている、今の状態はできれば変えたいと思う。

一切の情報なしで音楽を聞いたときDeep Purpleギターリフはちゃんと格好良く聴こえるだろうか。

  • 音楽ファンって好きな音楽をアイデンティティにしてるよね 教養として音楽紹介本にのってる曲を順番に聞いてるだけの俺には全然分からない感覚だわ

  • ディープパープルは今聴いてもかっこいいやろがい。

記事への反応(ブックマークコメント)

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