2017-12-30

anond:20171230111228

面白い考え方だとは思ったけど、それ以上に言葉遊びというか、哲学遊びな気もするな。

マイナスは確実にあるが、もしかしたらプラスもある」より「確実にマイナスはない」のほうが合理的と言うけれど、

誰もが「限られた時間」や「あり得た未来」という代償を支払い続けて生きている以上、マイナスのない行為など存在しない訳で、

代償を恐れることは即ち生きることを、何もしないことも含めた全ての事象を恐れるに等しい訳で、

・車には交通事故という、他者権利侵害するマイナスがあるから倫理的廃止した方が合理的

インターネットはそれによる犯罪の誘発という、他者権利侵害するマイナスがあるから倫理的廃止した方が合理的

もっと言えば、

現代人は限られた資源一方的使い捨て、将来や発展途上国の人が活用する余地権利侵害しているか科学技術自体廃止した方が合理的

・限られた食物を消費することは他の誰かが食べられた食物を、特に貧困地域の人の生存権を奪う事に繋がるから生命活動廃止した方が合理的

なんて論法根本的な部分は変わらないと思う。

これが「出生」というセンシティブ大事適用されてるから、物凄く鋭敏に聞こえはするのだけれど、

世界色即是空プラスマイナス存在せず、苦痛存在しない楽園では快楽認知定義存在することはできず、

人の認識が生み出す虚構世界に対し、絶対的普遍的価値を見出そうとするが故の苦悩と言うか、

ある種の『悲劇のヒロイン症候群』的な思考遊びでしかない気がする。

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「出生による苦痛」を特別視して、且つその前提条件を割と当然のように語られる方が多い印象だったので追記。

これはもはや宗教的な話になってくるのだけれど、

何故、「生まれてくる前の世界が、苦痛認識存在しない“無”である」ことを当然のように前提にしているの?

例えば『六道輪廻』みたく、今より悪い世界から現世というより良い,より苦痛のない世界へ生まれ変われるという可能性は?

これは別に宗教論議をしたい訳ではなくて、現代科学では出生前も死後も“あること”も“ないこと”も分かっていない以上、

「出生前世界が無である」と信じるのは「出生前世界存在する」と信じることと根本的には同義でしょう。

もっとも、「子どもを産む以上、その責任覚悟を持とう」という“信仰”の話であるならば、個人的には良い教義だと思います

  • anond:20171230181025

    これな。この人の意見に対して元増田はどう考えているのか、ぜひ意見を聞きたいものだ。

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