「おい、うるさいぞ! 黙らせろ!」
どうやらミミセンよりも先に耐えられなくなった人間が出てきたようだ。
「はあ、やれやれ」
俺はため息を吐くと、そう言った。
確かに赤ん坊の泣き声は耳障りだが、怒ったところで泣き止むものでもないだろうに。
かといって、あんな大人に説教しても意味がないことも俺は知っている。
事態が余計に煩くなるだけだ。
俺が気になったのは、どちらかというとミミセンだ。
耳当てを押さえつけて、更に何かぶつぶつと呟いている。
「お、おい、大丈夫か」
極端すぎる行動に、俺も心配になる。
だが、そんな俺の声すら今のミミセンには届かない。
そして、とうとう耐え切れず他の車両に小走りで逃げてしまった。
赤ん坊の泣き声もそうだが、それに怒り狂う人の罵声、これもミミセンにとって聞くに堪えない雑音であったようだ。
それが同時に襲い掛かったことでミミセンのキャパシティがオーバーしてしまったのだろう。
俺は心配になって後を追うことにした。
「別に保護者ってわけでもないし、そんなことを俺に言う義理はないさ」
俺が追いついた時には、ミミセンも幾分か落ち着きを取り戻していた。
耳当ても外しており、俺の声を聞く程度の余裕はありそうだ。
「周りの音を気にしないよう、自分の声に意識を集中させていたんだ。最終手段だね」
俺は話を聞いてやることにした。
「僕、嫌なんだよ。赤ん坊の泣き声が。でも同じくらい、それで怒り狂う人間の声も嫌なんだ」
「まあ、それは何となく分かる」
「それでも何とか対処してきたのに……こんなにキツい状態になったのは久しぶりだよ」
「長く生きていけば、似たような状況には何度か遭遇するぞ。バスとかで移動すれば?」
「バスで遭遇する可能性だってある。それにバスはそれ以外の雑音が酷いし、他の車両に逃げることすらできない」
「自転車とかで移動するか?」
「耳栓をつけながらは危ないよ。僕の家から図書館までは距離が遠すぎるし」
俺の言っている程度のことは、耳にタコができるまでもなくやっているだろうからだ。
「音もそうだけどさ、それをツラいと思ってしまう自分の心が何より嫌なんだ。いつか自分も赤ん坊の声に怒り狂って、あんな風に忌み嫌う雑音の一員になってしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方がないんだ。でも、どうすればいいか分からないんだよ」
ミミセンはかなり参っているようだった。
それらに自分の体が帳尻を合わせられず、ギャップに苦しんでいる。
成熟していく過程で折り合いはつけられるものだが、ミミセンは早熟すぎて身体と精神のバランス感覚が狂ってしまった。
このままではミミセンは青い果実のまま腐り落ちるかもしれない。
荒療治が必要だ。
というか正直、こんなところでミミセンにまで泣かれたら俺が困る。
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