「ミミセン、あえて頭の悪い表現で言ってやる。お前は、自分が悪者になるのが嫌なんだ」
「そんなことは……いや、そうかもしれない」
ミミセンはしゃらくさい子だが、こういう所は妙に素直だ。
今回はそれを利用させてもらうことにした。
「それがダメだとは言わない。人間は大なり小なり、醜い部分を心の中に隠し持っている。なぜ隠して生きていこうとするか分かるか?」
「えーと……社会に順応するため」
また随分としゃらくさい言い方をするなあ。
「まあ、そうだ。だが自分の心が醜いからと目をそむけて、良い人間でいようとしても精神が磨耗するだけだ」
「それは分かるけど、だったらどうするの。あの人みたいに怒鳴り散らせばいいの?」
「そうじゃない。だがな、心の中だけでなら、お前を咎める者はお前以外に誰もいないんだ」
俺がミミセンに説けるような、具体的な答えは持ち合わせていない。
だが、良い人間でいようとすることは決して万能ではない、と説明するくらいは出来る。
「そうか……そうだったんだ。綺麗なところも、醜いところも含めて僕なんだ。僕の心は僕のものだ! ありがとう、マスダの兄ちゃん!」
本当にミミセンは賢いやつだな。
俺の意図するところさえ超えて、勝手にいい感じの解釈をしてくれる。
それから数日後、ミミセンはまるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしていた。
「どうしたミミセン。随分と調子がよさそうじゃないか。騒音問題は解決したのか?」
「まあ、解決ってほどではないけどね。今でも耳栓は必要だし。でも前みたいに心を乱されることはなくなったよ」
「聞きたいものだな」
「それを具体的に聞きたいんだが」
「この前、言ってただろ。『心の中だけでなら、お前を咎める者はお前以外に誰もいないんだ』って。説明してしまったら意味がなくなる」
根負けしたのか、バツが悪そうにミミセンは呟いた。
「……赤ん坊は人じゃない」
「……うん?」
「だから赤ん坊を人だと思わないようにしたんだ。同じ人間だと思って、対話や理解してもらうことが可能だとどこかでアテにしているから、自分ではどうにもならないことにまで嫌悪感が増す」
また随分と開き直ったな。
「あれだって同じ人間じゃない。感情的で、理屈が通じない。赤ん坊と一緒さ」
なるほど、そうきたか。
一応、話の筋は通っている。
「難しく考える必要はなかったんだ。何が好きで、何が嫌いで、何が良くて、何が悪いと思うかが重要なんじゃない。ただ“そういうもの”として受け流す」
これによってミミセンの嫌いな雑音ランキングは大きく変動した。
それは赤ん坊を泣き止ませることでもない。
赤ん坊の泣き声に怒り狂う者に、寛容さを説くことでもない。
ただただ受け流すことだった。
ミミセンはそれを、人を人とは思わないことで達成したのだ。
勿論、ミミセンの考え方は褒められるようなものではない。
だが、その実ミミセンは誰も脅かさず、極めて平穏に対処している。
「マスダの兄ちゃん、僕は悪い子かな……」
「ああ、そうだな悪い子だ。だが、悪いことはしていない」
「おい、うるさいぞ! 黙らせろ!」 どこからか野次が飛ぶ。 どうやらミミセンよりも先に耐えられなくなった人間が出てきたようだ。 「はあ、やれやれ」 俺はため息を吐くと、そ...
弟の友達には、常に耳栓をつけている子がいる。 仲間内でのコードネームはミミセン。 実に安直なネーミングだ。 なぜ普段から耳栓をつけているのか俺が尋ねたとき、彼は「この世...