2015-12-07

お義父さんとの論戦が白熱した

お義父さんが言うには今の若者は苦労を知らないという。

聞けばわたしに対してではなく、自分の息子に不満があるそうだ。

35を超えて結婚もしないし、彼女もいるのかわからない。仕事アルバイト収入が少しある程度で今後の生活の見込みが立たないという。

自分若い頃に苦労を経験しているからどんな問題も乗り越えられる。息子が結婚できないのは苦労を知らないから努力をしないのだそうだ。

普段なら聞き流しているところだが、この一言自分の中で何かのスイッチが入ったことがわかった。

息子さんが結婚しないのは苦労を知らないからではない。この家族という環境下で苦労をしているからできないのだ。

かつて自分も、家族のために生活犠牲にしていた時期があった。

「親を困らせるのは悪い息子」という呪いだ。

からいつも親元にいたし、親の行動を助けることが自分役割だと思っていた。

そのうち自分にも結婚の適齢期が訪れた。

当然、親は早く結婚して孫を見せろと言うようになってきた。

それがはじめの違和感だった。

「親のために生活犠牲にしていたのに、どうやって結婚相手を探せというのか。」ということだ。

しかしそれでも結婚をすることに一理を見出し自分は、それなりに婚活というものを始めた。

それまで仕事と家のことばかりに大半の時間をつかっていた生活から、古い知人との連絡を再開し人との交流時間をあてがうことにしたのだ。

思えば、仕事と家に挟まれていた頃の自分は少しずつ気を病みはじめていたのだろう。

そうして外との交流を始めた自分は、少しずつ精神健全状態回復し始めることがわかった。

そんな矢先、知人と外出した先にかかってきた母親からの一本の電話で決定的に何かが壊れたのがわかった。

留守番電話にはこう吹きこまれていた。

「このままではわたし破産する。なんとかしてくれ」

うちは貧乏なわけではない。兄弟から仕送りもあるし、自分もしっかりと生活費を納めていた。人並み以上の生活は送れていたはずなのだ

それなのにわたしに投げかけられた言葉は「破産」だった。

「少し助けて欲しい」「生活費を工面して欲しい」ではない。

母親意図的に「破産」という言葉を使ったのだ。

親思いで聞き分けの良い子供を、効果的に縛り付けるために「母親破産するのはお前の努力がたりないからだ」という裏の意味を込めて投げかけてきたのだ。

同行していた友人に別れを告げ、その足で家に帰ると居間で兄と食事中だった母親の前で財布に入ったお札全てをテーブルに叩きつけた。

その姿を見た兄は、「お前は何をしているのだ!」顔を真赤にしてわたしの行動を叱りつけるように怒鳴った。

その言葉を聞いて、わたしは兄もすっかりダメになっていたのだと悟った。

記憶があまり定かではないが、わたしはその時床の上でもんどりをうってしばらく何かを叫び続けていたと思う。

その姿と、それに対して何も説明せずに鳴き始める母親を見て流石に兄も何かを察したのか、その後何かに口を挟むことはなかった。

あの時母親は罪を認める言葉を発したのだろうか。それすらも定かではないが、あの時を境に、自分家族のために何かを犠牲にすることはやめた。

親が困っていればどうにかして助けるのが正しいことだと信じてきたが、それは嘘だ。

親はこの先死んでいくもの。つまり過去になっていくものなのだわたし犠牲になるべきは過去ではなく未来だ。

そう思えてからは、自分母親家族という呪縛から開放されいくことがわかった。

自分は運良く、それから程なくして結婚し、子供にもすぐ恵まれた。

そんな自分から息子に対して結婚するように説得して欲しいというのがこの話の始まりだったのだが冗談ではない。

どうしてそんな父親の味方につけるというのだ。

話は戻るが、息子さんは苦労をしていないわけではない。

いつも家にいて小うるさいことを言われながらも両親や兄弟仕事の手伝いをしているのだ。

確かに昔のように、争いごとや病気事故など命に直結するような苦労は減っただろう。

しかし、逆を返せば今は死ねないのだ。

死ねない中で、様々な問題を解決し続けなくてはならないのだ。

生き残れば勝者とも言える時代とは違い、戦うことも負けることも許されない世の中を生きている。

それが苦労でなくしてなんと呼べというのか。

息子が結婚しない原因が自分にあることなんて、この父親はこの先の人生をかけてもたどり着くことができないのだろう。

願わくば息子さんには、自らの力でその事実に気づいてもらいたい。

親が老いてこの世を去るのは自然の摂理なのだ介護も大概に、自らの未来の為に限られた苦労のリソースを割いてもらいたいものだ。

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