2013-03-11

友人が死んだ。中学生の頃の同級生だった。

友人が死んだ。中学生の頃の同級生だった。

昨日の夜、通夜に出席してきた。あと30分程で彼の葬儀が始まる。

でも、僕は葬儀には出席しない。広島から東京へ帰る新幹線の中でこれを書いている。

通夜にはたくさんの人が出席していた。

式場には車で向かったのだけれど、駐車場が一杯なので申し訳ないが近隣の駐車場を利用してくれと誘導員に言われた。

お経が終わっても、焼香を行う人の列が残っていたのは初めてだと、坊主は言っていた。

中学時代同級生がたくさんいたし、おそらくは友人であろう同年代と思しき若い人達も多く見かけた。

本当に、本当にたくさんの人が、彼の死を悲しんで集まっていた。

けれど、その中の誰一人として、彼の自殺を止めることはできなかった。

きちんと誰かに確認をとったわけではないので、もしかしたら違うのかもしれない。

最初に連絡をもらったときメールには、

仕事に出て来なかったのを不審に思った同僚が彼の家を尋ねると亡くなっていたらしい、と書いてあった。

喪主である父親の挨拶の中には「事故」という単語も「病気」という単語も含まれていなかった。

まりはそういうことなのだろう。

彼は、自らの意思でその人生を終えた。何が彼をそうさせたかは分からない。

中学時代はそれなりに仲良くしていたが、卒業ほとんど彼と交流はなかった。

最後に会ったのは確か大学二年か三年のときで、そのときの話だと彼は短大を出てもう働いていた。彼女がいるとも言っていた。

そしてそれから数年。中学卒業してからほぼ10年。きっと、色んなことがあっただろう。

色んな人と出会って、色んな出来事を経験して、色んな苦悩があったのだろう。

でも、僕には分からない。彼の中学卒業後の人生を、俺は殆ど全くといって良いほど知らない。

お経が終わって、坊主説教が始まった。

坊主は彼の父親の知り合いのようだった。

万人向けで形式ばった、という感じのない、人間味を感じさせる説教だったと思う。

説教を聞いて鼻を啜る人達もたくさんいた。

けれど、僕は涙を流すことが出来なかった。

自分には彼のために涙を流す資格はないと思った。

自殺した人間に、この世での全ての人間関係を自ら断った人間を前に、自分はあまりにも無力だと感じていた。

彼の遺影を眺めながら、僕はただ、悲しい気持ちで途方に暮れて、そして、周りの人間に怒っていた。

親族や彼の父親の関係者以外の、彼自身の友人として参列した、自分を含めた全ての人間に怒っていた。

お前たちは何に泣いている?彼の死に対してか?だとしたらそれは間違いだ。

泣くな。彼は望んで死んだのだ。

例えどんな価値観を持って生きていようとも、自殺なんての簡単にできることじゃない。

彼はそれを行った。彼の胸中は想像を絶する凄惨ものになっていたはずだ。

その彼の亡骸を前にして、ただもう会えなくて悲しいなどと泣くのは間違っている。

彼はそれを選んだ。お前達にもう会えなくなって構わないと、彼は決めたのだ。

お前達の中には、僕を含む誰一人として

「あの人に二度と会えなくなるのは嫌だな。やっぱり死ぬの辞めようかな」

と、彼にそう思わせる人間はいなかったのだ。

そんな奴らに彼の死を悲しむ資格はあるのか?

お前達が涙を流すとすれば、彼の自殺を引き止められなかった、自身の不甲斐なさに泣くべきだ。

彼は死にたいと願ったのだ。自らの手で決行しなければならないほど強く。

ここにいる人間は誰一人としてそれを止められなかった。

そんなことを思っていたので、久しぶりに会う人間も沢山いたが彼らとは殆ど話をすることもせず、

通夜が終わると早々に逃げるように式場をあとにした。

あの場で歯を見せて笑う人間達の顔など見たくもなかったし、

久しぶりに会った友人達と、歯を見せて愛想笑いをしそうな自分が何より嫌だった。

名古屋を出てしばらく経ち、時刻は13時半を回っている。

まだ、葬儀は終わってない時間だろうか。もしかしたら、もう火葬場かもしれない。

通夜ときに会った同級生の一人が、一緒に火葬場まで行ってやろうと、他の同級生に声をかけて回っていた。

平日の昼間にも関わらず、葬儀に出席して火葬場まで付いて行く人間が何人いたのだろうか。

そしてその中に一人でも、彼の死を思い留めさせることができる人間はいなかったのだろうか。

そんなことも少しだけ思ったが、葬儀にさえ出席していない僕にはそんなことを言う資格はないなと思い直した。

僕はせめて、彼のことを覚えておこうと思う。

この稚拙な文章を、書いて残しておこうと思う。

僕の人生中学時代の3年間だけ交流があった、

背が低くて、でも走るのが早い、野球部の、

明るくて、人を笑わせたり茶化したりするのが得意な、

修学旅行で一緒に京都神戸の街をまわった、

休みにみんなと一緒にサッカーをした、

スマブラ三國無双が上手かった、

25歳で自殺した彼のことを。

お前の人生において対して役に立つ人間でなくてごめんな。

でも、俺はお前のこときっと忘れないよ。

ありがとう。そして25年間本当にお疲れ様ゆっくり休んでください。さようなら

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