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2016-08-11

シンゴジラをつくった人、人間ドラマなんて興味ないんじゃないか

昔、淀川長治が、マルクス兄弟について、「映画コメディではなく、舞台コメディ」っていったけど、「シンゴジラ」も映画である前に、シミュレーション映像化。この監督が撮ろうとしているのは、「ゴジラ」という生物が出現したとき対抗措置として作動するメカニズム人間ドラマとか、入る余地はないよ。

戦車ミサイルだけではなく、大型未確認生物日本上陸という非常事態対処する官邸を中心とした官僚組織メカ(機構)として扱われる。テロップはいる「内閣官房副長官秘書官」という肩書と「こんごう型護衛艦きりしま」」という艦名は、その機能を現すうえで等価であるということ。劇中、ヒロイックな面もあるけど「内閣官房副長官」がたまたま矢口」という人物だったのであって、「矢口」という人物の固有性は、ここでは意味を持たない。そこで俳優が演じるのは、固有の人物ではなくて、出世欲も含めて、その役職についている人物の類型を出ないが、それがシミュレーションを超えて「映画であるうえで問題とも思えない。

ストーリーを進めるにあたり、言葉説明し過ぎるのがこの映画欠点だけど、前述した理由からストーリーの展開上、あまり大事ではない演者の振る舞いやセリフこそ、見るべき。市川実日子のあまり感情を見せないが、ないわけではない理系女子もっさり感。高橋一生の一流大学院-研究機関と等質な環境で馬齢を重ねた人間特有のいい歳をしたおとこ学生気分の抜けなさ加減。ピエール瀧の、市川とはまた違った感情を表に出さない鈍重な顔をはじめ、自衛官役おしなべての顔の良さ。アメリカからの通告を聞くシーンで、撚れて「かっこ悪い」竹之内豊のかっこよさ、等。

映画として、大傑作かと言われると疑問だけど、自衛隊官邸組織について詳しく調べて、特撮映画としての「ゴジラ」に喰らいついてくるオタクマニアが何を好むか、よく考えている。

あらゆる映画は、ジャンル映画であり、個々のジャンル映画は、固有の観客層を持つ。結局、大ヒット作もコアとなる観客層にターゲットを絞って、それを土台に観客を増やしていくほかないと思うのだが、テレビドラマをそのまま映画館スクリーンに映しただけで、そのドラマファン映画館に来た一時期のバブルのせいでそれが忘れられていたのではないか、と思った。ただ、そんななかても、固有の観客層に向きあう映画もあり成功事例もいくつかあった。今回はそのなかでも評判がひときわよかったものではないか。実際、小説マンガ映画化の際、原作念頭において見にくる客を当てこんでいるはずなのに、原作も読まずに撮っている監督いるからね。それなら、はじめからオリジナル脚本で創ればいいのにね。いったい誰が見るのかさえ考えずに、作っているとしか思えない映画が多いなかで、いい映画だと思うが、この規模での成功を納める後続する作品が出てくるのかな、とも思う。

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無料で見られるテレビですら視聴率を稼げないのに、身内でウケたちゃちなアイディアをもとにして金のとれる映画をつくろうとする無謀なテレビ屋。制作委員会に名をつらね、誰でも思いつきそうな注文を並べるだけで、金を抜こうとする広告代理店うすい内容をさら前後編に分けて薄めてしまおうとする映画会社。本編とはまるで関係のない歌詞のサビを大音量で歌いあげる予告編。練りこみが足りず、登場人物性格破たん者にしかみえないばかりでなく、物語自体も前半と終わりで話のつじつまがあわない脚本。そこそこ良質な映画でも、評判の立ち方が気に食わないとワースト映画に挙げたがるポーズだけの評論家

矢口蘭堂の目のまえに、がれきの山が拡がっていた。遠い昔であるが、ハリウッドに次ぐ映画大国であったこの国が、いまでは見る影もなかった。

日本映画は、まだまだいけるぞ!」つぶやく矢口の声に力はなく、目はうつろだった。

 
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