はてなキーワード: フリーターとは
今まで増田で50本くらいの記事を書いてきた。
煽りのための一行記事もあれば、結構真面目に考えた20~30行近い記事もある。
たいていの記事に対して、はてブはせいぜい0~2個、まれに3~5個つく程度だった。
はてブの数はそれほど気にしていなかった。
0~5個の違いなんて誤差でしかないし、ある時期は手当たり次第に、はてブをつけるボットのようなものすらあった。
そんな中、ある記事が30個近くはてブを付けられた。
自分はこんなことに感動を覚える、一般人だったんだという落胆。
普段、
「ネトウヨも下らない」
「サヨクも下らない」
「政治家も下らない」
「公務員も下らない」
「社畜も下らない」
「フリーターも下らない」
「一般大衆なんて下らない」
と、さんざん世間というものを見下してきた自分。
そんな自分がたった30人ばかりの人間に注目されただけで、舞い上がってしまったのだ。
普段あれだけ斜にかまえていた自分の本質はこんなに薄っぺらいものだったのだ。
ああ、自己嫌悪。
http://anond.hatelabo.jp/20100624155055
でも、元が言いたかったのは、フリーターというより、プロの自由業、フリーランサーって意味でしょ。
高校行かないで自由業で自立してる人は、なかなかいないだろうけどね。
横ですがなにか。
http://anond.hatelabo.jp/20100624154158
元フリータとして、フリータ問題の専門家として評論で生計を立てるということですねわかります。
たとえば赤木智弘さんのようになるということですねわかります。
ちょっと気になったんで。
今、中2だが、高校には行きたいらしい。中学は行く気はないが、高校は行きたいと。
それって、具体的に考えているのかな?
高校で何をしたいのか、って。
それとも中学は行きたくなかった(行けなかった)代わりに、高校は行きたい、って
単なる漠然とした話?
高校は「行く事を選ぶもの」だ。
それは単純に「高校に行く」じゃなくて、
人によって全然意味も理由も違うはず。
勿論何も考えずに進学してる子も多いと思うけど
そこを考えれるかで、高校入学だけじゃなくて、その数年先が全然違うと思うんだよ。
それは高校じゃなくてもいい、って結論になるかもしれない。
ただ「行きたい」だけなら、すごくレベルの低い高校や専門校を選ぶべきかもしれない。
夜間という選択もある。
本当に高校に行きたいのか?という事も含めて、
一度じっくり話してみるべきじゃないかな。
行ける行けないは別問題としてね。
実力もないのに受かるはずがない、続かない、とか、金が…とか考えちゃダメだよ。
あくまで何がしたいか、ってレベルまでで考えてみる。
ちょっと言葉は厳しいけどそれは現実的でもない甘えや逃げでしかないわけで
ダメ元でいいや、って気持ちがあるならまだしも
二度目の挫折は避けたい、って思っているなら余計に真剣に取り組むべきだと思う。
余談だけど大学生でさえ「なんで働かなくちゃいけないの?」って感覚の子供が少なくないらしい。
「生活するためには働く必要がある」って大前提さえ理解していれば
働くの面倒だな、でも、どうせ働かなきゃいけないなら好きなこと/楽なことにしたいな、って思えるはずなんだよね。
高校選択はその第一歩だと思う。
でも将来っていうか老後が心配すぎて仕事を辞める勇気なんてない。
と、書くととんでもないブラック企業で働いてると思われるかもしれないけど、
2,000人規模の企業に就職。残業も多かったけどその分給料ももらってきた。
ということで今は公務員6年目の若手として色々と仕事を任せられてる。
そのはずなんだけど、毎日毎日、職場に行くのが嫌でしかたがない。
別にパワハラとかがある訳でもないのに、朝起きると緊張で鳩尾のあたりが痛い。
足がすくむ。それでも何とか毎日出勤してる。
理由は分からないけど、とにかく仕事が嫌でしかたがない。
なんでだろう、なんでだろうこんなに仕事が辛いんだろう。
みんなこんなに辛いのに働いてるのかな。
それとも俺だけ?俺が社会に不適合なだけなのかな?
ニートとかフリーターやってる人は、将来に対する不安をどう処理してるんだろう。
自分はどんなに仕事が辛くても、将来に対する不安が強すぎて、正社員であることやめれない。
度胸がないというか心配症というか。
多分ニートだろうがフリーターだろうが、生きて行くだけなら何とかなるはずなのに。
http://twitter.com/NaokiTakahashi/status/16132083256
これのぶくまみて思ったが、いつもは反差別的なこと言ってる人でもアニメアイコンにレイシストや馬鹿の比率が高いのが事実であれば、嘲笑して当然っていう意識の人が多いんだな。「外国人のほうが犯罪者率が高い」「女性のほうが離職率が高い」というのが統計的に事実であれば、同じ仕事で賃金が違っても合理的な区別であって差別じゃないという価値観とどの程度差異があるのやら。まあこういうことを言うと「性別や人種は先天的なものだから云々」というお決まりのせりふを言うのだろうな。つまり後天的に選んだ宗教や支持政党や職業や居住地でなら、同一労働別賃金であっても合理的な区別であって差別ではないと。宗教差別や職業差別の存在など認めないということなのだろう。こういう考え方からすれば自民党支持者や創価学会員を嘲笑するのも当然のことながら、アニメを趣味とするものの中にこれらの比率が高ければ、お宅丸ごと馬鹿にしてもいいじゃんということなんだろう。ただ自公政権を批判したいからイメージの悪そうなおたくを持ち出してるような気がしないでもないが。こういう事言うと、小泉を朝鮮人認定、その支持者をフリーター認定する人みたいな感じで「いや俺はフリーターor朝鮮人orおたくを差別するつもりはないよ、フリーターor朝鮮人orおたく認定されて差別だと思う人のほうが差別意識持ってんじゃね?」みたいな切り返しをするんだろうけどね。余談だが、こういう人はなぜかB層をフリーターやニートの若者のことだと思ってるのが多い。もとのプレゼン資料では老人・主婦のことだったのに、いつの間にか摩り替わってる。自民党に投票したのは2000万前後いるわけだからどう考えてもお宅やワープアの若者だけでそこまで集まるわけないのになぜか若者批判だけをする。小泉改革を支持した中高年正社員や専業主婦や高齢者へ矛先を向けないのはなぜなんだろうか。周りにいる支持者を面と向かって批判できないから、ネットでこそこそ反論してこなさそうな貧乏人やオタクを叩いてるんじゃないかと思えてならない。
利付き(年利14%)の借金が500万。
一括で全額返せばキャッシュバックがあるからどうしたという感じだ。
そんな金がどこから降ってくるという話だけども、500万もまとまった金があったら、奨学金より先に年利14%の借金返済じゃん。
稼ぎ=全額遊ぶ金
の実家暮らしフリーターと違って、家賃も食費も税金も社会保険も500万から出てくわけだろ。
20代で灰色の生活を抜けようと思ったら1000万稼がないとならないわけ。
20代で1000万稼ごうと思ったら、歩合制の仕事じゃないとまずない。
それで才能があればなんとかなる。
なったからって、うまくやれるとは限らない。
やっぱり無難に30代中盤まで耐えるのが一番だよ。
こういうフリーターカップルってすごい幸せそうなカップルに思えるし憧れる
この4月から、派遣の人たちは契約を解除され非常勤社員という扱いになった。
正社員と違うのは時給制ということ。
つまりアルバイト扱い。
20代前半から30歳も後半までかなり年齢の幅は広い。
30代で時給生活は自分だったら耐えられない。
といっても、実家暮らしはまだいい。
フラフラとたまにパチンコで息抜きしてる話を聞くと、危機感のなさにあぜんとする。
別れて一人暮らしするほどの収入はなく、かといって実家から通える職場でもなく。
ただただ生活のために寄り添い、歳をとるようだ。
もうすぐカップルで30代だ。
例えば部活とか会社とか一度自分で決めたものを辞めるってことに対して世間の風当たりは強い。風当たりが強いだけに辞める本人も罪悪感、自己嫌悪、情けなさを感じて疲弊してボロボロになって辞める。逃げる奴は逃げる事を繰り返す。いつまでたっても充実感のない人生になる。組織に属しているといつも自己嫌悪に苛まれている。そんな俺の人生を俺を例に俺が全力で無理矢理肯定してみる。
俺は子供の頃から何をやっても続かない子だった。運動音痴のくせにすぐにいろんなスポーツに手を出す。しばらくたって辞める。これの繰り返しだった。勉強も特に結果を出せず、特に興味のある学問もなく、ただだらだらと塾へ通い、惰性で中途半端に勉強しては平均点くらいで留まる奴だった。高校ではついに勉強すらもあきらめ退学しフリーターになりバイトを半年周期くらいで転々とし金が貯まっては2ヶ月くらいNEETになり、また求人広告を探し始めるといった毎日だった。時間ができればパチスロばかりやっていた。本当に何をやっても続かなく目標のかけらもない10代だった。
20代にさしかかっても明確な目標なんか見えてなかったがてとにかく一念発起一発逆転しなければならないと強く思い、極道の妻から弁護士になった人の本を読みモチベーションを高め、とにかくバイトの求人広告で一番時給の高いプログラマとかSEなるバイトが割がいいということで素人でも簡単に取れそうな MicrosoftのWord,Excel,Accessの資格をとってデータ入力のバイトを得てそこの社内公募から技術部へ入ってLinuxとか触らせてもらって合間に自主勉強して大学に行き、大学院に行き、就職し、就職先を1年ちょいしか経っていないが今度会社を辞める俺がいる。せっかくどん底から這い上がり社会のレールに乗ったにも関わらず俺は今回もまた例の長続きしない根性を朽ち果てさせる悪い虫が再び心の中に現れて、先輩社員からの白い目、裏切り者のレッテル、根性無しの烙印を押されるのにも関わらず今まさに退職の意思を伝えようとしている。世間が見ればどう見ても俺が初心を貫徹できない根性の無いクズであることは明らかだ。
ただ何でもすぐ辞めるには訳がある。勝手な意見を100も承知で言うが、全ては衝動だ。次への衝動が湧く、影響を受けやすい、常に変わりたい、新しいものを見たい、自分を変えたい、そのために生きている。明日に向かって全力疾走で走る何かが欲しい、10代に散々味わった惰性はもう十分だし惰性で生きていくくらいなら死ぬ、先が見えることをこれから何十年も会社でやり続けることは拷問に近いとすら感じた。自分は人から与えられた枠組みの中にじっとしていることはできない、いやどうせ辞めたくなるのだから迷惑がかかる、いつも申し訳ないほどに。自分でやるしかない、俺らみたいな人種はおそらく社会の中でクズ扱いされてボロボロになっているだろうが俺らみたいな社会のクズはクズなりに起業なり起業なり起業をしなければならない。野垂れ死んでも起業しなければならない。自分で考えた会社の枠組みの上でジタバタジタバタ新しいものを追いかけ回してひたすら技を磨いてADHDらしい発想で直感的に発想してモノをサービスを付加価値を創っていかなければならない。はっきり言って俺らのような人種は挑戦する回数と行動と瞬発力は並大抵のものじゃない(長続きしないのは致命的だがうまく管理してくれる相方がいればよい)。失敗ばかりでお金も全然貯まってないけれど、これまでの人生を急ハンドル切ってきた回数、独学の瞬発力とノウハウ、社会の底辺で味わった修羅場の回数、地を這い回り泥をすすって生きてきた人生経験に起業というフィールドでは勝るものはないはずだ。今ここでやらずにいつやる。
辞めるという事は決して負けることではないはずだ。会社に関していえば、労働契約である以上双方のメリットがなくなれば契約は解消される。俺は申し訳ないが辞めさせてもらう。先輩方には本当に感謝しているが辞めさせて下さい。完全に完膚なきまでに組織に従属し自分の頭でモノが考えられないことに、規律や空気に徹底的に従うことにもう疲れ果てた。5年経ったらとりあえず1人前になれるから5年は我慢って言われて、この俺のゴミクズのような人生模様からそれは完全に無理ってことをわかって下さい。それよりももっと自分の頭にあるワクワクすることを死ぬ気で追いかけて自分の人生をおもいっきり泣きながらもがき苦しんで生きていく。家族は飢えさせやしない、切羽詰まったらバイトだって何だってやる、俺はいつ死んでも構わない、ただ全力で泣きながら走らせてくれ。
辞めるってことは、俺の理想に向かう全力疾走のプロセスにただ「辞める」があっただけだ。いくつもの出会いや別れを越えてようやく俺は自分のフィールドに立とうとしている。遺伝的アルゴリズムのように評価値の高い広範囲なフィールドを確率的にうろうろうろうろ学習しながら探索した結果、探し当てた一山に今一気呵成に鬼神のごとく局所探索をかけようとしている。この山にこれから登り続けるかもしれないし、もしかしたらまた辞めて他の山を探索しにかかるかもしれない。いつまでたってもダメな奴かもしれないがいつまでたってもジタバタ走り回るバカでいさせてほしい。そんな人生をただ自分だけは肯定し受け入れて胸にしまい込んで一瞬一瞬を全力疾走で駆け抜けたい。
俺は俺の人生を100%無理矢理自分を騙して騙して嘔吐しそうになりながら何とか肯定する。本当はクズなことはわかっている。
ただそうやって生きていくしかできない俺を俺が肯定しないでどうするんだ。
まずは自己紹介のようなものを。
おっとそこのあなた、こんな自己紹介の時点で何か色眼鏡かけてないですか?
これが普通のことだと思うからこそ、今日はこんな記事を書いてみようと思ったのです。
きのう大学の後輩と飲んでいて、その子とは大学を卒業して以来会うのは初めてだった。
そこで話題は自然と、とりあえず僕が大学を卒業して良かったとか、この先はどうなってるのかとかいう話になった。
とはいえ、こういうとき僕に気をつかって、というか色々変なものを引き出しても面倒だし、
その辺のことについてあまり触れないでいてくれる人もいるんだけど、
この後輩はとても素直な感じかつ気をつかってくれる子で、わりと率直に聞いてくれた。
曰く、
「世間体というものは気にならなかった(ならない)んですか?」
「自分は世間体の方が重いから、留年しそうだったけど正規ルートを進みました」
ものすごく単純に答えられる筈の質問(意見)なのに、僕は答えに窮してしまった。
なぜなら、それは僕がずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと考えてきたことだから。
僕は世間体が気になるし、その重さをとてつもなく感じている。
ただ、その重さをバネに留年を回避しようと頑張れなかっただけだ。2年も。そして今も。
何が辛いかって、実際の世間の風当たりが強いとかいう以前からして辛い。(実際問題もあるけど、それとは別に)
世間の風当たりが強いと思い込んでいる自分との戦いが、まず辛い。(まず、ね。まず)
そんな思いこみ(でない場合も多々あるけど)はどこから来るのかというと、自分だ。
自分が人を見るとき、いかに世間体というフィルターでもって人を見ているか、
浪人した人、留年した人、ニート、フリーター、ワープア、ホームレス、
こういった人たちを見てきた眼差しがまるっと自分に返ってくる。
そうした眼差しは、自分が内面化した様々な価値観の底とか横のあたりにべっちょりと付いてる。
だから、いざ自分がアウトローに、当事者になってみないと、その眼差しの意味に気づくのは難しいのかも知れない。
さらに、当事者になったところで、その眼差しを捨てられるわけでもない。
僕が「世間体」で悩んでしまうのは、まったくこのためだ。
したがって、後輩の質問と意見は、殆どそのとおりに僕も思っていることなのだった。
それなのに、どうしてそう即座に答えられないのかといえば、
それは、ただ単に、僕がずぼらだから。根本的にはそう。
ものごとを勘案して動ける人に対して、動けないずぼらな僕が、伝えられる言葉がないから。
だがそれだけでもない。
やっぱり、どこかに「この扱いは不当だ」という意識がある。
「なぜ人一倍世間体を気にする自分が、世間体を振りかざす人に説教されねばならぬのだ」という気持ちがある。
これは、後輩の質問に説教の要素を感じたということではなくて、これまでに蓄積してきたもの。
この積もる怒りに同意して欲しいという気持ちが邪魔をして、「自分も世間体を気にしている」と簡単に言うことを阻んでしまう。
だから?、ついでに僕は「世間体」に同意していないことまでをも表明してしまう。
なんともややこしい奴である。
そんなわけで、僕自身は世間体というものの扱いには大変困っている。
しかし、同意しないことを貫くという考え方はちょっといい感じがしている。それが標題につながる。
たとえば、いつまでたっても親に養われ続けることを阻むものは何かと考えたとき、それは世間体なんじゃないかと思う。
現実問題として、働いた方がいいとか、将来困るとか、そういう話はわかる。それは社会全体で解決していけばいい。
しかしニートとかワープアの無縁死とか見てると、これは上でしてきたような話と関係してくるように思える。
つまり、素直な後輩が語ったように、普通の人は世間体を気にして人生のある程度を決めていく。
それができる人はいいが、世間体を気にしてもしょうがない人が気にする視線に同意して人生を決めるから、問題が起きるのではないか。
ただ、それはタイトルのような主張とは結びつかない。
タイトルの含意は、世間体の内容を新しく決めようとしてるだけだから。
こうした世間体であれば僕も気にしなくて済むから大丈夫、という話をしたいわけではない。
僕が言いたいのは、世間体は気になるけど、そんな視線に軽々しく同意して人生を決めるべきじゃないっていう単純なこと。
僕は大学留年時に親の援助をわざわざ一切絶ったけれど、何もいいことはなかった。
「いや、でも偉い」と思ってくれた人は、少し思いを馳せてもいいかもしれない。
その言葉が、僕のような者に届くとき、援助を受ける人に届くとき、どう響くのかということに。
マクロ分析無視すんじゃねーボケ。おまえの過去の話は全く関係ねーんだよ。
若者の就業率、年収、その他ありとあらゆる面で低下してるだろうが。
そもそも、この先正社員として雇ってもらえる保障がある若者が4割程度しかいない状況で
そんなクソ分析役立つかボケ。
若者がその時代の中で相対的に恵まれない、というのは同意できる。
だが、今の若者は世代差を越えてしかも未来永劫に向かって永久に恵まれないんだよ。
今職につけなくて、あるいは派遣やってて、あるいはフリーターで生きてる奴。
そいつらは例外なく人生終わってる。そういう時代。
消費なんか出来るわけねーだろ。
本社という名のマンションで数人の売れ残りと共に研修と名のインターネットをしている
会社が不況ということで給料からは3割引かれさらに上記の助成金でさらに減っている
業種はプログラマーといいたいところだが半年程度の実務しかやったことがない、あとはデータ入力だのテストだの簡単なものばかり
パソコンは好きだが正直プログラムだのsqlだのといったことは楽しくもなんともない、それでプログラマーだと名乗れるのだろうか?
そんな自分がプログラマーという業種に憧れてIT系中小企業に入った
今は仕事がない、あるにはあるのだがなかなか決まらないし決まっても1,2ヶ月程度のものが多い
自分は勉強があまり出来なくてゲームやアニメにはまっていった駄目人間である
家から1時間半も掛かる頭の悪い高校に行き周りの影響を受けアニメ絵を描き始めたりして将来ギャルゲー原画家になりたいとも思っていた
周りの知り合いもゲーム業界やらアニメ業界に憧れている者が多い
そんな未来のビジョンを思い描いていたのだが親に断固反対されIT系の専門に入っていった
今現在でゲームアニメ業界に憧れ進んでいった知り合いは皆フリーターやニートである、その点では正直ホッしているところがある
誰でも少し勉強すれば取れそうな簡単な資格を取り、プログラムもちゃんとしたものを組めるほどにもならず卒業していった
どうしてこうなってしまったのか、なぜこんなにも勉強が出来ないのかと自分に腹が立つこともある
塾に行っても成果が上がらず、家庭教師を呼んでも成果が上がらず金の無駄に他ならない
正直のところ興味がないのだ、オタクの典型的な興味あるものしかやらない、楽しいことしかしない
リセットボタンがあるならば自分は押す、それがまた日本人に生まれるという条件で
現時点でもう負け組、今の生活も将来を考えなければ楽で楽しいのだがこれでは将来完全なる負け組人生を送るだろう
もう少し遅くに生まれてくればちゃんとした人生を送れたかもしれない
こんなにも甘やかして育てた親に多少の恨みつつ、ここまで育ててと感謝したい
正確には、起業とはいえないんだけどさ。読む人が読むとわかっちゃう確立高いけど、まあ、バレても俺が恥をかくだけなので。いざとなったら、知らんぷりすればいいかな。
僕の前職は、アメリカの某社の仕事だった。その会社自身がフリーダムすぎる社風で、上司に恵まれてすごい楽しかったし、自分も思った事を実行する事が実績になるという状態だった。でも、リーマンショックで一部人員削減、上司にはvery high qualityと評価されつつ、首切りにあった。
そんで、日本で就職活動をするものの、フリーダムな感じが抜けきれず、数ヶ月経っても決まらないままだったので、「一人で仕事する環境を作るしかないのかな」と思って、意に染まぬまま独立するという感じになった。それを知人に伝えたところ、ある人を紹介された。その人は一流企業の営業を長く勤めた人で、その会社が嫌になって先日辞めたという人。
で、その人と一緒に活動するものの、半年以上経っても一円にもならず。最後には別れて、今俺はフリーター。貯金なんかとっくになくって、借金で食べている。月いくらという返済に追われ、余裕なんか全くない状態。
細かく書くと問題もあるので、ここで得られた教訓(?)をいくつかピックアップする。
失敗の最大の原因は泥臭い事を避けた事だと思っている。営業先はそれほど多くなかったし、泥営業を避けていた。どんな仕事だって、最初は肉体労働的に仕事をしたり、営業をしたりするはずだよ。奇麗な仕事だけなんてあり得ない。意図的に例を出すけど、Googleだって、最初は検索エンジンのライセンスを売るのに苦労していた。それでYahooに拾われて、やっと今のGoogleがある。自分はGoogleを目指した訳じゃないけど、Googleの創業者よりも優れてない人間がGoogleよりも苦労せずに儲かる訳がない。
実ははてなだって、コンシューマーだけでは収益が上がらずに http://www.hatena.ne.jp/help/business ビジネスはてなってのをやっていた過去がある。近藤さんは最初受託的な仕事をいやがっていたけど、れいこんさんに説得されてやっていたんじゃなかったっけ(ほかの話とごっちゃにしているかも)。
特に僕に特殊な領域の経験があったので、それを最初売りにしていたけど、マッチングが悪かったのか、その経験は活かせる場所が見つからなかった。お客さんがついて来れないのだ。新しいものを提供するにしたって、お客さんにとってわかるものを提供するのが正しい。自分がいくら頭が良くっても、相手から乞われるようなコンサル事業でもない限り、大してお金にならない。真面目で誠意があることは価値になっても、お客さんの理解を越えてはダメ。
また例を出すと、GoogleやYahooの検索エンジンは、バカでも使える。創業者と同じ頭脳を持ってなくても十分利用できる。それが大事。
これは特殊な事例かもしれないけど、実は、僕は年上すぎる人がいると、萎縮してしまう。自分で言うのもなんだけど、人の上に立つ方が能力を発揮できる。自分で背負って指示を出す方が得意(そういう実績もある)。普通に見れば「一流企業の営業+アメリカ帰りの特殊技能の持ち主」って、ゴールデンコンビのように見えるけど、実際はその萎縮が解けなくて、参ってしまった。もしかしたら、僕ではなくて、平凡でも他の人と組んだ方が、その人はうまくいったかもしれない。そう思うと、性格というか、相性って大事だなと思う。
念のため言うと、これは起業ブームに水を差したいわけじゃない。どちらかと言えば、応援したい。だからこそ、僕と同じ轍は踏んでほしくない。有力なコアコンピタンスを持つのも大事だけど、それと同じくらい「お金を稼ぐ」ことも大事。自分の知っている若手社長がいるんだけど、彼の会社は、自社製品は売れてないけど受託的に仕事して食っている。それで会社を少しずつ大きくして、最近は自社製品を売る営業も雇ったらしい。正直、彼は見た目は頼りなさそうで、頭脳だってお世辞にもすごいとは言えない。でも、誠意で頑張って支持を得て、普通の人よりも楽しそうな生活をしている。
起業しても、一年、二年の間に全ての夢を叶える必要はない。どちらかと言えば、起業の最初数年は「夢を叶える資金集めをする時期」と割り切った方が良い。そうすれば、起業した価値があるというもの。夢を叶えるのは、それからでも遅くはない。
追記:
はてブで200越えしたぜ、イヤッホー
どうなるかと思っていたけど、なんとなく書いてくれた人のコメントを見て、応援コメントもあって、少し元気になった。どうもありがとう。心から感謝します。
再起云々はまぁ、無料で出来るとあるプロジェクト(?)をやっている。これは金目当てじゃなくて、自分の立ち位置を確立するためのもの。どうなるかは、もちろん未知数。やらないよりはマシという状態。
どうも、みなさん、ありがとう。こんなダメ記事でも、誰かの役に立てているなら、嬉しいです。
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ごめん、もうちょっとだけ。
「頭がいいのは武器にならない」といったけど、「バカの振りをする」ってのは、少し違う。
頭がいいのが役に立つのは、組織内でミッションや問題がある程度明確になって、実行、解決する必要がある時。例えば、サーバーの速度が遅くて、ボトルネックを見つけてそれを解消する時とかは、当然腕っこきのエンジニアが必要になる。でも、お客さんの前で「うちにはすごい技術者がいるんですよ」っていっても意味はない。そういうことをしても、感心はされるけどお金にはならないし、得てして「奥が深い症候群」になりがち。自分の失敗もそこにある。
実は、この部分、DeNA南場智子の受け売りでもあったりする。彼女はMBA持ちのコンサル上がりなんだけど、「コンサルの時は頭のいい振りをしていたけど、社長になったら何の役にも立たない」という趣旨のことを言っていたりする(出典を忘れた)。最近も、ブログで「私はマッキンゼーに10年以上在籍し、ひとさまの事業に「べきだ」を連発してアドバイスするうちに、自分もやればできる錯覚に陥って起業し、とんでもない失敗をフルコースでやらかして4年間も赤字をぶっこいた。」と言っている。 http://ameblo.jp/nambadena/entry-10056108610.html
なので、「バカの振りをする」必要はないけど、頭が良いとうことを活かす場所は間違えない方がいい。良くある大学教授のビジネスの失敗もほぼ同じ理屈だと思う。もし、頭のいい人と組みたいと思ったら、雇用関係を作り、指揮系統を明確にすること。パートナーにすると、その人の頭の良さに惑わされてしまうんじゃないかな。
ま、そんなところです。