はてなキーワード: 刑事とは
ダウンロード違法化が閣議に持ち込まれて2010年施行予定らしい。急な話だなぁ。
「罰則なし」の意味がわからない。罰則がなくても、警察が逮捕することができれば、拘留はあるだろうし逮捕歴もついてしまうわけだから、かなり個人に対して実害が及ぶと思うのだけど、警察の逮捕とかは関係ない?
そもそも、警察が逮捕できる場合ってどういう場合?著作権法違反で逮捕された例はいくつかあるけど(原田ウイルスの時とか)、著作権法って本来民事の話だよね。原田ウイルスの場合は、たぶん、親告罪だから著作権者に申告してもらったのだろうけど、そもそも、警察って民事か刑事かにかかわらず、違法であれば逮捕できるものなの?
2009年5月から施行される裁判員制度。重大な刑事事件の第一審を6人の裁判員と3人の裁判官で"事実の認定""法令の適応""量刑の判断"を決定しなければなりません。そんな裁判員制度、なぜ日本でしなければならないのか、誰が得をするのか、もしかして一定数の利権の為に国民が利用されるだけなのか、反対賛成という議論ではなく、施行する事で社会がどう変わるのかをドグマ的メモとして言及したいと思います。 (半分パラノイアです)
まぁ、一般的に知らないのが当たり前だと思います。「法律なんか分からない」「私には無理だよ」というのが大多数ではないでしょうか。しかも、マスコミ、特にTVや新聞で報道される過激な犯罪、無罪を主張する被告人、嘆き悲しむ被害者遺族の姿、少年犯罪などを見て勝手に、「最近では、変な犯罪が増えたよね~」などと思い込まされているし、悪いことをすれば、全員が逮捕され刑務所に入れられると思っていたりもする。
しかし、マクロ的に見ると全く違う。むしろ逆のロジックなのかもしれない。逮捕されたところで刑務所のキャパシティが決まっているので数パーセントしか入れられない。少年院を合わせても想像以上に少ないのが現状だろう。
それからマスコミで報道される事件というのは、万人受けする記事を書く上での選別をしているので、つまらない殺しとか、話題性のない強盗とかは一切取り扱わないし、教育上使えるものを選んでいる程度だと思われます。だから実際裁判員として法廷で担当する案件はもっとえげつない事件に当たる可能性は十分にあります。
例えば、4人で銀行強盗をして帰りに仲間3人を殺したなど、マスコミでは報道していない(できない)事件を目にすることになると思うし、事件現場の写真や、証拠写真、バラバラ遺体写真も見ることになるかもしれない。言うまでもないが、これもTVで見ることはできない。
そもそも日本というのは、犯罪率や再犯率が非常に少ない国であります。重大事件といっても年間で何百件程しかないですし、その内7割が全面自供をしているので、裁判員として法廷に参加しても、7割の確立でただ見ているだけという授業参観状態になると考えられます。国民が想像している「無罪を主張している被告人」などというのは1%にも満たないですし、それがマスコミで話題になり報道されるので、人々が誤解をし勝手なイメージで司法を捉えてしまっているのではないでしょうか。
刑事事件というのは、警察が逮捕して検察庁に送られます。そこの執務室で検事が起訴するかを判断します。起訴された被告人は裁判所で裁かれる流れなのですが、この時の裁判所での有罪率が99.9%と言われています。ということは、検事が起訴すれば有罪。逆にいうと、犯罪者でも起訴されなければ無罪になるということなのです。つまり、裁判所で白黒を決めているのではなく、検察で有罪か無罪かを決め、裁判所で量刑を決めているのです。
少し話が脱線しますが、被害者遺族が法廷で被告人に質問などができるようになりました。しかし、この制度も明らかに奇妙なのです。例えば、こんなシーンを見た事ないだろうか。自分の子供を殺された母親が被告人を恨んで殺してやると涙してる姿を。しかし、実際にはこんなケースは希有で、殆どの殺人は身内殺人や遺族殺人ですから意味がないのです。しかも、色々時間掛けて参加しても最終的に無罪になれば被害者遺族は無残な事になります。このことから被害者参加の意味というのは私には理解ができないのです。
ご存知だと思いますが、国民の殆どが裁判に興味がなく参加したがらないのが現状です。これは施行後も変わらないでしょう。なのに裁判員制度は走りだしています。検察も弁護士も判事も政治家かも、これといって得をする組織がありませんし、国民も得をするとは思いません。
今までの司法村のあり方にガタがきているからか?グローバル化によって日本が静寂してるからか?いくら考えても何の為に施行するか考えつきません。個人的には、裁判官と話ができるし、法廷の雰囲気を体感できるので前向きに参加するのでいいのですが、俯瞰的に見たときにこれといった理由が思い浮かばないのが結論です。
ここからは私の理想論なのですが、裁判員制度を施行するのであれば、もっと国民が司法に介入してもいいのではと思っています。今の裁判員制度だと一生に数回しか参加できないですが、国民一人ひとりが裁判員を年に1回参加する頻度にすればいいのではと考えます。確定申告みたいに。そして、取り扱う案件も幅広くし、裁判官の人事権も参加できるようにすれば良いのではないでしょうか。つまり、社会の当たり前として考える事により色々解決すると思う訳です。具体的に何が変化するのか考えて見ました。3つあります。
一つ目は、大企業は勿論の事、中小企業や個人で仕事している人でも裁判員制度で穴が開くことを前提で仕事を組み立てようとします。そのことで働きすぎの企業体系も、仕事のあり方すら変化するのでは考えます。
二つ目は、司法村の改革です。重大事件以外も裁判員制度にすることで保守的な司法をオープンにできればと願います。
三つ目はは、国民一人ひとりの意識改革です。日本人は極めて傍観者的であり、お任せ意識が強く、何事にも関わろうとしません。昨今では、グローバル化で日本は先進国と言われていますが新興国の追随で、このままでは淘汰の可能性もあります。裁判員制度をきっかけに、銘々が少しでも自立し国全体の温床になればと妄想します。
ショッキングな事に、裁判官は法律を調べて量刑を決めていません。判例と比較して量刑を決めているのが実態です。なぜかというと、司法村で個性的な事(判例を無視した量刑)をすると左遷やクビになるからです。冒頭で述べたように、基本的に検察が白黒を決めているようなものなので、裁判所ではセレモニーが行われているだけなのです。判事にとってノルマは絶対ですし、仕事を溜めるのはご法度、勾留を却下することもできない、そんなマニュアルを見ているが如く流れ作業をしている判事なので、裁判員制度くらいでは保守的な考えは直らないだろうと思う訳です。
何が言いたいかと申しますと、例え裁判員(素人)が参加したとしても、3人の裁判官の内一人でも無罪に入れないと過半数でも無罪にならないことから、判事は絶対の権限を持っていますし永山基準は変わらず、保守的な形態は緩和しないのではと懸念します。
先ほどでも述べましたが、私としては、判事の人事権や重大事件以外(勾留判断とか)でも国民の監視下に入れることにより、ブラックボックスの司法村の透明化、国民のインセンティブ、国の温床になると考えますので、やるのであれば徹底してやるべきだと私は思う訳です。
なぜ、弾劾主義が採用されているのか?
といえば、根底として三権分立があり、警察および検察が執行つまり行政
三権分立の刑事事件における運用形態が弾劾主義なのでどういう観点で物事をとらえているか?の違い?
犯罪の成立についても、神様視点ならおっしゃるとおり。人間視点なら、無罪の物については犯罪が成立していたかどうか?というのは、わからないので。疑わしきは罰せずという概念に基づいて犯罪は成立していない。としか言えない。概念的な犯罪なのか、運用上の犯罪なのか?
という通念、概念の違いかと。
告訴は単語の定義はおっしゃる通りかも。親告罪に対する犯罪の定義もおっしゃる通りかも。裏取りする気まではないのでなんともですが。運用上の犯罪については上と同じ。
時間順よりも新しいのからの方がいいかな。すべてd:id:buyobuyoのダイアリーから。
まずは
『福耳先生がいろいろ「反撃」している件 - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ!』より。
福耳先生が大暴れしているらしい。何でここまで怒りが持続できるのか、熱しやすく冷めやすい自分にはよくわからないんだけど、これが恨み骨髄というものなのだろうか?心の痛みは人それぞれなので、自分基準にどうとかこうとか言うのはやめておく。それだけ傷ついたのかな、と思うことにする。
次は「スマイリーキクチブログ炎上事件のイナゴどもが逮捕 - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ!」
イナゴざまあ見ろと思ってしまう自分を偽ることが出来ないのであった。しかし、足立区出身で似たような世代で不良だった*1というだけで、事件の関与を疑われたんではおちおち犯罪のあった地域に住めないというものだ。
この二つで充分かもしれないけど、その前のエントリーも二つ。
『「平和進軍観測会」刑事で敗訴の件 その2 - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ!』
なんかほんとにこの件、肯定的に評価する人がいるんだけど、どうかなあ?
「これは2ちゃんのような匿名掲示板の誹謗中傷に対する判決ではないよ? - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ!」
なんか喝采送っちゃってる人もいるようだが、これは2ちゃんのような匿名掲示板の誹謗中傷に対する判決ではないよ。今回の判決は、たとえば「なんとか還元水」のようなインチキ商売や悪徳商法に関して、一般の人が告発サイトを作った場合に、名誉毀損で敗北する可能性を高める判例となるような話ですよ?
最後の二つは同じ物だけど、他は別のことへの違った論評。でも共通点を見出す人にとっては面白い。
うーん、法理と運用の違いっていうかね。
起訴するかどうかを決めるのは検察で、社会的な意義があるかとか、それなりに正当性があるかどうかも加味して、起訴するかどうかを決めるわけ。
違法だけど有罪にはならない(起訴されない)ってことがずいぶんあるんですよ。
事実の公然たる指摘であっても、その事実の公益性とか、当人が公人かどうかなどで判断が違ってくるんですよ。
今回の件は仮に誹謗コメントで書いてあったことが事実だったと仮定して、事実であっても民事で損害賠償の対象にはなるでしょうけど、事実であれば刑事起訴まではなかなかいかないと思うんですよね。
2)自称元警視庁刑事の北芝さんが著書に書いた「コンクリ殺人事件にはお笑い芸人が関与」について、北芝さんご本人から公に説明して欲しい。
http://www.amazon.co.jp/治安崩壊──凶悪犯罪社会を生き抜くために知るべきこと-北芝-健/dp/4309243290%3FSubscriptionId%3D0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2%26tag%3Djeffbeck-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4309243290
これを詳しく聞きたいなぁ。
20年前に発生した殺人事件に、当時未成年だった当人が関わっていたという話が流れたのが原因で、殺人犯がタレントをやっているとは何事かという義憤に駆られた市民の苦情が殺到したという話である。
この話の問題点は、20年前に発生した殺人事件の加害者である少年と、タレントの名前の読みが一致し、同じ年齢で出身地も同じという事から、本人に違いないとなったという事である。
まぎらわしいのであるが、加害者である少年については、未成年であることから写真等も公表されず、氏名にしても非公式情報として出てきているだけである。これは、少年の犯罪者は更生する可能性が高く、情報を公開しないという事になっている為であるが、名前が同じで年齢も出身地も同じという他人に対して、このような形で被害が発生するという結果を招いてしまった。
そして、この問題の根本的に解決不能な点は、タレントが殺人犯ではないという事を証明することが、事実上不可能であるということである。
処分を受けていないことを証明しようとしても、そもそも、未成年の処分の履歴は、処分を受けた人が成人してから刑事被告にでもならない限り出てこない、タレントのブログに対し、不穏当な発言を書き込んだからという理由で逮捕されたり書類送検をされた、義憤に駆られた市民にしても、その罪状は不穏当な発言を書き込んだからというだけで、タレントが無実である事を証明していないのである。事実無根だからという理由で逮捕したのであれば、更生の為に情報を公開しないとしている少年法の建前とは違い、捜査機関は情報を握り、今も監視をしているから、タレントが無関係である事を知っていたという事になるからである。
義憤に駆られた市民が、処分を不服として裁判になった時において、検察側はたとえ殺人犯であっても不穏当な発言を浴びせるのは不適切であるという主張しか行えず、事実無根の誹謗中傷である事を主張できない。
書き込みをした側の、同姓同名、同年齢、同地域出身という共通点から、同一人物であると判断し、殺人犯がタレント活動をしている事は不適切であるから行ったとする主張とは噛み合わないし、この主張に白黒をつける事は、少年法の建前上、できない。つまり、法廷に持ち込まれても、困る話となってしまっているのである。
タレント側が損害賠償を求めるのであれば、少年法の規定から別人である事を証明できず、少年法を訴える事ができない以上、同姓同名で同年齢で同地域出身の殺人犯と当時の親権者に、被害を被ったと主張しなければならない。
たとえ少年といえども、計画的に殺人を行ったのであれば、それは更生の対象とはしないという殺人罪の厳罰化が必要であろう。移民や特永の排斥や帰化の原則廃止、官報の脱紙完全インターネット化(cf.[2008.3.16])と並んで、やっていて当然の事である。飲酒運転の厳罰化よりも、はるかに重要なことなのだが、必要性を感じていないのであろう。国民の皮膚感覚と、永田町・霞ヶ関とでは、ズレがあるのだ。
http://s03.megalodon.jp/2009-0205-0338-39/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090205-00000004-yom-soci
著名人などのブログに悪意の書き込みが集中して閉鎖に追い込まれたりする問題で、警視庁は、男性タレント(37)のブログを攻撃した17~45歳の男女18人について、名誉棄損容疑で刑事責任を追及することを決めた。
「殺人犯」などと事実無根の書き込みが繰り返されたという。警察庁によると、「炎上」と呼ばれる現象を引き起こす集団攻撃の一斉摘発は初めて。匿名を背景にエスカレートするネット世界の“暴力”に歯止めをかける狙いがある。
興味深い。
一つには「炎上」がきちんと問題視されたこと、そしてもう一つは
ネットイナゴの顔がほの見えたこと。住む場所も年齢も違う彼らが、同時間にPCに向かって特に恨みもない相手に罵倒の快楽だけを求めて群がっていた状況を少し想像した。
彼らはその瞬間ある想いを共有していた。そして逮捕の瞬間、もう一度だけ同じ思いを共有したのだ。
それが驚きと後悔と慚愧と…どれほど錯綜した想いであっても。
GoogleAdsenseのアカウント剥奪が相次いでいるという話はこっちの世界では当たり前すぎて話題にもならなくなっているが、どうやらきくち塾を中心に刑事事件に発展しそうな勢いらしいので個人的に注目している
きくち塾とはGoogleAdsense系の情報商材屋として悪名高いところ
ぺらサイトとよばれる1ページ完結型のサイトを大量に生成する手法が特徴
画像処理が下手なのか報酬額の数字が不自然wなのはさておき、ここの塾生のアカウントが根こそぎ剥奪されているらしい
http://googlekasugu.blogspot.com/2008/12/blog-post_19.html
http://tubuki-n.livedoor.biz/archives/394586.html
で、アボされた塾生がきくち塾商材を売った人間に恨みを募らせてそのうち暴発するんじゃないかという噂
商材代だけならともかくアルバイトを雇って大量にぺらサイトを作って借金数百万抱えてしまった人もいるというから恐ろしい
商材などに頼る人は脳みそが溶けているので恨みがつのれば殺傷事件につながってもおかしくはない
実際●●●●●などはユーザーからの過激な反発をうけて閉鎖してしまっている
そのうち週刊誌沙汰にならなければいいのだけど
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090121ddm041040056000c.html
いつも不思議なんだが、なんでこの手の事件で親がいじめっ子の名前とか住所とか顔写真とかさらしたりしないんだろう?
名誉毀損で訴えられる可能性もそりゃあるだろうけど、子供失ったんだからそんなの無視して復讐の一手だと思うんだが。
そこまでやるのは忍びないとか相手にも人権がとかできた親もいるのかもしれないけど、民事訴訟起こしたり死刑にしてくださいとか刑事裁判で言う奴もいるんだしせめて敵討ちとばかりにいじめっ子の人生ぐちゃぐちゃにしてやろうという親もいるはずだと思う。
もし俺が被害者の親ならブログにうpとかはもちろんP2Pでばら撒くとか徹底的にやるけどな。
まあまだネットを十分使わない親が多いんだろうな。
スーパーで買い物をしていたところ、ちょっとぶつかった(混んでるのでよくあること)くらいで痴漢だ告訴だと騒ぎ始めて警察を呼ぶ事態となった。
計1時間半くらい話をすることに。
私はそれくらいのことで犯罪になるはずもなければ確実に告訴もしないとわかっていたので堂々と警察を呼んでもらったわけだが。
いい加減うざいだろ。。。
お互いにお咎めなしで釈放に決まっているのにまったくもってバカバカしい。
なんでこんなに頭悪い奴がいるんだろうか。
ところで告訴する気もないのにほとんど脅しの意味で告訴すると叫ぶことは犯罪になるんじゃなかったか。
超思い出した。超追記。
警察の人、このままお互いに悪くないと主張して平行線だと警察署まで同行願って刑事と話すことになりますね。
とか言ってた!
モーリー:i-morley、今日は久しぶりにジャーナリストの津田大介さんにお話を伺おうと思います。よろしくお願いします。
津田大介:よろしくお願いします。
モーリー:最後にインタビューさせていただいてから、かなり著作権世界とかネットのカルチャーがまた激変している感じなんですけれど。
津田大介:そうですね。変りましたね。いちばん変えているのは、ボク自身二年とか三年ぐらい審議会に参加して思ったことなんですけれど、実際審議会で、インターネットでこのような問題、著作権の問題が起きているので対応しましょうと審議会で二年とか話すわけですよね、話して問題が出てきましたと、こういう問題が生じていますよということがおきて問題確認で終るという審議会もかなり多くて、じゃあ次は来年以降の検討課題ですねみたいに終るのも多くて、そうじゃなくてこれをこうしましょうということが決まったとしても実際に法律が施行されるのはその翌年の国会に提出されて、国会で決まりましたと、その次になります、と。やっぱり三年とか四年のタイムラグがあるんですよね。
モーリー:うーん!
津田大介:だから、いまネットで起きてるそういう問題と言うものに対して、なにかしらの対応策と言うものを考えましたといって実際に法律が動き出すのに、三年後とか四年後とかだったら、モーリーさん逆に四年後のインターネットってわかります?って言ったらまったくわかんないじゃないですか。そういうのが実際に法律を作る現場とか審議会で行われているということが、すごいこのギャップはひどいなあと思いましたね。
モーリー:どんなに早くやっても三年後にしか法律は変らなくって、その頃には状況が全然違っている。
津田大介:ほんとに最短で二年、三年後とかですから。だから例えば今回ぼくが参加していた審議会で違法コンテンツのダウンロード、ダウンロードすることを自体を違法にしましょうというのがほぼ決まりそうなんですけれど、決まりそうといっても今年のいま開かれている通常国会で法案が提出されて、それが施工されるのが来年の1月とかですから、来年の1月にようやく法律が変るみたいな世界ですから。それにいま政治情勢が非常に不透明じゃないですか。そうすると法案を普通に提出するような三月とか四月の時期にもし選挙があってその辺が混乱とかしたら、もう本来提出されるはずの著作権の改正案というのはとんじゃうんですね。とんじゃって今年の九月の臨時国会に行くか、もしくは来年まで国会までとばされてしまってあと一年法律の施行が遅れるということがあって。
モーリー:もう一年さらに現状とのギャップが広がるということですよね。
津田大介:政治状況でそういうことが平気で行われてしまうというのが、政策ができていく過程なので、それはぼくらの専門的な分野の知財とか著作権ってあんまり政治の争点にならないんですよね。民主党と自民党とそんなに大差があるわけじゃないので、そういう意味では提出されればだいたい通るんです。提出されれば官僚が文を書いて通して、そのまますんなり国会を通過して変るんですけど、でも逆に言うとそういう政治的な争点にならない法案というのは後回しにされちゃうんです。政治だからいまみたいに非常に混乱している状態だと、特にいまは衆参がねじれちゃってますから、そうすると法案が非常に通りにくくなってしまうので、そうすると予算とかが一番重要な法案で、あとは特措法の問題とか、そういう重要な問題があるとそっちが紛糾しちゃうんでそっちに時間をかけてしまうので、そうすると著作権みたいにある種国全体からみたいら優先度が低いというかどうでもいい問題は後回しにされるんですね。後回しにされて、官僚のほうにもいまはほんとに政治が混乱しているから重要で無い法案は提出するな、どうせ否決されてしまうだけだからみたいなかたちになってしまうので、そういう状況も法律ができるのを遅くするのに拍車をかけているということがある。
モーリー:津田さん、私がやってるポッドキャストなんですけど、最近かなり人が増えてまして、そろそろ累計登録人数が50万いきそうなんですね。
津田大介:ほー。すごいですね。
モーリー:ということは、かなり著作権とか、かなりディレクトリの奥の奥にあるような話を原点から知らない人が多いんですよ。いま一番津田さんがやばいと思っている、あるいは一番つらいと思っているトレンドをまず解説していただけると。
津田大介:ぼくは最近著作権関連でインパクトがあったのは、ユーチューブなんですよね。去年の11月ぐらいにユーチューブが横長になったのってご存知でしょうか。
モーリー:ああ、なんか長くなったような気がする。
津田大介:いままで4:3で画面が小さかったんです。320ピクセルと240ぐらいで、ある意味ユーチューブのいままでのいいわけみたいになっていたんですけれど、ユーチューブってネットの動画とかテレビ番組とか、売り物が全部勝手にコピーされる違法行為の温床になっていたんですけれど、ところが突然横長になってさらに画質が滅茶苦茶良くなったんですね。
モーリー:ふーん。
津田大介:H264という非常に、実際にブルーレイとかでも使われている高圧縮のコーデックに対応して、いまユーチューブはフル画面で見てもかなりきれいに見れるようになってるんですよ。走査線のもともとのファイルが良ければ地デジ並の画質でユーチューブがフルスクリーンで見れるみたいになってきてて、それが去年の11月のリニューアル。
モーリー:マイナーコンテンツばかり見ているせいかぜんぜん良くなったという印象が無いので。(笑) もとが悪いものばかり見ているから。
津田大介:そうなんです。そういうところが結構ユーチューブが変り始めていて、それまでやっぱりユーチューブが質が悪いから見逃してもいいじゃんみたいなある種言い訳が成立していたのが、今は成立しなくなりますよね、そうなると。よくコンテンツホルダーとかが許したなあと、怒んないのかなあとかそういうのがあるんですけれど。ぼく自身は結構ユーチューブの著作権問題ってこれからあまりたいした問題にならないんじゃないかなあというフェーズに入ったと思っていて。
モーリー:ユーチューブにとって?
津田大介:そうですね。
モーリー:ああ。
津田大介:というのは、去年から、ユーチューブに最近よく見るんですけど、ユーチューブに最近広告が入ってるんですね、動画とか見てるときに。
モーリー:うざいです。
津田大介:うざいんですけど、あれがやっぱりすごく著作権問題を解決する切り札になっているところがあって、実際に権利者の人が権利者用にちゃんとIDを発行していて、「もし権利者が違法行為を止めたいんだったらおまえらがオフィシャルに動画を提供しろ」ということを言い出したんですね、去年から。それでフィンガープリントという技術を使って公式の本物の動画をきみらがアップしてくれれば、その本物の動画を一部切り出したりとか、音声とか動画のコマとかををぜんぶ照らし合わせてコピーを全部判別します、という技術が去年ぐらいからどんどんそれが進化していて、実際にその権利者の人のIDでログインしていたところを見ていたところがあるんですけれど、それで自分のコンテンツを違法なものを探すってところをワンクリックでガーッって50とか10とか出てくるんです。それで権利者がそこで、昔だったらじゃあこういうものは認めませんよ削除しますって、全部にチェックを入れて、
津田大介:ユーチューブのメールブラウザ上で、権利者用のツールが裏側に用意されていて、削除すると全部落とすことができたんですけれど。
モーリー:へー。
津田大介:ただ、それが二年ぐらい前の話なんですけれど、去年の春ぐらいから状況が変ってきて、もしこれで、落とすこともできるけれど、べつに黙認してもいいじゃん、その方がプロモーションになるってものもあるのでそういうものは黙認してもいいよっていうオプションと、あと最近広告を入れてその広告から得られる収入をユーチューブとあなたがた権利者でシェアしましょうよというオプションが去年の春ぐらいからできているんですね。それが結局功を奏しているみたいな感じ。そうするといままでだったら違法で全部落とすんだったのが、それが違法な動画だけど広告つけちゃってお金にかえるということが権利者が主体的に選択できるようになったので、それを日本のコンテンツフォルダーの角川とかやっていて、このまえの報道だと自分たち角川が認めた違法動画に広告をつけて合法化することで月間で一千万円の収入が入ってきたという話しだったんで、そういう意味で言うと、向こう側からして見たら権利の上手い転がしみたいのが自動で出来るようになるんですね。逆の言い方をすると、ユーチューブがジャスラックみたいに著作権の処理を行う場所になっているという。そうすると角川がそういう態度を、角川が著作権を持っている著作権コンテンツをユーチューブにアップするというのは、いままでは違法行為だったんですけど、角川はデキがいいものだったり、角川にリスペクトがあるようなMAD動画とかだったらそういうんであれば認めるらしいぞという方針を出していると、作る側も逮捕されたりするリスクが無くなるわけですよね。
モーリー:あの、逮捕ってまだあるんですか?
モーリー:ええっ? 著作権で?
モーリー:たとえば、売り物になっているのをそのまんまなんら変らない状態で安く転売しているっていうんだったら海賊版だから逮捕っていうのはわかるんだけど、ただ乗せただけで逮捕っていうのはあるんですか?
津田大介:一番最初にそれが日本であったのが、動画投稿サイトだと多分2005年だったかな。ファイナルファンタジーのアドベントチルドレンっていうCGの映画があったんですけど、スクエアエニックスに。あれがユーチューブが買う前のグーグルビデオという似たようなサービスをやっていて、あそこでDVDからリッピングしたデータをそのまんまあげてた日本人ユーザーがいたんですね。そしたらそれでスクエアエニックス側がそういう売り物が全部見れるようになったのはとんでもないっていうんでユーザーをつきとめて、逮捕寸前まで行ったんですけど、ユーザーが反省しているということで罰金を払うことで和解をしたっていう事件があったんですけれど。
モーリー:民事ならわかるんですけどね、損害賠償だったら、それだけでもキツイと思うンだけど、刑事ですか?
モーリー:はあー。
津田大介:MAD動画みたいなもので逮捕というのはなかなか無いですけれど、実際に売り物をネットにあげているということで逮捕と。
モーリー:そのまんま頭からお尻まで買わなくて済むような目的だけという感じの?
津田大介:そうです。そういうのはありますね。ただ、実際に逮捕までいくケースは二種類なんですね。逮捕する前に、いきなり逮捕というのは結構少なくて、プロバイダーとかのいろんな開示請求とかをして、ユーザーに警告がいくんです。警告をした時に意図的にそれを無視するような悪質なユーザーか、もしくは匿名のプロバイダーをどんどんいろいろ使って逃げ回っているような悪質性の高いユーザーは、GOサインが出て逮捕されるっていうケースがあるので、だいたいどっちかなんです。だから無邪気にとりあえずアップロードしていてそれでいきなり逮捕というケースはまあ少ないです。
モーリー:ふーん。階層別っていうか、道路の車が早く走るレーンと遅く走るレーンみたいにすごくスピード差みたいのを感じてまして、今日もまたウィニーで大変だったみたいで記事をネットで読んだんですけど、いまだにウィニーってまだ使っている人がいるというか
津田大介:ウィニーのネットワークは逮捕者が出ると一時的にトラフィックが減ったりするんですけど、ファイル交換ソフトって昔っからそうで、逮捕者が出ると一気にガッて減るんですけど、ほとぼりが冷めるとどんどんみんな使い出して増えていくというのが。で、ウィニーのネットワークはまだまだ動いていますし、ウィニーと似たようなシェアというソフトがあって、あれもやっぱり利用者がいますからね。だからそういう人が、実際ウィニーとか使っていると非常に情報漏えいのウィルスに感染する可能性も高いし、あとセキュリティー的にもあぶないところもあるんですけど、それでもタダで音楽とかエロ動画とかを含めたいろんなソフトとかをそこが魅力で使いつづける人はまだいっぱいいますよね。
Posted by i-morley : 2009年01月16日 17:46
法律に詳しい人に教えてもらいたいこと。
ググってみたけど、探し方が悪いのか見つけられなかった。
心神耗弱などによって責任能力がない、と認められる人というのがいる。ニュースでみかける、刑事責任を問われないような人。
こういう人も選挙権を持っているの?
基本的な人権が認められてる、といのは想像がつくんだけど、どの辺までの権利が認められるの?
人間としてまともな範囲で衣食住が足りた生活を送る権利、という以上の全部を持っているものなの?
責任能力も無ければ、常識的な社会生活もおくれない、人間関係に支障をきたしまくり、みたいな人間は、どの程度社会に影響する権利持ってるのだろう。別に生きてていいし、幸せになってくれればその方が個人的にも嬉しいんだけど、罪を犯しても罰を受けない人間が、他の人と同じだけの権利を行使する、というのでは、社会制度がちょっと歪むような気がする。
その辺りは、法律ではどういう風に判断されて、現実的にどういう風に対応されているんでしょうか。
詳しい人、お願いします。
Webだろうがリアルだろうが発言者の個人が特定されたら、同様に問題が発生すると思う。だってWebもリアルも繋がってるんだから。
ただし、Web、特に匿名掲示板のようなところでは「身元がバレにくい」というだけだよね。
要は、刑事的な問題がない限り、比較的簡単に身元を隠し通す事ができる。って事を指して「甘い」って言ってるのか?
なんだか、身元がバレた時の責任の有無に対しても「甘い」って言ってるように解釈できてしまって、話がこんがらがってるんじゃないかな。
>一応突っ込んどくが匿名掲示板の2ちゃんじゃ刑事民事両方で責任問われてるわけで匿名掲示板なら責任取らなくていいというのは幻想。
そして、圧倒的にそんな事例が少ない「現実」
そもそも、その例では「書いた本人」じゃなくて「2ちゃん」運営側が責任問われてる、そっから前提がおかしいな。
前提を大きく膨らまして、いかにも正当な反論をしたように見えるが、もう少し頑張りましょう。
100歩譲って以上の例が件数の内に入としても、リアルで同じ事したら比べ物にならないぐらい多くの件数が責任取らされるよな?
やっぱりWebはまだまだ甘ちゃんという事だ。
↑だからこういった過激な事も書けるメリットがあるのは否定はしない。
本日付東京版14版社会面の記事から。(ネット上では、自分が見たのと同一ではないが、概要はasahi.com(朝日新聞社):A級戦犯15人、意見書の写し 「自衛戦」主張明らかに - 社会)に)
国立公文書館で、東京裁判の被告の、弁護団宛意見書が出てきた、という話題。
見出しは「A級戦犯 自説強弁」「責任転嫁も」。要約では「戦争は自衛だったと訴えたり、自分は命令に従っただけだと主張したりと、正当性を強調する姿がうかがえる。戦争では多くの犠牲者が出たが、自らの『非』に触れた記述はほとんど見られない」。
どうやら朝日は、裁判を、「反省」を求める場であり、同時に、慣用的に使われる「裁判で真実を明らかにしたい」とする場であると考えているらしい。
確かに日本では、特に前者に関して、歴史的なそのような潮流があったことは事実である(たとえば新律綱領中の自首に関する規定)けれども、解説的な識者は「裁判上の反論であり、歴史的事実かどうかは吟味が必要」という至極まっとうなコメントをよこしている。
そもそも(刑事)裁判とは、有罪(guilty)であるかないか(not guilty)を、法(この際東京裁判の法的正当性云々という話題は脇に置いておくにしろ)に則って決める場である。極論すれば、「真実が明らかに」なることや「反省」云々は、それに付随するものでしかないということを朝日は忘れているのではないか。
これから始まる裁判員制度に関しても、世論への影響が小さくない朝日が、「裁判」をどのようにとらえているか、考えさせられる記事であった。(まさか東京裁判が「裁判」ではない、というオチはないと思うが)
(ちなみに個人的に裁判員制度は、判決にばらつきが出て、量刑不当を理由とした上訴が頻発し、逆に裁判か長期化すると予想してます)
飲み会などにも多く参加
友人とよく食事や買い物に出かける
俺:大学生
以前、精神科に通院していて今も薬を飲む
休日になると両親は大体出かけていて、夕飯ではお酒を飲みつつ今日あった話を楽しそうにしている。
気が合うのだろうで幸せそう。今もその声を聞きつつ増田を書いているのだが辛い。
父が千葉の女児殺害事件のニュースで「あんな奴死ねばいい」と言っていてかなりグサッときた。俺は死ぬべきなのか。
前に刑事責任能力の話や医療観察法の話をしたら嫌がられた。なのでもう話さずに聞いているだけのことにしている。
http://www.tanteifile.com/newswatch/2008/12/09_01/index.html
http://zarutoro.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/tbs-d116.html
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/50751049.html
内科医としてのセンスのあるないで仕事の質が全然違うというのはその通りなんだけど、それは「副作用が怖い」とかそういうレベルの問題じゃないです。もっと大きいです。元・センスのない内科医の自分が言うんだから間違いない。
例えて言うなら、事件の初動捜査にベテラン刑事が乗り込むか、素人の自称探偵が乗り込むかの違いみたいなもの。
わかってない人間が現場を踏み荒らしたら解決できる事件も解決しようがなくなってしまうみたいに、センスのない内科医が下手な処方で病態を修飾しちゃったりまともな病歴を残せなかったりすると、難治化だったり診断もつけようがなくなったり、とにかく手の付けようがなくなってしまいます。それに比べたら副作用なんて…投薬やめれば治まるし。
SEの方々は、あれを想像するともっとイメージしやすいかな。センスのないSEに改修を受けたシステムがどうなるかを。人間がシステムと違うのは「いっそ一から作り直した方が…」という選択肢のないことです。