2022-09-30

人生は運である

まれた家は、田舎の平凡な兼業農家。贅沢させてもらったことはないが食うに困らず貧しくはなかった。

父母は健康で温厚。人間的に真っ当。祖父放蕩者だったが祖母がよくできた人で、家庭内パワーバランスが取れており、人の良し悪しが理解できる環境だった。これは幸運だった。

小中高大と地元の国公立へ進学し学ぶ。

人間関係にも恵まれた。いじめられたこともない。これも幸運だった。

いや、苛烈ないじりが1年ぐらい常態化した時期が小学生のころにあったからあれはいじめ認定できるかもしれない。そこで屈しなかったのは幸運だった。

進学もさして勉強せずとも上位の学校選択出来た。これも幸運だった。

大学は好きなことを専攻できる学校を選べた。実家から通え、国公立金もからない。幸運だった。

容姿は平均よりやや高めの身長にやせ型。顔は平凡。幸運だった。

中高大と彼女もいて楽しく過ごせた。みないい人でいろいろと人との関係を学ばせてもらった。幸運だった。

運動も走れば平均より速く、球技はそつなくこなせた。幸運だった。

 

大学院進学後に失敗した。振り返ればこれも幸運だった。

あの頃は努力できるような人間ではなく、レベルに全くついていけなかった。そういう環境に身を置く経験ができたことが幸運だったと言える。

中退し、応募するだけで入れる大手人材派遣会社に入った。仕事がすぐ見つかったことはとても幸運だった。

これを機に上京した。田舎しか知らなかったが、世界が広がった。何も知らない人間であることを知った。幸運だった。

仕事自分能力以上のものが求められたが、学ぶことで何とかカバーでき、評価された。何とかなる範疇幸運だった。

このころの私生活はとても良いとは言えないものだった。基本的無趣味なので、ネットで暇つぶす以外にやることがなかった。

主にネットでの配信系に入り浸っていた。ずっとずっと入り浸っていた。

そこで知り合った人と、なんだかんだあって結婚した。とても幸運だった。本当に幸運だった。

結婚できるとは思っていなかった。

そこから何社か転職しながら経験を積み、収入を増やした。転職成功した。これも幸運だった。

たまたまニッチ業界派遣され、そこでの知識から業界会社渡り歩き、業界大手に入ることができた。

今の会社では、人材的に消去法で実力不相応な役をもらった。収入アップは幸運だったがとても大変である

現在は妻と子供幸せに暮らせている。とても幸運である

仕事は大変だが、何とかなる範疇だ。ここはがんばりたい。

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