2022-08-16

大学助教童貞卒業した話

20歳の春に大学を退学した。

理由部活動怪我によって続けられなかったこと、それに伴う諸々の大学側とのやり取りで揉めてしまたことで、在学すること自体が嫌になってしまたからだ。

退学を決めたとき自分で決めておきながら夢を失ってしまったような、脱力した状態に陥ったことをよく覚えている。

そんな時に自分のことを応援してくれた人がいた。

それがとある講義でお世話になっていた助教だ。

その大学では他の助教比較してとびきり若く、(それでも30歳前後だとは思うが気にならないくらいに)綺麗な人であったので、入学当初に輝いて見えたことを覚えている。

この助教にはゼミのような少人数形式の授業で1年間お世話になり、退学を伝えた際にも、将来のことについて親身になって相談に乗って頂いた。

助教アドバイスをもとに、将来設計を再度行い、地元へ一旦帰りやり直すことを決めた。

その後数カ月間の療養の後に、実家にほど近い別の大学への編入をするべく手続きを進めながら日々を過ごしていたそんなある日、助教用事があり私の実家近くに来るとの連絡を受け、食事に行くことになった。

半年ぶりの再会ということもあり話もはぶみ、お酒も進んだ。

ゼミ会での食事ではお酒は一切飲まなかった助教は珍しくお酒を飲み、記憶が正しければ一人でワインボトルで飲んでいたので、結構な量だったと思う。

食事を終え、解散と考えてた私が帰ろうとすると助教に服を掴まれて、滞在先のホテルまで送ってくれと頼まれた。

女性との付き合いが薄かった当時の自分が、何も気にせずに快諾してしまったのは、今思うと恥ずかしい限りである

滞在先の外資系の高級ホテルに入るところで、「それでは」と伝えたが、服を掴む手は離れず、「部屋まで来て」と言われたあたりで何となく童貞でも察してきた。

部屋に入るなり、ハグキスシャワーを浴びて助教を待っている最中は恥ずかしさと緊張で爆発しそうになっていた。

具体的な記載誰得になるので避けるが、助教に流されるがままに、その後は行為に及び、早朝にホテルを出発した。

その後、助教からメールが届いたが、返信ができなかった。

憧れていた人の理想が崩れたからか、喪失感で何も言うことができなかった。翌日に助教からは続いて謝罪メールが届いたが、これにも返信はできず、そのまま私と助教関係は終わった。

結局のところ、私は助教のことを心の底から尊敬していたんだと思う。 

研究内容やキャリア、生徒のケアも含めて、理想的な先生であったが故に、女性もして助教を見ることができなかった、というより受け入れることができなかった。

今でも助教には謝りたい一心である大学はその後間もなく離れたと風のうわさで聞きはしたが、心に傷を負わせてしまったのではないかと数年経った今も気になってしまう。

私はそれから女性との行為一種トラウマを抱えてしまった。

あのとき助教最後言葉を交わしていれば、何かが変わったのかもしれない。

拙い文章失礼致しました。

  • 騎乗位だったはずです。 私が何にも知らなさ過ぎて終始リードして頂いたのはよく覚えています。

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