https://www.tokyo-np.co.jp/article/43611
「思考停止」だとか「考える力のない人間に教育を任せてる」だとか散々な言われようだが、現場の感覚からすると、国旗国歌に関する決まりは平時においてもその他の職務命令と比してアホかと思うくらい徹底して遵守を確認させられるので、通達があったらそりゃ従うだろうなと思ったのが最初の感想。
例えば、普通の入学式・卒業式の際にも国歌斉唱でCDを流す場合なんかは、万が一CDが流れないと最悪は服務事故になりうるという認識があるため、担当の教員はラジカセやCDのバックアップを用意しておいたりもする。そのくらい現場はビビってやってる。
そう。ビビってやってるだけ。まあ普通に考えればわかることだが、私の観測範囲では、嬉々として国旗に礼をして国歌を口ずさむ教員など見たことがない。皆「決まりだから」「やらないと何言われるかわからないから」「評価に傷がついて次の異動先に希望が通らないかも知れないから」「ひょっとすると処罰まであるかも知れないから」そうしているだけだ。
公立校の教員は基本的に教育委員会の言いなりである。それを思考停止と言われればそれまでなのだが、言われた通りに動かないとそれはそれで市民は怒るじゃないですか。公務員のくせに、って。それでも思考して処罰されるのも厭わず通達に反した行動を起こせるのは、通達に従うことがそれなりに公共の福祉に反すると明らかなときだと思う。
しかし私は卒業式での国歌斉唱が、そうした事態に該当していたとは思わない。3月の上旬といえば、学校休業によって生徒たちは街に溢れ、「学校休業は不要だったのではないか」という論調が幅をきかせていた頃だったと思う。むしろ、それでも殆どの都立校の卒業式では、出席者が卒業生と教職員のみで、現在以上に生徒間の距離を確保しながら厳戒態勢で式を挙行していた。当時世の中で一番厳戒態勢を取っていた場所こそ学校だったのではないかとすら思うほどだ。当然、記事にある通り国歌斉唱も好ましくないという判断は各学校でもあっただろう。うちでも「大声では歌わないでください」という指示を出していたと記憶している。それこそ現場の判断でやったことだった。
……とか言ってると正当化し過ぎと思われるかも知れないが、別に「問題はなかった」と言いたいわけではない。今その判断を迫られれば、都立校だって国歌斉唱などさせないだろう。そのくらいにはこの件には問題があった。しかし、3月前半の当時、世の中は斉唱をすることの危険性をそこまで明白に共有できていただろうか。この点を踏まえると、少し理不尽な叩かれ方だと感じる。
あと何より思うのは、国歌を歌えと言ってるのは国であり自治体であり教員は「歌わなくていいだろ」と言い続けた結果、公務員なんだから決まりに従え!と言われて裁判負けて処罰されて今こうなってるわけで、別に「こんなこと」で処罰されないなら自分たちで判断しますよと思うわけです。みんな「こんなこと」と思ってんだよね?なら強制しないで欲しいなって。
こう言うのって結局2005年の闘争の結果なのかにゃ〜〜〜教えてインサイダー!