2020-07-10

「うちは金がない」という母の言葉を本気で信じていた。なぜなら父が一日中家にいたからだ。

最近ニートという言葉市民権を得たりして、仕事を途中で早期退職したくらいの軟弱なニートニートを名乗っているが、

うちの父親はなんなら高校中退してから一度も定職に就いた事がない。ガチニートである

うちにはお金がないというのを当然信じていた。だってここに収入がないのに飯だけ食ってる奴が二人(父と俺)もいるんだから

しろ、母のパートや内職だけでなぜ暮らせるのか謎だった。

親の職業を聞いて帰る小学校宿題はまじで罰ゲーム以外の何者でもなかった。

クリスマス誕生日には一応小遣いをもらっていた。ゲーム機を買うとき複数年に渡ってお金を貯めていたのでサンタを信じていた時代はなかった。

まあ少ない金の中から小遣いもくれていたし、いい両親だった。

お金がないけど、大学には行って欲しいと言われた。私立はいけないか国立で頼むとも言われた。

おいおい無茶言いやがる。しれっと公立候補から外すあたりが憎いね。と思ったものだ。

贅沢はさせてくれないくせに勉強勉強うるさい親の事を疎ましく感じたし、お前ももっと頑張れよと思ったことも多々あったが、今では感謝している。

勉強甲斐あって東京国立大学に入ったらそこは違う世界だった。

羨ましくて仕方なかった地元の友人たちの親の収入レベルが、ここでは下位に位置するというか下手したらランク外で眼中に映らないんだという事を薄々悟って、ヤベーとこにきちまったぜ、ここは同じ国か?と思ったものだ。

ただし、居心地は全く悪くなく、地方レベルの低い学校ありがちなレベルの低いイジメとかは全くなくて、非常に居心地はよかった。衣食足りて礼節を知るということか。

その後無事、働き始めて早々に父親生涯年収無限スコアで超えてしまったので、ウハ、俺お金ある!?みたいな気持ちもなるが貧乏性なのでそんなに贅沢はできない。

ファッションには投資した方がいいのかもしれないが未だに学生自体ユニクロの服を着ている。

本やゲームは躊躇せずに買うようになったし、作るのが面倒なとき外食もする。

お金は素晴らしい。

だが、振り返ってみると、教育健康が親からもらった最大の財産であり資本だったなとしみじみ思う。

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