2018-03-02

歌舞伎町の女王」は椎名林檎という元風俗嬢の歌だと思いこんでいた

椎名林檎が売れ始めた頃、現在のように各家庭にインターネットは普及していなかったと思う。

から当時アーティストの生い立ちは、テレビラジオなどの媒体を通して知るしかなく、メディア露出していないアーティスト情報は発売された楽曲から想像するしかなかった。

この楽曲が発表されたころ、当時中学生だった私は椎名林檎は元風俗嬢なんだと思い込んでいた。

インターネッツが発達し彼女情報を容易に得られるようになり全く違うのだということが分かったけれど。

当時は椎名林檎という元風俗嬢が書いたセンセーショナル歌詞を聴き、林檎嬢の生い立ちを想像することに夢中になっていた。


蝉の声を聞く度に 目に浮かぶ九十九里浜

皺々の祖母の手を離れ 独りで訪れた歓楽街

ママは此処の女王様 生き写しの様なあたし

誰しもが手を伸べて 子供ながらに魅せられた歓楽街

十五に成ったあたしを 置いて女王は消えた

毎週金曜日に来ていた男と暮らすのだろう

「あたし」は15歳。中学校卒業する頃、母に捨てられ祖母暮らしている。

母は歌舞伎町で働きながらシングルマザーとしてあたしを育ててくれてたけど、毎週金曜日にボロアパートに連れ込んでいた男とある日突然どこかへ消えた。自分父親は誰か知らない。たぶん、歌舞伎町で働いていたころのお客さんの誰かなんだろう。知りたいと思わないけど。

18歳になり高校卒業したあたしは、祖母の元を離れ母が働いていた歌舞伎町へ行くことにした。

クソみたいな母親だったけど、上京した当時は母に会えるかもしれない、なんて淡い期待を少し持っていたように思う。


"一度栄し者でも必ずや衰えゆく"

その意味を知る時を迎え足を踏み入れたは歓楽街

消えて行った女を憎めど夏は今

女王と云う肩書きを誇らしげに掲げる


歌舞伎町女王と呼ばれていた母に瓜二つだったあたしは歌舞伎町に足を踏み入れてすぐ声をかけられた。

スカウトってやつね。どこに入るか悩んだけど、たまたま最初に声を掛けられたのが当時売上ナンバーワンの店だった。

もちろんスカウトを受けてそこで働くことにした。

歌舞伎町栄枯盛衰って言葉を絵に描いたような街だった。

あたしがその店でナンバーワンに昇りつめるまで、そう時間は長くかからなかった。

歌舞伎町のお客さんは優しかった。どうしてこの仕事はじめたの?って聞かれて「行方がわからなくなった母を探しに来た」なんて言うとお客さんは「またまたぁ、面白いこと言うね」なんて茶化してくる。歌舞伎町で働いている人間なんてみんな訳ありだ。



女に成ったあたしが売るのは自分だけで

同情を欲した時に全てを失うだろう

JR新宿駅東口を出たら

其処はあたしの庭 大遊戯歌舞伎町

Oh Oh

今夜からは此の町で娘のあたしが女王


母に憎しみをぶつける機会など訪れることなく、歌舞伎町ナンバーワンになってしまった「あたし」

そんなあたしを世間の人はかわいそうだと言うだろう。だけど、同情なんかほしくない。

同情されたとたん何かが崩れ落ちてしまいそうだ。


母があたしの前から姿をくらましたときに、私は何者にでもなれた。

地元会社OLしたって良かったと思う。

だけど、そうしなかったのはなぜなんだろう。

あたしを捨てた母なんかに負けてないって証明たかったのかもしれない。

いや、そんなことよりたぶん、どんな気持ちであたしのこと見てたのか知りたかったんだと思う。

母の目から何が見えてたのか、あたしがどう写ってたのか確認たかった。

結局、母が歌舞伎町で得た「女王」という地位簡単に手に入れてしまった。

そこに到達しても何も見えなかった。母に会いたい。会っても何も言葉が出てこないかもしれないけれど。

  • 勘三郎さんしか思い出せない。この方のイメージ。

  • 間違っていたことを、どうどうと書いて、どうなるw で、クソみたいな、解釈つけて・・・野暮だなぁw

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