はてなキーワード: 立正安国論とは
キリスト教は神を人間を超越した存在として人間はそれに従属化される。念仏思想の阿弥陀如来もそれと同じように人間を超越した存在として人間はそれに従属化される。
両者は人間の自立を説くのではなく「神仏にすがる。」という姿勢が同じである。
その長い者には巻かれろ的な思想が、国家権力には都合上よろしくてそれぞれに文化として国に根付いて当時の封建社会を支えてきたのである。
近代に入ってからは科学技術の発達とともにマルクス主義や民主主義思想が台頭して、宗教的権威主義は近代哲学の科学的な反証から批判をされた。
しかし、現代でも日本人は(それが念仏思想の影響)とも知らず知らずに、違う形でその名残を残している。それは、現代社会を覆う無気力と諦めと虚無主義がそれだ。
日蓮が立正安国論で警鐘を鳴らしたのは、この社会全体を覆う閉塞感と無気力感の元凶に対してである。
http://sgi.daa.jp/cgi/pagebr.cgi?key=%88%C0%93g%82%F0&page=P0031
国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か、
http://sgi.daa.jp/cgi/pagebr.cgi?key=%96%BD%82%C6%90%5C%82%B7&page=P0986
命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりともこれを延るならば千万両の金にもすぎたり、
可延定業書の出典。ここでは命こそ第一の宝であると説いている。
いわゆる浄土真宗や浄土宗や念仏宗といった念仏を唱える事を信仰とした教団は、現世が辛くても死んでから極楽浄土に行けると言って信者の獲得をしていったんだ。
しかし、中世の戦国時代には反権力的な武装集団として戦国大名と激しく争いあっていた。
それは今で言うところのイスラム原理主義者のテロ活動となんらかわりわないし、本当は反社会的カルトに日本中の庶民が染まっていたんだよ。しかし、
江戸時代の檀家制度あたりから、日本の念仏仏教は反権力志向から権力側に取り込まれる形になったんだ。
それからは、お葬式意外には念仏の役割も無くなった。
日蓮の仏教はどちらかと言えば念仏思想とは全く対極的な思想なんだよね。死んでからの極楽往生は説かないで、現世利益を説いている。それで念仏の阿弥陀経ではなくて法華経を第一の釈迦の教えとして信奉している。
日蓮は他宗との法論で念仏宗とも何度も法論をしている。で、日蓮は念仏の門徒から命を狙われて襲われた事も何度もあったんだ。
有名な著書には立正安国論がある。