2022-12-27

アイドルのものアイドルテーマ作品に嵌らない理由がわかった

 アイドルって”観客”に向けて歌ってる度合いが凄い高いんだよね

他の歌手バンドだと”世の中”だったり”知り合い”だったりに向けて歌っていることが多くて、”独り言大絶叫”みたいなのも多いんだけどアイドルは毎回高濃度で”観客”に向けて歌いかけてる。

恋愛ソングを歌うときであっても、観客に向けて恋愛をしている時の感情を伝えるかのように歌うし、それが変な刺さり方して勘違いするストーカーも産まれる。

アイドル定番が”応援ソング””意思表明ソングなのは歌詞が向いている相手が”観客のファン未来ファン含む)”だからなんだな。

ファンの皆頑張れとか、ファンのために頑張りますとか。

 俺を巻き込まないで欲しい

こう思ってしまうからアイドルが向いてないんだよね。

アイドルってのは”偶像”という言葉が示すようにある種の”宗教集団”を作り上げることがコンセプトにある。

神父教会で「神があなた方一人々々にかけた言葉を代弁します」と経典聖書を読み上げるように、アイドルは聞いてる”信者”たちに向けて歌う。

そういった同じ目的のために集まって盛り上がったりしたい人はアイドルが好きになりやすいんだろうなと思う。

普段はそうじゃないけど、そういったことに憧れがある人ととかも。

でも自分全然違っていて、あくまでこっちは無関係立場で居たいんだよな。

 メンバー同士の関係性はあれどあくまで観客が最優先

アイドルテーマアニメなんかだとメンバーが仲良くなる過程とかが描かれるけど、それでもあくまであれって最終的には観客に最高のパフォーマンスを見せるための過程なんだよね。

サッカー漫画チームメイト同士で交友を深めることはあっても、その最終的な目的地はアイコンタクトの精度を上げて試合勝率を高めるための過程として用意されているような感じ。

現実アイドルにおける関係性は、”観客”が好みそうなストーリーを用意してその設定を崩さない中で積み上げていってる感じで、実際に楽屋でどうなってんのかは割りと闇なのよね。

全ては”観客”のためにっていうオールフォー・ワンのプロ意識は立派だけど、それをやられると作り出される”物語”の中にこっちがドンドン巻き込まれていってしまうことになるのがしんどいなと。

共感はしたいけど繋がりたくはない

何も音楽っていう表現に対して全く何の感情も動かしたくないって訳じゃなくて、あくま共感までに済ませたいってのが自分立ち位置

浜辺に流れてきたボトルメールを読み解いて書いた人間気持ち想像するような状態理想

相互性のない一方的コミュニケーションを受けとめるだけで終わってくれることを望んでいる。

でもアイドルってライブにおけるサイリウムの一体感があって初めて完成するわけだから、本気で追っていこうとしたら集団の一部として巻き込まれることは避けられなくなる。

それを避けてしまうと歌われている”観客”ではなくなってしまうんだよね。

 選択肢を与えられたくない

最初から自分以外の何か、バンドの親戚だったりこの世界不条理だったりに向けて歌われているなら、自分がソレとは無関係になっても最初からそうだったので変わらない。

でも"観客"っていう自分が参加できるかどうかを選べるようなものに対して、自分が参加を拒んでしまうと聴き心地が変わってしまう。

どちらの道を進むかの選択肢がこっちに委ねられている。

一方通行ではなくこっちからボールを返すタイミングが産まれしまっている。

そのタイミングが来たなと感じると、自分は思わず逃げ出してしまう。

まり、嵌まるタイミングを逃すんだよね。

これが自分アイドルに嵌まれない理由だったんだ。

 会いに行きたくない

「参加する機会を与えられる」ことに対して、「切り離しておいて欲しい」という価値観が反発を起こしてしまうんだよね。

定食屋店員に顔を覚えられたくない、服屋で店員に話しかけられたくない、そんな気持ちの延長みたいなもんだね。

まりは、「会いに行けるとしても、会いに行きたくない」んだよ。

ブレイクしたアイドルが会いに行けることを売りにしたけど、自分はソレが無理なんだ。

遠くから見ている状態のままで居たい。

向こうから認知されたくない。

自分たちのような穢れた者たちの住む世界とは絶縁された空間で暮らす存在を眺めていたいだけなんだよ。

  • 興味ないことにこんな長文で自己分析できない もうアイドルにはまってるんだよ

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