2021-05-06

アンチ体育会系正義になる時代がついに来た!!!

嬉しくてたまらない。

私は匿名ダイアリーで人の悪口を書いたり読んだりするのが大好きな暗い暗い人間だ。

こういう性格になった原因の一端は、私が「体育」が苦手だったことに間違いなく起因している。

そもそも体育=いわゆる「体錬」なんていう、本来近代日本の強兵政策に基づく「国民を使い勝手

いい兵隊にするため」の科目を戦後にきちんと潰しておかなかったGHQが悪い。

日本の多くの子供たち(おそらくはどこの国もそう大差あるまいが)が「体育の授業」と「体育会系部活」で

植えつけられるのは、「集団利益第一義であり、〈和を乱す者〉〈足を引っ張る者〉は散々叩かれパージ

されねばならないし、保身のためにはそういう者になってはいけない」という同調圧力自己責任論、

そして、「絶対的上下関係のもと、〈下は上に逆らってはならない〉というシステム」だ。

すなわち、汚職癒着不正隠蔽内部告発への圧力ブラック労働やりがい搾取パワハラセクハラ……

この社会の「生きづらさ」の原因となる諸問題の根には「体育」がある。

(「諸問題」と私が呼ぶのは私が一市民であるからで、為政者にとっては素晴らしい「美徳なのだろう)

オリンピックなどというのは、「体育」的価値観諸国民が疑問を抱かないようにするためのプロパガンダ装置だ。

アスリートへの礼賛と神聖視。彼らの人生感動ポルノとして消費する報道。「オールジャパン」なんて

空虚言葉で飾り立てた同調圧力奨励。「コーチ監督団体から言われたことを唯々諾々と受け入れ、

疑問を抱かない思考停止」は「ストイックプロ意識」となり、「体を壊してでも試合に参加する無計画

自傷行為」を「尊い自己犠牲」と呼ぶ『1984』ばりの欺瞞に満ちたレトリックが何をもたらしたか

無数のアスリート死体と、自浄作用に欠いたクソみたいな社会だ。

私は体育が嫌いだ。体育会系が嫌いだ。体育会系価値観に染まった、自分脳みそものを考えられない

馬鹿が嫌いだ。私を見下し、自分が何か特別な「許された」人間のようにふるまってきたあいつらが嫌いだ。

そしてそれを許してきた社会が嫌いだ。

私は嬉しくて仕方ない。ツイッターを開けば。ヤフーコメントを開けば。オリンピックへの罵詈雑言が読み放題だ。

テレビではオリンピック内定選手が、もはや自分たちがパブリックエネミーとなったことにも気づかずに、

自分たちが頑張る姿を見て感動と希望を与えられれば」なんて上から目線のどうしようもないコメントをしている。

燃えろ燃えろアスリートたちよ自身特権意識と、偉い人がやる気なら逆らえない風通しの悪さを晒し炎上しろ

ピンチをチャンスに」なんてクソくだらない不謹慎言葉を使うつもりはない。

だが、夢見てしまう。

「なんで、たかだか『体を動かすのが他人より上手い』ってだけの連中があんな偉そうな顔できてるんだ?」

「上の顔色と周りの視線を慮って誰も何も言えないような、体育会系価値観蔓延した社会って危険なんじゃないか?」

そうした価値観が、コロナを、東京オリンピック批判を機にこの国のマジョリティになることを。

現代貴族であった体育会系クソ虫共が、断頭台に引き立てられる日を。

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  • アスリートは人殺しの覚悟を持てって言ってた奴も、頭ん中いっしょだろうな。

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