2022-11-05

ただ謝るだけの仕事をしていた

その部署への異動は、私にとって突然の出来事だった。

やけに長い、カタカナの名がついた部署

その部署が、端的にいえば、クレームの処理をしていると分かったのは、異動してからのことだった。


弊社においては、お客さまからのご意見・ご要望は、基本的にはメール対応する。

ただ、一部のお客さまは、それにご満足いただけず、本社に直にお越しになる。

私の新しい仕事は、そのお客さまに直接対応することだった。


その仕事は思った以上に手強かった。

わざわざ本社に来るお客さまは、それだけ強い気持ちをお持ちである

一方、私といえば、何の権限も持っていないのだ。

「ご要望関係部署に伝えさせていただきます」、「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」。

私に許された言葉は、要するに、この2つだけだった。

これでは、お客さまも満足するはずがない。

お客さまはお怒りになり、私は謝り続ける。

そんな毎日が続いた。


そのうちに分かってきたことがある。

この仕事で大切なのは、観察と分析だ。

お客さまは、いくつかの類型に分けることができる。

まずは、怒りたいお客さま。

このお客さま方は、弊社の「落ち度」にかこつけて、日常でお抱えのイライラを私にぶつけてくる。

暴言暴力が一番出やすいのがこの類型だ。

だが、怒り続けるにはエネルギーがいる。

経験上、1時間を超えて怒り続けられる人は稀である

大人しく聞いておけば、そのうち怒り疲れてお帰りいただけることが多い。

次に、話を聞いて欲しいお客さま。

この方々は、単に寂しくて話し相手が欲しいだけである

適度に相槌を挟ませていただくと、次第に話は弊社のサービスから逸れていき、家族仕事愚痴へと変わっていく。

しばらくお聞きすれば、満足してお帰りになる。

だが、依存されて定期的に来られるのも考えものである

要所要所では強い態度に出て、主導権を握る必要があった。

最後に、実利を求めるお客さま。

弊社による不利益措置撤回などを要求するお客さまである

この類型が最も厄介かもしれない。

何せ私には何も権限がないのだ。

だが、この類型のお客さまには合理的な考えの持ち主が多い。

私に権限がないことを分かっていただければ、私と話しても時間無駄だと思って、お帰りいただけることが多い。


私自身の身なりも重要だ。

適度にみすぼらしくあるべきである

吊るしの地味なスーツによれたシャツ

白髪まじりで寝癖を直しきれていない髪。

八の字の眉、目の下の隈、顔に深く刻まれた皺。

謝り続けて曲がった腰。

40代ながら「老人」と言われても、それは狙い通りというものだろう。


日々の謝罪にも慣れてきた日のこと。

弊社のトップの変更が報じられた。

経営改善のための抜本的な見直し」はすぐに行われた。

要は、多数の従業員解雇するというのである

当然、謝るしか能のない私も、解雇されるだろう。

そんな諦めは、意外にも裏切られることになった。

よく考えてみれば、当然だ。

解雇対象者に対しても、誰かが謝らなければならないのだ。


いくら謝罪に慣れてきたとて、同じ仲間のはずの従業員に謝るのは、とても辛いものだった。

裏切り者」、「会社の犬」、「何でお前が」。

そう叫ぶ声が聞こえるかのような、怒りと悲しみの眼が私の心を突き刺した。

私の培ってきたノウハウなぞ、そこでは何の役にも立たなかった。


解雇がひとしきり終わった今、おそらく次は、私が解雇される。

私以外の誰かが、会社に代わって、私に代わって、私に謝るのだろう。

その時に、どんな対応をすれば良いか、私にはまだ分からないでいる。

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