遠距離恋愛をしている。
「いつか一緒に暮らしたいね」そんな話を聞いた瞬間は甘酸っぱく、希望に満ちた気持ちになる。
しかし、私は彼の元へは嫁げない。
以前彼の住んでいた地域に1年半ほど住んでいたのだが、気候風土が合わなすぎて不眠に陥り仕事をクビになり、最終的にうつ病を発症して地元へ強制送還された過去があるからだ。
彼には半身不随の母がいて、その母の面倒を見なければいけない。
彼は親とソリが合わないらしく、いつも大変そうだ。
「要介護度が上がるなりしたタイミングで施設に入れることは可能なのでは?」
「いいや、死ぬまで面倒見るつもりだよ」
彼は言った。
その瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
だって、彼の「いつか一緒に住みたいね」という発言と、「母は死ぬまで面倒見る」という発言はあまりにも矛盾している。
どうも息子と母というものは関係が妙に深くなりがちになる家庭があるらしい。
彼は「子供たるもの親は一生面倒見てやらねばならぬ」という固定観念があるらしく、そこから動けなくなっている。
私は正直、呪いみたいだと思った。
まるで親が子供にかけた呪いじゃないか。本来親というのは子供が自由に生きることを望むものじゃないのか? 少なくとも私はそう育てられてきたし、親とは「認知症になったら施設に入るね」という話は既に済ませてある。
「施設に入れないの?」と言う私を彼は「邪魔な人を切り捨てようという冷たい思考は君自身のことも傷つけると思うよ」と一蹴してきた。
正直、ものすごくショックだった。
二人の未来のため、彼自身が介護という重圧から解放されるために私が思いやりで提案したことは、「邪魔な人を切り捨てる冷たい考え」に映ったらしい。
彼は向こう5年10年で母は死ぬと思っているらしいけれど、それでも長いと思うし、実際現代の人はそんなに脆くないのでそれ以上になる可能性の方が高い。
こうして価値観の不一致を目の当たりにしてその日の通話はおしまいとなった。
私はその日から学び、考え方を改めた。
・彼に対して将来の話をしない
・彼の家庭の話をしない
・なるべく自分にも彼にも優しくいる
この三つを行動指針とし、次の日からも彼と関わっていくことにした。
そうすると仲は安定し、毎日楽しく話すことができるようになった。
彼とも、「状況が変わるまでは今を丁寧に付き合っていこう」という話はしている。
しかし、時々ふと思う。
これからどうすればいいんだろう。
今を丁寧に付き合っていけば、明るい未来は後からついてくるだろうと、そう思うんだけれど。
時々不安が襲ってくる。
私は本当に先方のお母さんが死ぬまで、10年以上も彼と今の関係を続けていけるの?
そうして年老いた私と彼は、果たして新しい土地で適応できるだけの体力が残っているの?
考えると、苦しくなる。
彼のいいところを見つけ好きになるほど、苦しくなる。
彼を母親の呪いから解放することは、恐らくポッと出の私には無理だ。
男性は嫁は捨てられるけど、母親は捨てられないなんていうのは有名な話だ。
どうすればいいんだろう。
他人に期待したら苦しいだけだよ 相手は自分自身じゃないしね ただそこにいる人間を愛せなくなった時が愛の終わりだよ そんだけ。
私やっぱり無意識に相手に期待していたみたいだ。 気づかせてくれてありがとう。 目の前の人を愛していこうと思う。 その先がどうなるかわからなくても、愛することはできる。