2020-10-03

「できない事象」に対して過度な期待を持つと地獄に堕ちる

どこに出しても恥ずかしい無能のワイくんが唯一自信があるのが、事実妥当な推論と妄想ちゃんと切り分けられることなのだ。これは全体的に自分能力に自信がないからこそ、「ここまでが自分とは関係ない事実」「ここまでが事実から導き出せる妥当な推論」「こっから無能なワイくんが考えた妄想なのだー」って分けられるのだ。そんなわけで、今からダラダラ書くのは無能なワイくんが経験という事実を通して考えた妄想なのだー。

ワイくんが無能なのはまれつきだし、ワイくんが楽しんでるものを即取り上げて「社会理不尽で厳しい」と言ってくる予言自己成就タイプ理不尽に育てられてるから、ワイくんは何をやっても無力感しか湧かないのだ。できないことなんて探すまでもなく、森羅万象できないことなのだ。○○さえできたら、なんてものすら思いつかないくらい、できないことだらけなのだ。そんなワイくんが仕事普通に給料分くらいは働けているのは、神ではないし有能でもないワイくんが、ワイくんのことを全く信用してないからにほかならないのだ。ミスがあったらすんごい予算無駄になるような資料のチェックとか、報告資料妄想と推論がごっちゃになってないかとか、そういったチェック業務をワイくんはできるのだ。ワイくんは細かいことぐちゃぐちゃ言ってくるキモメガネハゲおっさんとウザがられてても、とってもすごい無能なのだ

そんな人の粗探しが得意なワイくんにも、素敵な友人がいるのだ。仮にY君と呼ぶのだ。大雑把だけど、思いついたことを口に出せて間違ってたらちゃんリカバリもできてトライアンドエラーが大得意な、ワイくんと正反対な有能な友人なのだ。憧れるのだ。自分のためにも他人のためにも頑張れる人ってすごいのだ。そんなY君も、できないことがあったのだ。彼は文章を書くのが苦手だったのだ。報告書とかの端的に要約するような文章も、読書感想文も作文も書けなかったらしく、卒論たたき台だけ作ってほとんどは先生添削どおり直して乗り切ったらしいのだ。Y君はそれをかなりコンプレックスに感じてるらしく、「文章さえ書けたらコンプレックスなんてなくなってもっと幸せだったのに」とたまに言ってるのだ。

正直に言うけど、Y君の文章全然ヘタクソじゃないのだ。普通に書けてるのだ。ワイくんが細かいことぐちゃぐちゃ言いたい性分だから添削してって言われたらぐちゃぐちゃ言うだけで、別にそのままで全然問題はないのだ。そもそもそんな愚直な努力ができるのがすごいのだ。ワイくんがY君だったらワイくんみたいな奴にできないところは丸投げして、得意なことで勝負するのだ。なんか知らないけど、Y君は文章が書けることに対して過度な期待を持っているのだ。本当に普通に書けてるならもっと幸せになっていないとおかしい、くらいのメンタルを持ってるかもしれないのだ。

何もできないワイくんは、たとえ何か1つができても大して人生かわらんし、幸せになることなんて無いと思ってるのだ。なんでもできるY君はだいたいなんでもできるからこそ、できないことに目が行って、それができたらすごいことになる、なんて過度な期待をしてしまっているのだ。すごいことにならないから、自分はできていない、なんて思うほどなのだ文章が書けたって、文章が書ける以上の良いことなんてないのだ。

できないことができるようになったって、劇的な変化はないのだ。自己満足にとどめておくのが吉なのだ。それ以上は地獄なのだ。足の長さが足りない、頭が足りない、学歴が足りない。ワイくんはコンプレックスの塊なのだ。でも冷静さが足りていれば、それらが解消したって大したことにはならないことがわかるはずなのだ。足りないことに冷静になるのだ。ワイくんは色々足りてないけど、冷静さと諦観が十分に足りてるから、できることをやることにしてるのだ。他人の粗探しならワイくんにおまかせなのだー。

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