まずはこちらをご覧頂きたい。
https://twitter.com/m_molockchi/status/1296416784552267778
諸口正巳さんという小説家が筆を置かれるらしい。
要約すると思ったような反応がもらえなくて気に病み、徐々に小説が楽しくなくなり、筆を置くと。
正直に言うとたまたまこの引退宣言が目に留まっただけで、増田はこの方の事を詳しく知らない。
だが、この方が反応をもらえなかった理由はすぐに分かった。
これに尽きる。
大勢の人からちやほやされるには、それが偶像である必要がある。
夢とか幻想などと言い換えても構わないが、人はどうしても、自分の都合のいい存在に惹かれる。
いくつか例え話をしよう。
・好きなアイドルがいた。「彼氏は卒業するまで絶対に作りません!」というプロ意識の高さに惹かれて応援していた。しかしある時彼氏とホテルの前にいる写真を週刊誌に撮られてしまった。あのプロ意識の高さが虚言だと気付きファンを辞めた。
・Aシリーズの動画が面白くて、そのYoutuberをチャンネル登録した。しかしそのYoutuberはAシリーズの動画をある時から投稿しなくなり、Bシリーズの動画ばかりを投稿するようになった。しまいには「Aシリーズの動画は反応悪いからいいかなww」とTwitterで呟いた。それを見てチャンネル登録を外した。
・シリーズもののゲームの待望の最新作が発売された。過去作の大ファンだったので早速発売日に購入した。しかしプレイしてみると、大好きな過去作のキャラがdisられておりショックを受けた。こんなことであれば新作をプレイしなければよかった。
人が離れる時、そこには「自分が抱いた都合のいい幻想の破壊」が存在する。
であれば、自分という偶像コンテンツを維持するために、都合のいい幻想を見せ続けなければならない。
しかしながらざっとTwitterを見ただけでも、氏に自分という偶像を維持する姿勢は感じられなかったのだ。
著作を読んで楽しむことと、SNSを含めた最新の投稿をリアルタイムで追い続ける事は違う。
例え本が好きでも、好きな漫画や小説の作家を全員フォローし、全員の最新の投稿をしっかり追っている人は多分そんなにいないからだ。
「自分のSNSアカウントで好きなこと呟いちゃいけないのかよ!」
という反論が必ずある。
呟いちゃいけないわけではない。
ただ、なにも包み隠さず好き勝手に呟こうとすると、絶対に「偶像」は仕上がらない。
芸能人が日常のぼやきではなく、見栄え重視のまとまったツイートをすることが多いのはこの為だ。
氏のTwitterは偶像ではなく、一人の人間だった。だからSNSをしつこく追うのはきっと相当熱心なファンだけ。
でもどうしてもそういう風にできている。
反応をするのは人間だ。
先日「諸口正巳氏の引退から見る、反応をもらう方法について anond:20200821174521」という投稿を書いたのだが、 さらに続けて書きたいことが出来たので続きを書こうと思う。 何故氏は今...