新卒社員たちは入社後1年間はトングも取り分け皿も触らせてはもらえない。ただひたすら、先輩社員の取り分ける姿を観察する。大皿から目分量で一人分を見定めるさま、取り分けられた野菜の種類構成、トッピングをも含めた盛り付け、空いた皿のスマートな片づけに至るまで全てを観察から学ばなければならない。
2年目にしてようやくサラダの取り分けが許可される。だがこの時点でそれなりの観察の成果を示せなかったものからは、容赦なくトングが取り上げられる。そうした者たちはますます練習の機会を失う一方、許された者たちは実践を積みスキルを上げていく。そのため新入社員たちは1年目から同期会という形で幾度も宴席を設け、ひそかに練習を重ねるのである。なおこれはプライベートの会合とみなされ、会社から補助金等が出ることはない。
入社後3年を過ぎても満足に取り分けを任されない社員の末路は悲惨である。「あのヒトまだ飲み会で取り分けてもらってる」「何のために会社にいるのかしら」「給料泥棒」ひそひそと囁かれる中傷に心を病み、夢破れて退職していく者が多く出るのもこの頃である。
サラダから前菜、揚げ物、炒め物と次第に担当範囲をのばす4年目となっても油断は禁物である。唐揚げレモン問題、焼き鳥の串を外すか問題など、地雷はいたるところに埋まっている。そうした危機を乗り越えて5年目を迎えるころ、彼らは一人前の社員としてビジネスパートナー先へと出向していく。サラダの取り分けひとつが重大なセクハラ・パワハラ問題のきっかけともなりかねない昨今、外注というフラットな第三者の立場で完璧な取り分けをこなせる彼らの存在は、日本のビジネスシーンにはなくてはならぬものとなっている。
鍋、焼肉などのいわゆる「奉行職」に任じられるようになる頃にはもはや、押しも押されぬベテランである。だが近年、こうした上級職の極端な男女比が社会問題となっている。女性が勤務年数を重ねてもこの職まで上り詰める例は少ない。いわゆる「ガラスの天井」であるが、会社は公式にこれを否定し、「女性の上級職が少ないのは、高度なスキルを身に着けた女性が結婚相手として高く評価され退職して家庭におさまることが原因である」としている。
オチはとくにない。
ベテラン取り分けおじさんにラザニア取り分けてもらいたい。