何はともあれ、これで俺たち兄弟が熱中したパズルゲームは終わりだ。
ということで、今回の話もこれで終わり
俺と弟はそれで良くても、ムカイさんの十数年かけたパズルゲームはまだ終わっていないのだから。
「最初は経過を観察することにした。そしてオマエを知る者、近しい者たちから情報を得ようと」
ムカイさんにそんなつもりはないのかもしれないが、何だかストーカーみたいだな。
「分かったのは、オマエも現在は戦っていないということだった」
「オマエと戦ったワレには分かる。お前は一時的ではあっても、戦いに生きる存在となっていた。『理由がない』というのは、戦いをやめる条件としては不十分だ」
「……生憎、その条件が何なのかは、あなた自身じゃなきゃ導き出せない。“協力”ならしてもいいけど」
嫌な予感がしてきたぞ。
「ワレに答えを委ねることが、どういうことになるか分かっているのか?」
「場所を移しましょうか。結局は“慣れた方法”が、答えにたどり着くには近道だもの」
ああ、やっぱり、そういう展開が来るのか。
ムカイさんにとって、わずかに残された“戦う理由”は、俺の母との決着だ。
母とムカイさんの、十数年越しの決着をつける戦いが、いま始まった。
ムカイさんは戦闘用のプログラムとAIが切り離されていたため動きが鈍い。
母は長年のブランクと、体が昔と違って戦闘用ではないため、ムカイさんに決定打を与えることができない。
そして……俺は真面目に解説するのが馬鹿らしくなってきていた。
勝負の内容はフワフワしていて、どっちが有利か不利か、漠然とした説明で進んでいく。
雰囲気で話は進んでいると感じたが、それを悪いことだとは思わない。
将棋にそこまで詳しくない人間はついていけないし、詳しい人間ならもっと実用的な指南書を求めるはずだ。
つまり、俺が言いたいのは、そういうことだ。
この戦いを、詳細に捉える意義はない。
「随分と弱くなったな。昔のオマエ相手なら、既にワレは戦闘不能になっていただろう」
「今の私は、日々の生活を家族と過ごせることが何より大事なの。あなたと戦うための武装は必要ない。それだと、子供たちを抱き締められないもの」
母とムカイさんのセリフの応酬が、傍から見ているとむず痒くて、マトモに聞いていられない。
弟はガキだから現実離れしたバトル展開に興奮しており、父はまあ一応は当事者の一人ってことになっているので真剣に見守っている。
「あなたも当時より随分と弱くなったじゃない。戦闘用じゃないパーツがいくつかあるようだけど」
「……色々な場所で、色々なことをした。当然、あの頃のパーツもガタがくる。現地の自称メカニックどもに、その度にパーツを変えられた。いつ使うのか、よく分からない機能もつけやがる」
「でも、あなたは今もそれを捨てていない。なぜだと思う?」
「AIを改造されたのかもな……そんなことができるほど、腕のいい奴はいなかったと記憶しているが」
「あなたのAIが元から優秀なら、特別な技術はいらないの。“心”ってのは、そういうもの。あなたがこうやって律儀に周りを巻き込まないよう戦っていることも、これまで旅をして培ってきたことも、そして今こうして私と話をしていることも、ね」
「“心”……? 機械のワレがか?」
話は見えてこないが、なんだかまとめに入っているってのは分かる。
ムカイさんのAIが、求めていた答えを導きだしたようだ。
「……もういい、降参だ。ワレには“戦わない理由”がある」
どうやら、戦いはムカイさんの負けで終わったようだ。
だが、そこに敗北感も、不完全燃焼感も漂っていなかった。
戦うために生まれたムカイさんにとって、「戦う理由がない」という条件は、戦いをやめる理由としては不十分だった。
だからムカイさんに必要だったのは“戦う理由”ではなく、“戦わない理由”だった。
それが具体的に何なのかは俺にはうかがい知れない。
だが、いずれにしろムカイさんにとって、戦うことよりも大事な理由だったのだろう。
今でもムカイさんは向かいに住んでいて、まあそれなりに仲良くやっている。
俺と弟はというと、母のよもやま話を以前より少しだけ真面目に聞くようになった。
今でも俺は、家族だからといって全てを知りたいとも、知るべきだとも思っていない。
それでも、理解しようとする程度の信頼はあった方がいいとは思ったんだ。。
ムカイさんの開発者は、戦闘力を上げるためにAIも発達させていた。 しかし、それによって予定外の行動をする可能性も上がる。 そこで、ムカイさんに「倒す」という優先プログラム...
母は若い頃、秘密結社『シックスティーン×シックスティーン』と、それに対抗する組織『ラボハテ』との戦いに巻き込まれて瀕死の重症を負う。 『ラボハテ』は最新の技術を用いて、...
結論から言えば、俺たちはこのパズルを自力で解けていない。 ただ、言い訳をさせてくれ。 最も簡単な問題とは、“解が分かっている”ことだ。 解を持つ人間から見れば、さぞ滑稽...
弟の方は、ムカイさんに踏み込んだ話をした。 「ムカイさんってさあ、何で母さんのことよく聞いてくるんだ?」 俺が慎重に立ち回ろうとしているのがバカらしくなるくらい、ド直球...
ある日、弟は聞いてもいないのに自らの違和感について話し始めた。 「ムカイさんってさあ、話にやたらと俺たちの母さんについて捻じ込んでくるよな」 気にしたことがなかったが、...
家族のことについて、俺たちはどれだけ知っているだろう。 いや、“どれだけ知っているべきか”といった方が適切だろうか。 少なくとも俺は、家族だからといって全てを知りたいと...