魂とかありません
だから、好きなように生きましょうよ
少なくともそう考えるのが最も合理的です
この世界は自分が死ぬまでに、自分が得る得点を最大化するゲームです
生まれる前や死後の世界を勘定に入れて戦略を組み立てるのははっきり言って下手なやり方です
自分以外の人間や生物にちゃんとあなたと同じような意識が宿っているかどうかすら知りようがないのです
このゲームにおいて他人というプレイヤーは味方でも敵でもありません
それぞれが得点を最大化する過程で、自分の戦略とマッチすれば協力しあえるし、逆なら排除しあう関係になるだけです
他人を喜ばせて嬉しい、傷つけて悲しいというのは結局あなた自身の得点を増減させます
そう考えたほうがきっと楽ですよ
こういうことを話すと、きっと、じゃあ自分の利益のためにいくらでも悪いことしていいんだな、とか
気に食わなければいくらでも殺していいんだな、とか意見をいただくでしょう
そのとおりです、してもいいんです
人間が100メートル飛び上がるのはおそらく「できないこと」でしょうが
物理的に、です
刑法では殺人は罪になりますが「殺してはいけない」ではなく、「殺したら罰を与えます」としか書かれていません
それは当然のことで、いくら刑法にダメと書いても、本人が決心するだけで実行できてしまうのですから
(というか、この現代、宗教上の理由『だけ』で『全ての』人の行動を縛るなんて無理がある手法です)
たとえば私に限って言えば、それでも殺人を犯さないのは、それはこのゲームにおいて得点が下がる行動だからです
精神的、金銭的、あるいは刑罰的な理由で、様々な方向から得点がガリガリ下がります
得が全くありません
他の人にとって困る行動をすると、自分自身の得点が下がるように、法律できっちりとルール付けしてあるからです
それでもやはり殺人の方が、余りあるマイナスを乗り越えてでも得点が上だとなった時、私はきっと殺すでしょう
そうやって世の犯罪は起こるはずです
これが私の宗教です
俺もお前の意見に賛成だ。 他人は味方じゃない。所詮利用するかされるか違うだけ。 欲望ありきでみんな動くし。突き詰めると自分中心で物事を考えるべき。
GO is GOD
南無南無南無…
日本のように 諸条件に 恵まれている国に 生まれ育ったのなら 何事も 成し遂げないまま 死んでなるものか https://anond.hatelabo.jp/201712...